第61話 有名税

『いいかい? 「転移テレポーテーション」というのは本来、転移陣に入る大きさのモノであれば、どんなモノでも別の場所へ移動できるギフトなんだ』

「つまり、人も物も関係ないという事ですか?」

『そうだよ。ただし、一人の人間にできる事は限られている。大きな転移陣を展開させるには人手が要るし、物体をより遠くへ運びたい時も同じだ。だから君とその仲間が、大勢の「転移」もちによって「表」から「奈落の底」へ落とされた事は、間違いないと思うよ』


 あれから綾那達は、守るべき桃華を連れて街の外へ出た。今回は馬車でなく、徒歩で――だ。

 どこで犯人が見ているか分からないので、桃華には街を歩く間、フード付きの外套を着てもらった。フードを目深に被って顔を隠す彼女を先導するのは、紫紺色の「魔法鎧マジックアーマー」を着た颯月と、騎士服の幸成だ。


 綾那は変装をやめてウィッグを外すと、目元にマスクを付けて桃華の後ろを歩いた。はたから見れば、まんま「犯罪者を連行している騎士の図」である。


 桃華は街の外に出てからフードを取り払ったが、颯月は「魔法鎧」を解除しなかった。

 曰く、様々な魔法を次から次へと発動し続けるためには、マナの吸収を阻害する魔具――彼の場合は眼帯だ――を外す必要があるらしい。眼帯を外している間、彼は無限にマナを吸収する。つまり、無限に魔法を放つ事ができるのだ。

 しかし、幼少期からのトラウマで他人に素顔を見られる事を嫌う彼は、「魔法鎧」の下で眼帯を外すのだそうだ。そうすれば、誰にも素顔を見られる事なくマナを吸収できる。


(私としては、素顔のまま魔法を使う格好いい颯月さんが見たかったけど――まあこればかりは、精神的な問題だから)


 少々残念だが、紫紺の鎧を纏った彼も格好いいと言えば、格好いい。何せ、綾那が初めて颯月と出会った時の恰好である。あの時に彼が助けてくれなければ――きっと綾那は今、この場に居なかっただろう。


『「表」ではこんな事、習わなかったでしょう?』


 ルシフェリアの問いかけにハッと我に返ると、綾那は小さく頷いた。


「ええ、あくまでも物を移動するギフトとして認識していました。だから、人を「転移」させられるなんて……思いもしませんでしたよ」

なんだよね。これだから、「表」のカミサマはイヤなんだ』

「そういうもの、とは?」


 意味深に笑うルシフェリアに綾那は首を傾げたが、しかし光る球体は問いかけに答えない。


『ほら、あの街道沿いにギフトの気配を感じる。きっと、あの辺りの物陰で待機しているんじゃあないかな』

「は、はあ――あの皆さん、どうやら犯人は、この街道沿いに潜んでいるようです」

「ああ、分かった。成、くれぐれも慎重に動け。前みたく、いきなり上級魔法ぶっ放して火事を起こすなよ。草原にしても東の森にしても、よく燃えるからな――禅が居ない以上、俺一人じゃあフォローしきれん」


 淡々と続けた颯月に、幸成は気まずげな表情を浮かべた。


「いや、さすがにそこまで考えなしじゃあねえよ……前だって、他に被害がいかねえ事を確認した上でだな――」

「本当かよ? 相当怪しかったぞ」


 颯月が鎧の中で低く笑えば、幸成は肩を落として「悪かったよ」と口にした。その後ろでは、桃華が困ったような笑みを浮かべている。そういえばこの三人は、気心の知れた幼馴染だ。そう思うと、何やら見ているだけで微笑ましくなる。


『随分と、こっちの人間と仲良くなったんだね。やっぱり僕の言った通り、素敵な出会いがあったでしょう?』


 ルシフェリアの問いかけに、綾那は目を瞬かせた。そして、マスクの下で目元を緩ませる。


「ええ、お陰様で。ただ、一緒に落ちた仲間と再会したい気持ちは変わりませんよ」

『分かっているよ。大丈夫、僕の言う通り余所者をエイ! ってしてくれれば、お仲間の事もちゃんと話すし……きっと、もっと素敵な事が起きるからさ――さあて、僕は天使らしく高みの見物~っと! じゃあ、上から見守っているよ!』


 ――エイ、で済めば良いのだが。先ほど大変殺気立った目をしていた幸成を思い出すと、どうにも不安になる。とは言え、先に手を出したのは「転移」もちの男達だ。今後彼らの身に何が起きたとしても、全て自業自得だろう。


 綾那はおもむろに鞄を開くと、中から鞘に入ったままのジャマダハルを取り出した。

 アイドクレースは――いや、リベリアスという国全体で、女性の戦闘行為は自衛以外いかなる場合も禁止されている。綾那が常にジャマダハルを腰に下げていた場合、恐らく自衛目的とは受け取られないだろう。まるで、いかにも進んで戦闘行為をしている女性――法律違反者として見られるに違いない。


 ゆえに普段は鞄の中にしまっていたのだが、今回ばかりは腰に下げておいた方が良い。

 何せ相手は「転移」もち。「転移」に人と戦う力があるとは思えないが、絨毯屋の倉庫の時と同じく、また何かしらの魔物を召喚される可能性が高い。

 正直「怪力ストレングス」もちの綾那は、レベルさえ上げればガントレットやグリーブなど、いくらでも武器になるものを持っているのだが――念には念を、だ。

 魔物は魔法を使う。「怪力」のアーマーが頑丈な事は綾那自身よく知っているが、しかし魔法が相手ではどうなるのか、全く予想できないのだから。


 四重奏のアリスがとある製法で作り上げたジャマダハルは、ちょっとやそっとの事では壊れない。それこそ、本来「怪力」を発動しながら武器を振るった場合、まず武器そのものが負荷に耐えられずに壊れてしまうのだ。

 それにも関わらず、アリスが作ったジャマダハルは壊れない。もしかすると、魔法を防ぐ際にも有効かも知れない。


(でも、これが壊れると凄く悲しいから……試しに受けてみるって言うのは、ナシかな)


 綾那は、一度外したベルトにジャマダハルの鞘を通すと、改めてベルトを付け直した。そして前を歩く三人に、「転移」の注意事項を伝える。


「恐らく、「転移」のギフトもち自身には戦う力がありません。ですが桃ちゃんを攫う事や、自身の姿を眩ませて遠くへ逃げる事――それに、魔物をどこか別の場所から飛ばす事は可能です。とにかく、光る陣には注意してください。特に桃ちゃんは、もし足元に陣が出たら急いで逃げてね?」

「――はい、お姉さま!」


 元気いっぱいに返事する桃華に、綾那は笑みを零した。本当に素直でいい娘さんである――やはり、彼女を攫われる訳にはいかない。


「それと、これはできればの話なのですが――もし余裕があれば、犯人と話がしたいんです」

「……桃華を攫おうとしてるような、クソ野郎と?」

「はい。実は、その――今から会う相手は、私と家族をリベリアスまで無理やり連れて来た犯人の一味なんです」


 綾那の言葉に、幸成は息を呑んだ。先を歩いていた颯月も、足を止めて綾那を振り向いた。


「それは、なんと言うか――複雑な話だな。その犯罪者のお陰で、俺は生涯の伴侶を得たという訳だろう?」


 鎧のせいで表情は一切分からないが、しかし颯月の声色は真剣そのものだった。ふざけているのか、ツッコミ待ちなのか判断できない。


「ええと……生涯の友人であって、伴侶ではありませんけれどね――?」

「颯のヤツ、最近攻め手を緩めないよな……もしかすると綾ちゃん、もう手遅れなんじゃあ――」

「て、手遅れってなんですか!? とにかく! どうして私達がこんな目に遭ったのか、そして桃ちゃんを狙うのか……ハッキリさせたい事が山ほどあるんです」

「うん、まあ……分かった。俺もカッとならないように善処するよ」


 自信なさげに頷く幸成に、綾那が「ありがとうございます」と微笑み返した。すると、早速とでも言うべきだろうか。ルシフェリアの言った通り、綾那達の進む街道――その道中に建てられた簡易的な休憩所の中から、見覚えのある軽薄そうな男が姿を現した。

 以前、桃華に不埒な真似をしようと試みた輩である。


「あれ……なんだよ、予定と違ぇな? でもまあ良いや、そっちから来てくれたなら手間が省ける」


 男は桃華の姿を認めると、にやりと笑みを浮かべて筒のようなものに火を点けた。筒から上空に向けて発射されたのは、赤く鮮やかな炎だ。それはまるで小さな打ち上げ花火のように、空でポンと弾ける。もしかすると、アイドクレースの街中に潜む仲間へ向けた信号弾だろうか。


 颯月と幸成は桃華を庇うように立つと、男の一挙手一投足を見逃さぬよう注視している。早々に男を取り押さえないのは、恐らく綾那に話をする機会を与えてくれているからだろう。

 綾那は彼らの前に歩み出ると、軽薄そうな「転移」もちの男と正面から対峙した。


「前回は逃げられてしまいましたが……いい加減、あなた達の目的を教えてくれませんか?」


 四重奏を陥れた目的。そもそも「奈落の底」を知ったキッカケ。そして、桃華を誘拐したがる理由。何もかも分からない事だらけだ。それも、綾那の目が届かぬ場所でコソコソと暗躍して。

 いい加減、気分が悪いではないか。今この場で色々とハッキリさせておきたい。


 そんな思いとは裏腹に、軽薄そうな男は綾那の存在に気付くと、喜色満面の笑みを浮かべた。


「綾那――! 前はこっちの準備不足で、どうにもできなかったけどよ……今日はを持ってきてやったぜ! お姫様を攫うついでにお前も連れてく、そんで俺らの玩具にしてやんよ!」

「……怪力封じ?」


 そんなもの、少なくとも「表」の世界には存在しなかった。小首を傾げた綾那に、男は笑みを深める。


「いくら力が強かろうが、意識を失っちまえば何も怖くねえ! 例えば――をもつ魔物の相手なんかどうだ!?」

「…………あっ、うーん、と……そう、ですねえ」


 綾那は言いながら、思わず上空を仰いだ。見上げた先に浮かぶ、小さな光る球体――ルシフェリアは、機嫌良さそうに空を旋回している。


(この人「四重奏の綾那」を知っているから、もしかしてちょっとファンなのかと思ったけど……それにしては、私のギフトに疎過ぎる……? どれも珍しくないから隠している訳でもないのに、「怪力」すら知らなかったんだもんね。そりゃあ、「解毒デトックス」もちだって事なんて知る訳ない、か)


 どうやらこの男は、前回のビアデッドタートルに続いて、今回は毒をもつ魔物を呼ぶつもりらしい。それはまたしても、綾那にとってチョロい相手である。これも、「ちょっと良い事があるかも?」という、ルシフェリアの加護――もとい、祝福の効果なのかも知れない。


(――うん。ていうかこの人、『四重奏』が好きなのは間違いないけど、確実に私のファンではないな……ある意味安心したかも)


 ひとしきり飛び回るルシフェリアを眺めたのち、綾那は息を吐きながら男を見やった。


「……それは、相手するのが大変そうですね」


 綾那のギフトを知らないと言うならば、わざわざご丁寧に手の内を明かす必要はないだろう。下手に「毒は一切、効きませんけど?」と教えて、「じゃあ、別の魔物にする」なんて事になると面倒である。

 綾那はまだ、奈落の底での戦闘経験がほとんどないのだ――どうせならチュートリアル的に、チョロい相手と戦いたい。

 そんな綾那の考えなど知る由もない男は、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた。


「まあ、本音を言えば――俺は意識のある綾那とヤりたいんだけどよ?」

「…………未成年の前で、あまり気持ちの悪い事を言わないでくださいますか」


 桃華はまだ十六歳、幸成だって十九歳なのだ。良識ある大人として、言って良い事と悪い事の判断くらい、己でして欲しい。

 この調子では、彼と話したところでメリットよりもデメリットの方が多く、大した収穫も得られないかもしれない。であればルシフェリアの願い通り、さっさと「エイ!」してしまおうか? 綾那が逡巡していると、その背に常よりも幾分か低い颯月の声が掛けられた。


「――綾、もうそろそろ潰しても良いか?」

「颯……気持ちは分かるけど、まだ何一つ有用な事が聞けてないんじゃあ――」

「聞いたところで素直に話すとは思えん、時間の無駄だ。――アイツ俺の婚約者に色目を使いやがった、万死に値する」


 鎧の中に入っているため表情こそ分からないが、しかしその声色は硬く、明らかに不機嫌だ。そんな颯月の発言を聞いて、軽薄そうな男がぴくりと反応した。


「――は、……? お、オイオイ、まさか――嘘だろ? 四重奏の綾那が、男とデキてるって事かよ……それも奈落の底に送って、たったひと月で?」

「えっ? いっ、いやいや、それは、なんと言うか、この国の法律的に色々と問題があって、その、必要に迫られてと言うか――べっ、別に「表」とは、意味合いが全く、違うって言うか、だから」


 驚愕の表情を浮かべる男に、綾那はしどろもどろになって言い訳を募った。曲がりなりにも『四重奏』を知る人間に、颯月との事を取り上げられるのはどうにも居心地が悪い。どうか聞き流して欲しい――という綾那の願いも虚しく、男は激昂した様子で吠える。


「や、やっぱり――お前が「恋愛体質のビッチだ」って噂は、マジだった訳かよ!! 裏で男喰いまくりの、ファン裏切りまくりなんだろ!?」


 男の指摘を受け、綾那は思い切り噴き出した後に激しく噎せ込んだ。未成年――そして他でもない颯月の前で、一体なんて事を言ってくれるのだ。咳が落ち着いたところで、綾那は反論しようと口を開きかけた。しかし、それよりも先に男が捲し立てる。


「どうやら一時期、男をとっかえひっかえにして遊びまくってたってのは本当らしいな! 綾那お前、ほとんど男のファンでもってるくせに、よく裏切れるよなあ!? なんで綾那のウィッキィペッディーアに「派手な見た目に反して、中身は清楚」なんて書かれてんだよ! 「見た目通りにビッチ」の間違いじゃねえか!!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた私のギフト一つ知らないくせに、昔週刊誌に載せられたゴシップについては随分と詳しいんですね!? ――言っておきますけど、あれは事実無根ですから!」


 決して、綾那自身が望んで男をとっかえひっかえにしていた訳ではない。真相はただ、好きになった男が総じてクズであったせいで、次から次へとアリスのギフト「偶像アイドル」によって取り上げられていた――というだけである。

 いや、つまりごく短期間に複数人の男性と付き合っていたのは間違いないが、決して同時進行ではないし、それも全て昔の――二年以上前の話だ。

 少なくとも今、ファンを裏切るような真似はしていない――と、そこまで考えて、綾那の脳裏に颯月の顔がチラついた。


(――うん! ゴリッゴリに裏切ってるね、私……!)


 猛暑日だというのに、綾那の背筋に冷たい汗が一筋流れた。というかもう、こんな話を聞かされた颯月達の反応が恐ろしくて、後ろを振り向けない。確実に幻滅されている。


 やはり、メリットよりもデメリットの方が多いではないか。どうしてすぐに「エイ!」しなかったのか。後悔したところで遅いが、ここまで一方的にこき下ろされたのだから、多少強めに殴ってしまっても罰は当たらないだろう。それでなんとか憤りを収めるしかない。

 綾那が静かに拳を握り締めるのと同時に、すっかり興奮した様子で喚き散らす男の横で、転移陣らしきものが光り輝いた。

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