第5話 奈落の底

 綾那は、透明な卵の殻に包まれたまま――まるで、ふわふわと宙を舞うシャボン玉のように――ゆっくりと森へ降りていった。

 その周りを、どこか嬉しそうにぐるぐる飛び回る光。自称、慈愛の天使キューは、明るい調子で話しかけてきた。


『ねえねえ、君はどうして海の底に居たの? まさか、何の装備もなしに自力で潜ったなんて言わないよね? だって君、水面から三百メートル以上潜った場所に居たんだよ』


 キューの言葉に、綾那は絶句した。

 何の訓練も受けていない、綾那が――仮に訓練を受けていたとしても――酸素ボンベなしに水面まで泳ぎきるなど、到底できない深さ。

 更に付け加えるならば、全く水圧に慣らしていない体をいきなり深海へ強制転移させられて、どこも潰れなかった事が既に奇跡だ。

 いくら人間の体は大半が水分だから潰れにくいと言ったって、九死に一生を得るとは正にこういう事だろうか。


 綾那はぶるりと体を震わせて、キューの問いに答えるべく口を開いた。


「キューさん、ギフトについては――」

『ギフト? ああ、分かるよ、うん。「表」のカミサマが分け与える加護の事だよね。確か、一人につき一個までっていう制限があるはずだけど、君は相当愛されたのかな? 少なくとも三つ――でも、水に関する何かを持っているようには見えないね』

「え? 凄い、見ただけで分かるんですか!?」

『当然! なんたって僕は、すごーい天使だから!』


 えっへん! と誇らしげに飛び回る蛍火に、綾那は素直に感心した。一目見ただけでギフトの数や種類が分かるなど、まるで「鑑定ジャッジメント」ののようだ。

 四重奏のメンバー渚がもつギフトの一つに、「鑑定」というものがある。彼女は一目見ただけで、相手の所持しているギフトの数、能力の詳細まではっきり分かるらしい。


 恐らく、キューにも綾那のもつギフトの詳細が見えているのだろう。天使というのが何者なのかは謎だが――キューの言葉通り、凄い事に違いはない。


「ええと……「転移」のギフトもちが大勢集まって作った、『奈落の底』行きの転移陣をくぐったんです」

『――ははあ、「転移」か』


 今まで明るかったキューの声色が、唐突に一段低くなった。綾那は、何かおかしな事を言ってしまっただろうかと小首を傾げる。

 しかし相手はただの光る球、表情も感情も読み取れない。綾那はひとまず気にしない事にして、説明を続けた。


「ただ、陣から出てきた、魔獣らしき触手に壊された状態のものを通ったので――恐らく、転移先の座標がずれて深海に繋がったのかと。そもそも『奈落の底』がどこかも不明なんですけれど」

『君がさっきまで居たところが、僕達がいうところのだよ』

「え?」


 キューの言葉に、綾那は目を丸めた。


『深海――正しくは、超深海だね』

「ええ!? 奈落って、地獄じゃないんですか?」

『うーん、人間のイメージする地獄とか奈落とかいうのは、よく分からないけど――僕達の中では、深く真っ暗闇に包まれたあの世界こそが奈落だ。そして今、君が居るこの世界が奈落の……僕が作った、自慢の箱庭だよ! ああ、遅ればせながら、奈落の底へようこそ!』


 どこまでも明るい調子で言ってのけるキューに、綾那は目を瞬かせた。そのまましばし沈黙してから、小首を傾げる。


「えぇと、あの……色々と、分からない事だらけなのですが」

『うん? なになに、まだ森に降りるまで時間あるから、なんでも聞いて?』

「まず、あなたは何者なんですか? 天使というのは、一体どういう存在なんでしょうか?」

『天使は天使だよお。ああ、「表」の世界風に言えば、になるのかな』

「カミ……その、「表」というのは?」

『君が生まれた世界の事。奈落、いや、海のずっと上。地球の――地表の世界だろう? 言うなればここは、「裏」の世界ともいえるね。地表じゃあなくて、地球の真ん中にずっと近くて深いところ』

「な、なるほど?」


 地球というサッカーボールの真ん中に、『奈落の底』というテニスボールが入っている――みたいなものだろうか。綾那はキューの話を聞いて必死に想像したが、イマイチしっくりこなかった。


「つまり、あなたのいうというのは――「表」でギフトを配るといわれている、神様の事ですか?」

『そういう事だね。君、鞄の中に核をたくさん持っているでしょう』

「え? ええ……」


 綾那の肩にかかる鞄の中には、陽香と共に魔獣狩りに勤しんだ証の核が、七つほど入ったままだ。

 本来ならば一旦自宅に保管して、役所が開いた頃に納品しに行く予定だった。しかし自宅が消え失せて、自分まで奈落へ転移してしまったので、荷物を整理する暇なんてなかったのだ。


『核は、ギフトを発現するためのもとだ。ギフトはカミサマが自分の力を分け与えたもの。だから、核からは同族の気配を感じる』

「ギフトの素……」

『加えて、君はただでさえ持っているギフトが多いでしょう? それで、奈落に落っこちてきた君の気配はすぐに分かったんだよ』


 それはつまり、もしも核を持っていなければ、綾那を見つけるのが遅れたという事だろうか。その場合、確実に死んでいた。

 綾那は鞄をギュッと手で握って――ややあってから、パッと顔を上げる。


「あの! 私以外にも、ここに来た「表」の人が居ませんでしたか? 三人ほど!」

『え? あぁ~……』

「皆、私と同じ神子です! きっと、キューさんがいうところの同族の気配が強いと思うのですが――!」

『うぅ~ん、それなんだけど……確かに、君より前にも「表」から色々飛んできた――と思う』


 キューの言葉はどこか煮え切らないものだったが、それでも綾那は目を輝かせた。


(良かった! 皆は海の中じゃなくて、ここに――『奈落の底』に直接飛ばされたんだ! それなら少なくとも、生きてはいるはず!)


 己の目で確かめるまでは安心できないが、それでも溺死したかも知れないという不安は取り除かれた。あとは早々に皆と合流して、元の――「表」の世界へ帰る方法を模索するだけだ。


 今までと打って変わって明るい表情を浮かべる綾那に、キューはどこか申し訳なさそうな声色で続けた。


『ただ、その――本当に、たっくさん落ちてきたんだ。だから、なんていうか……君のいうがどこへ行ったのか、今の僕には全く分からないんだよね』

「――えっ」

『いや、でも大丈夫、確実に奈落の底には居る。もう海の中には人の気配を感じないから、そこは、うん――まあ、安心して?』


 綾那は笑顔のまま凍り付いた。一体、何をもってして「大丈夫」なんて言っているのか。いや、確かに溺死していないのならば、最悪の状態は避けられているのだが――。


(どうしよう。陽香は銃を持っているから、まだ良い。渚も、意識のない状態でこんな所に飛ばされて混乱しているだろうけれど――家ごと飛んだなら、身を守るものはいくらでもあるはず。問題は――)


 アリスは、家ごと転移させられては堪らないと、着の身着のままで家から飛び出していた。武器どころか手荷物さえ持っていなかったのだ。

 思い出されるのは、彼女がイカモドキの触手に気に入られていた事。

 穴に落ちる瞬間はアリスの体と触手が離れていたが、それでもイカモドキと同じ場所へ転移していないとは言いきれない。


 そもそも武器云々うんぬん以前の問題で、アリスには戦闘能力が一切ないのだ。彼女のもつギフトは、そういった事に特化していない。

 綾那はぐっと唇を噛んだ。

 メンバーの中では、まずアリスと合流するのが最優先だろう。しかし、見知らぬ土地をアテもなく歩き回るのが得策だとは思わない。


 キューは、この世界をと呼んだ。しかし綾那の眼下に広がる世界は、箱庭と呼ぶにはあまりにも広大すぎる。

 果たしてどうしたものか――と考え込むが、綾那はキューの発した言葉の中で、引っかかる点を思い出した。


「キューさん、「全く分からない」と仰いましたか?」


 つまりそれは、何か条件さえ満たせば三人を探し出す方法があるという事ではないのか。祈るような気持ちで問いかけると、キューは一度大きく上下した。


『そう! そうなんだよ。実は今、天使としての力をほとんど失っているんだ』

「では、もしかして力が戻ると皆を探せますか?」

『おちゃのこさいさいだよ! なんてったって僕は、すごーい天使なんだから!』


 はっきりとした口調で言い切るキューに、綾那はまた明るい表情を取り戻した。


「その力は、どうすれば元に戻りますか?」

『うーんと、その話をするには、まず君にこの世界の仕組みを説明する必要があるかな。さっきも話した通り、この奈落の底は僕が作り出した世界だ。他の天使――いや、カミサマは皆「表」で過ごしているから、この世界に存在するカミサマは僕一人だけ。ここまではいい?』

「はい」

『奈落の底には、「表」と違ってギフトが存在しない。配り手のカミサマが僕しか居ないんじゃあ、あまりにもしんどいからね。ただその代わりに、魔法があるんだ』

「魔法!? それはもしかして、ファイアーボールとかウインドカッターとか、ゲームのような?」


 なんて面白そうな世界だろうか。まるで漫画やゲームの世界のようだ。綾那はつい、好奇心と興奮のままに頬を紅潮させた。


『そう、でも攻撃魔法だけじゃあない。ある程度の事は全部、魔法でどうにでもできる』

「ある程度の事――というと?」

『まずこの世界では、化学が発展してない。例えば――電気? 「表」では科学発電所があるだろうけど、こちらの発電所には雷の魔法が得意な人間が常駐していて、それぞれの地域へ魔法の電気を供給する。それを使えば、「表」でいうところの電化製品も使えちゃうって訳! もちろん化学で作られたものじゃあなくて、魔具まぐっていう全くの別物なんだけどね』


 それは、同じ地球だという割に随分とファンタジーな世界である。綾那は感心したように相槌を打って、先を促した。


『でも、魔法って万能じゃあないんだよね。この世界の大気中には、マナと呼ばれる成分が含まれているんだ。魔法を使うためには、マナを体内に取り込む必要があるんだけど……無限じゃあなくてね』

「それは、「表」でいう石油やガスみたいな、エネルギー資源のようなものなんですか? 魔法を使えば使うほど消費されて、いずれはなくなってしまうと?」

『いや、厳密に言うと違う。無限ではないけれど、魔法を使うたびに消費される訳じゃあなくて――その都度、大気中へ還るんだよ。マナを体内に取り込んで魔法を使う、魔法を使えばマナは大気に還る、その繰り返しさ。循環型のエコなエネルギーだね』


 この世界のエネルギー源が循環型であるのならば、差し当たって問題はないように思える。綾那が首を傾げると、キューは途端に深刻な声色になった。


『暮らすのが人間ばかりなら、問題ない。魔力量――体内に取り込めるマナの絶対量が決まっているから、いたずらにマナを吸い込むとか溜め込むとか、ないからさ。ただここ最近、普通でない人間が増えすぎていてねえ』


 ため息交じりの言葉に、綾那はますます首を傾げた。黙って先を促せば、キューは辟易へきえきした様子で続ける。


『天使の僕が居るんだから、居て当然と言えばそれまでなんだけど――この世界には、悪魔も居るんだよ』

「悪魔?」

『そう。まあ、一番偉い悪魔王は行方不明になって久しいから、問題ないんだ。でも最近、その部下二人が好き放題やってくれちゃってさあ』


 嘆くキューに――正直、トップの行方が分からなくなっているのに問題ないと言い切るのは、どうなのだ――と思いつつ、綾那はごくりと喉を鳴らした。


 「表」には魔獣が居る。しかし、悪魔なんてものは存在しなかった。そもそも、ギフトを配る神様についても、その存在は眉唾物だったのだ。


(やっぱり悪魔って人間型で、背中には蝙蝠の翼みたいなのが生えていて、こう――いかにも、ビジュアル系っぽい感じので立ちなのかな? 撮影許可が下りるなら、ぜひ撮ってみたい!)


 ――完全に余談だが、綾那はビジュアル系が大好きなのだ。

 常々「宇宙一格好いい」と思っている男も、ビジュアル系バンドのギタリストである。思考が別方向にズレてしまったが、綾那は視線だけはキューから逸らさずに、続きを促した。


『悪魔は、動物とか植物とか、なんでも『眷属けんぞく』に変える事ができるんだよ。それを際限なく作り出して――ホンットあいつらと来たら、頭にくる!』

「眷属?」

『あ、えーと、そうだなあ、「表」の魔獣みたいなものかな。でも魔獣と違って、理性がある分タチが悪い。眷属はね、自意識がしっかり残っているんだよ。しかも元はただの獣だとしても、高い知性をもつようになる』

「なるほど……それで、眷属が増える事と普通じゃない人間が増える事が、どう関係するんですか?」

『うん、そこが本題なんだよね!』


 キューは頷くように、一際ひときわ大きく上下に揺れた。


『眷属は人間を気まぐれに呪う。呪われてしまった人間は『悪魔憑あくまつき』と呼ばれて、本人の意思に関係なく、無限に近い魔力容量の持ち主になってしまうんだ。つまりただ生きているだけで、大気中から際限なくマナを吸収し続ける。使う必要も、アテもない膨大な量のマナを溜め込んでしまうのさ』

「それは、なんというか……つまりその悪魔憑きさんは、マナを体内に貯蓄してばかりで大気に還元しないと? 財政危機というのか、過剰貯蓄による経済の停滞というのか――」

『うん、まあそういう事なんだけど、神聖なマナをお金に例えないでよお。それじゃあ僕のお願いが、停滞した経済を回してくれになっちゃう。君は商人じゃあないんだからさ』


 どこか呆れた様子のキューに、綾那は苦笑いを浮かべて謝った。


『でも、彼らも好きでマナを溜め込んでいる訳じゃあない。そもそも悪魔憑きになったのだって、眷属の気まぐれのせいで――被害者だ。それで、僕の力を取り戻す方法についてなんだけど、とりあえず今は、少しでも多くのマナを確保したい。話した通りここは海の底に作った世界だ、上を見てごらん』


 キューに促されて、綾那は頭上に広がる真っ暗な夜空――のような、奈落を見上げた。やはり、星一つない漆黒の闇で塗り潰されている。


『この世界は、今君の体を包んでいる膜と同じものでドーム状に囲われている。夜空のように見えるかも知れないけれど、あれは全部奈落――海だ。宙に浮かぶ光源は月や太陽みたいなもので、昼間は光が強まって夜間は弱まる仕組み。ほとんど僕の力とマナを掛け合わせて維持しているんだけど……大気中のマナは、日に日に減り続けている。正直このままじゃあ、世界の存続も危うい』


 深いため息を吐きながら、キューは更に続けた。


『生き物が暮らしていくためには、空気が必要だ。それに光も、休息するには闇だって必要だ。そもそも、箱庭の膜を維持できなくなれば、この世界は海に沈んでしまう。でも、だからと言って、罪のない悪魔憑き達を減らそうとは思えないでしょう? そういう訳で、これ以上悪魔憑きを増やさないように――君にはを減らしてほしいんだよ』


 綾那はなるほど、と頷きかけたが、しかし、またしてもキューの言葉に引っかかりを覚える。

 眷属の前に、まず諸悪の根源の悪魔をなとかするべきではないのか。

 大元の悪魔が消えれば、眷属は増えない。逆に言えば、綾那がいくら眷属を減らしたところで、悪魔が次から次へと新しい眷属を作り出した場合――終わりのないいたちごっこが続くだけだろう。


 疑問がそのまま顔に出ていたのか、キューがクスクスと笑った。


『そりゃあ、ね。できる事なら悪魔を消すのが一番さ。でも、眷属と違って悪魔は魔法――それも、かなり強力なものでなくちゃ倒せないんだよ。「表」の人間である君には、できない事だ』

「え! 私、魔法使えないんですか!? せっかく魔法が蔓延はびこる世界に来たのに!?」

『そりゃあ、君は「表」の人間だし――マナを溜める体内器官だって備わってないし。ていうか、どうして魔法を使える気になっていたの?』

「ええ……だって、普通そういうものじゃあないですか? ゲームや漫画だとこう、異世界の人間がチート能力を発現してですね」

『はは、面白い事を言うね。ここはゲームや漫画の世界じゃあないよ、君が生まれたのと同じ地球だ。少し場所が違うだけで――それに君には、魔法が使えずともギフトがあるじゃあないか。あまり欲張ると身を滅ぼすよ?』


 おかしそうに笑うキューを尻目に、綾那はしゅんと肩を落とした。

 せっかく魔法の世界に来たのに、どうやら自分は魔法を使えないらしい。キューの説明を聞けば、なるほど確かに、魔法の器官がないなら使えない訳だと納得はしたが――しかしそれはそれとして、ファンタジーな体験をしてみたかった。


 はあ、と息を吐き出して目線を落としたところ、いつの間にか随分と地面が近くなっている。もう森の木々がすぐそこだ。


『そろそろ下だね。どうかな? 君のお仲間を探すため、僕に力を貸してくれる? 僕の力がある程度戻れば、君達を「表」へ帰してあげる事だってできるよ』


 目の前を陽気に飛び回る蛍火に、綾那は思案する。

 彼――だか彼女だか謎だが、とにかく、キューが綾那の命の恩人である事には違いない。話を聞く限り、深刻な問題を抱えているようだし、手助けをすれば散り散りになったメンバー全員を探し出せるらしい。できる事ならば、希望通り眷属を減らす事に尽力したい。


(ただ、知能が高いってだけでも、眷属は魔獣より厄介だよね……それを見知らぬ土地で、総数すら分からないところを私一人で処理するとなると――)


 正直、安請け合いはできない。

 そもそもキューは、悪魔が次から次へと眷属を作り出すから、困っていると言っていた。察するに、その総数は綾那一人で対処できる数を超えているのだ。

 行方不明の大悪魔を除けば、眷属を作り出している大本の悪魔は二人。綾那が孤軍奮闘したところで、結局は鼬ごっこに終わるだろう。


「ところでキューさん、素朴な疑問なのですが――どうして、いかにも強そうな悪魔憑きの方には手助けを頼まないのですか? 魔法の使えない私より、よほど心強いように思えますけど」


 キューの話では、悪魔憑きは膨大な魔力を持っているらしい。であれば、悪魔を討ち滅ばす事だって可能ではないのだろうか。

 しかしキューは、綾那の疑問にぶんぶんと左右に揺れて答える。


『それが、ダメなんだ。今この世界に、僕の姿が見える人間は居ない。力が弱まり過ぎて、姿が見えないどころか声すら届かない。まあ、君が代わりに通訳するという手がない訳ではないけれど――いきなり現れた素性の知れない人間が、「天使がこう言っている!」なんて主張したところで、信じてもらえるかは微妙だね。見ていて面白そうではあるけどさ』

「それは……なるほど、確かに。下手をすれば、とんでもない詐欺師として裁かれそうな勢いですね」


 こちらの住人がどういった性格で、どんな考え方をするのかは分からない。しかし、例えば「表」で見た目普通の人間が、唐突に「神の声が聞こえる、力を合わせて悪魔を滅ぼせ!」なんて言い出した場合、それを手放しで信じる者は少数派だろう。


 現状メンバーと合流するすべはなくて、誰かに手助けを乞う事もできない。つまり、どうあっても綾那一人で眷属の対処に当たるしかないのだ。これが終わりのない仕事であるという事は、火を見るよりも明らかだと言うのに――。

 綾那は再び思案顔になる。それから小さく頷くと、ただでさえ垂れた目尻を更に下げた。そしてキューに向き直ると、きっぱりとした口調で言い放つ。


「分かりました――では、でお願いします!」

『よし! そうと決まれば、まず手始めに君が持っている核をいくつか分けて欲し――アレ? うん……? 君今、なんて言った??』


 つい先ほど元気よく飛び回っていたキューが、ぴたりと動きを止めた。


「あ、はい。保留でお願いします」

『うん!? なっ、なんで!?!?』


 キューの悲鳴のような嘆きが森に木霊こだましたのと、綾那の足が地面に着いたのは、ほぼ同時の事だった。

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