4―4

 白銀の光となって天を駆ける。肉塊の頭頂部をこじ開けるように飛び出した私はいつの間にか怪獣を俯瞰していた。胃の中では何時間もいた気がしたのにここまでは一瞬。そのギャップが少しおかしい。

「ははは――」

 今の私は発光態になっている。ハクの意思に力が溶けあって私達は一体化している。ハクがなんで私を失いたくないのか今なら分かる。この力はとても素晴らしい。この状態を維持しているだけで力の充実感が満ち溢れて快感で意識が飛びそうだ。

「ギヤアアアアアアアアアアアアァ!!!」

 肉塊が態勢を大きく崩す。私が穴から出た時にどうやら口から生えていた立派な二本の腕のつけ根ごと焼いてしまったらしい。轟音と共に腕は千切れ落ちて、サブの腕では支えきれない体重のせいで怪獣は後ろに転んだ。

「ギイイイイイイィ!」

 百を超える視線が私に向けられる。怒って当然だろう。エサと思って舐めていたら、無敵だと思っていた自分が初めてダメージを負ったのだから。それはプライドの高い奴には耐えられない屈辱なのだろう。

「ギャアアアアアアァ!」

 瞳から放たれる青白い槍の雨。

「ハッ!」

 私は光から大量の腕を生やして自分に向かう槍を全て掴んだ。投げられても投げられても全部、そのすべてを掴みとる。

「……ギ⁉」

 相手は攻撃を受けることでその性質を変化させてきた。だからこそ、自身の攻撃を反撃無しに防がれる事を想定して無かったのだろう。

 加えて、私を食べようとしたって事はこの怪獣にも補給や限界の概念が存在するに他ならない。五〇メートル級の力はちっぽけな超人には果ての無いものに見えるけど――

「それさえ見切ればあああぁ‼」

「⁉」

 出しつくした瞳が驚愕に歪む。濁った瞳に映る、無限の腕と化した私。私は手に持つ槍を白銀の杭に変身させブヨブヨとした体表にありったけぶち込んだ!

「ギヤアアアアアアアアアアアアァ!!!!!」

 でっぷりとした本体はもちろん、サブの腕も覆い尽くすように怪獣は都市に打ちつけられた。私の光が怪獣のオーラを中和して、上回って……並みの怪獣相手ならここで終るのだろうけど――

「グウウウ……ギィ!」

 杭がはじけ飛ぶ。穴と言う穴から青白い光を噴射すると肉塊はその体表を岩石の如く硬質化させ始めた。

 この怪獣の厄介なのは並外れた対応能力。まさか致命傷まで乗り越えてタフになるなんて――

「でも防御じゃ――」

 甘い。

 穴の数は私の腕の数と対応している。

「オラアッ!」

 私は相手の体が塞がりきる前に穴に腕を突っ込んで体内に入り込んだ。

「ヒギィ!」

 へー……あれだけ暴れまわっていた怪獣が情けない声で鳴くんだ……。

 怪獣の変化は段階的、一拍送れてから変化が始まる。体表から内側までは一気に固く出来まい!

 その隙に私は怪獣譲りの破壊のオーラにたづな仕込みの腕さばきで肉塊を滅茶苦茶に犯しつくす。ぐにょぐにょとなまあたたかい感触が少し気持ちいい。癖になりそう……。

「グゲ……グゲゲグ……!」

 だがその攻撃も対応される。怪獣は硬質化のリソースを打ち切ると体表から私の宝剣のレプリカを生やしては腕を切断した。

 もはや油断など出来ない。目の前の光を絶やさなくては。全ての視線が私への悪意に染まりウニ状になった怪獣が突っ込んでくる。

「待っていた!」

 切り裂かれた腕の断面から糸を生やし、ネットを構築する。網となった私は怪獣を包み込み、崩れた壁に向かって弾き飛ばす。

「ギィ⁉」

 相手の勢いを利用出来たおかげで一撃で吹き飛ばすことが出来た。まだ市民は避難が終わっていない。そんな都市の真ん中なんかじゃ本気を出せない。

「だからぁぁぁぁ‼」

 これでようやく始めることが出来る。

 ネットから弾丸の姿に変身して距離を詰める。

「ギ!」

 怪獣も真似してネットを張り、私の接近を防ごうとした――だけど甘い。私はネットの網の隙間よりも小さな弾丸に変身し、代わりに光の密度を圧縮した。プツン、と小さな音を立てて荒野へ出る。私の一撃は怪獣を貫通した!

「ギイャアアアアアアアアア‼――」

「っ――!!!」

 怪獣の「対応」は後の先。単純な変化のスピードであれば私の「変身」の方が速い! 先の先を突ける!

 その後も私達は攻撃しては対応・変身をそれぞれ繰り返す。砲弾、弓、槍などの兵器から、プレス機、水晶玉、岩石と本来であれば戦闘の用途に使えないようなものまでお互いにでたらめに。怪獣も私も最早原形をとどめていない。その場その場の相手に対抗するための最も優れた姿に変身し、荒野で衝突する。

「――――っ――」

 形勢としては……私の方が有効打を与えられている。浸食攻撃が効いたのか、動きの鈍い怪獣相手に私は一方的に押し込めている。多彩な変形を見せているものの……怪獣は反撃一割、防御九割と先ほどまでの勢いが嘘だと言わんばかりにおとなしい。

 でも……手ごたえとしては通常の怪獣であればすでに百回は殺せている。勢いこそ削げているけど致命傷に至らないのは何故――

「〈……そうか!〉」

 私とハクの知識が繋がる。

 そうか……怪獣が都市を滅ぼせた理由に、発光態に込められた機能の真の意味が理解できた――

「デュワ‼」

 怪獣を真の意味で倒すにはこのスケールでは足りない。私は人間のサイズからさらに光を拡大させて……怪獣と同じ五〇メートルの大きさへと伸長させた。

「あれが……ハルちゃん……」

「……はは……見込み以上の器じゃない……」

 その場にいる誰もかれもが私の姿に驚き、ざわめきだす。私もさすがに五〇メートルはやりすぎだと思ったけど……いや、これからやることを考えると本当は一〇〇メートルくらいのサイズになりたい。でも――

「……っ時間が――」

 曖昧になっていた私とハクとの境界線が浮かび上がってくる。発光態の限界、私の光がくすみ出している。モタモタしている暇はない。今やれるスケールで全てを終わらせないと!

「ジャッ‼」

「ギ――――――」

 右腕を光の大剣に変身させ、怪獣を横に両断する。南北半球に切り裂かれた肉体。流石の怪獣も超人程度が自分のサイズになるとは思わなかっただろう。

「デァァァッ‼」

 対応が始まる前に断面の中へと割って入る。私は両腕で上半分を穴に向かって持ち上げ、下半分を両足に挟むと抉れた壁にめり込ませた。

「まもりお姉ちゃああああああああああああん‼ たづなあああああああああああああ‼」

「え? 何⁉」

「……なるほど!――そう言うことなら‼」

 くたびれた帯が再び引き締まるとたづなは再び発光態へと輝きだした。

 彼女の背中から伸びる無数の腕。それはまもりお姉ちゃんと私へと差し伸べられ、私達三者の意思と力が繋がった。

 超人の変身形態に何故発光態が存在するのか。数多い答えは「強力な怪獣を相手にする時により大きな一撃を放つため」だろう。実際発光態はそのように使われることが記録上ほとんどだった。怪獣が空けた穴は大概ひとりでに閉じるので、わざわざ異形化のリスクを背負ってまで発光態になる必要は無い。空間の修復能力はサブと言うのが慣例だった。

 でも実際はその逆だ。子供たちが襲われた時、何故ハクは小型が空けた穴を真っ先に塞いだのか、好戦的な彼女であれば怪獣から殲滅するのがのにそれなのに何で穴にこだわったのか……。

「ギベベベベベベベベベベベベ――」

「グウウウウウッ――‼」

 上半分を押し付けて穴を塞ぎ、下半分も私自身の下半身を膜状にして壁と一体化させるように包み込んだ。全ては対応が始まる前に手早く終わらせる必要がある!

「行くわよ! 上の金ピカ! あと少しの辛抱だから気合い入れなさい!」

「金ピカは余計! 言われなくても――‼」

 たづなの腕が私とお姉ちゃんの力を「奪い」、三者間のエネルギーを効率よく循環させ始める。私の「変身」の力が怪獣を上は穴の補修材に、下は壁の材料へと「変身」させ始める。

「イギィ⁉――ヒギュエ⁉」

 ビンゴ! ようやく追い詰められた悲鳴を上げたな!

 超人が普段空間の修復を気にせずに済むのは最前線の超人たちがそれをすぐに塞いでしまうから。ところが今回の五〇メートル級は修復不可能なほどの穴をあけてきた。しかも大量の小型まで引き連れて。

 妖精と同じで、怪獣もまたこちらの世界に適応するのにコストを支払っているのだとしたら……バカでかい穴は単純な出入り口などでは無く、奴らの世界からのエネルギー供給孔だと仮定すると説明が付く。どれだけダメージを与えても死なないのは最低限の生命を維持できるエネルギーを常に与えられているから。雪崩のような小型は地上の殲滅はもちろんの事、メインは穴を塞がないように超人たちを分散させるため――

「「「はあああああああああああああああ!!!」」」

 粗削りの蓋が天井を塞ぎ、また雑な質量が城壁に嵌る。それらをたづなが磨きをかけてあるべき形へ整えて、まもりお姉ちゃんが修復のオーラを放つ。妖精の力に変換されつつある怪獣は私の内側でもがくももう遅い。今度はそっちが食われる番だ!

 穴からエネルギーを供給されたのが仇になった。怪獣はすっかり「適応」の能力をたづなに握られ肉塊から意思の無い風景へ変換されてゆく。

 やった……やっと、戦いが終わる………………。

「グ……グルアアアアアアアアア!!!!!」

「「「⁉」」」

 ここにきて天地が震え始める。白銀の光りから迸る青白い火種……まさか……。

「〈自爆……〉」

 まずい……発光態の出力が今度こそ落ちてきた……これじゃあ五〇メートル級は倒せても小型の洪水は止められない。たづなも、まもりお姉ちゃんも……この場のみんながもう限界……。

 やっと……やっと追い詰められたのに……私達の限界はこんな所なの……。

「〈……いや……絶対に、負けてたまるかぁ!!!!!!〉」

 私はたづなとお姉ちゃんに最終手段を伝達した。

「……そんな……やっと……やっとハルちゃんと一緒に戦えたのに……そんなのって……」

「成程……それがアンタの本当にやりたいことなら!」

 たづなの腕同士が結び合い、再び仁王のような太い二本の腕が形成される。両腕は私の胴体を掴むと上下へ思い切り引きちぎった。

「ハルちゃん!」

「〈これで……〉」

「これで」〈いいのです〉

 私達の意思が二分される。

 怪獣が爆発したらすべてが水の泡だ。都市だけでなく、外側の人たちを守るためには今ここですべてのケリをつけなくちゃいけない。

 怪獣の爆発に耐えられる素材は今のところ発光態の私にしか変身出来ない。分離に伴う発光態が解除されるよりも前にたづなの力で上下の怪獣を包み込んで、まもりお姉ちゃんにコーティングしてもらう。そうすれば穴と城壁の修復を同時に行うことが出来る!

「でも……それじゃ……」

 ……お姉ちゃん、たづなで繋がっていて私の声が聞こえるでしょ。

 私の原点は怪獣に対する殺意だった。

 でも、お姉ちゃんが戦う姿を見て私だってみんなを守れる戦士に憧れた。あの時広場でやったスピーチは教官殿に添削していただいた部分もあるけど――戦士まもりへの尊敬は本心だよ。私は誰に対しても平等で、責任感の強いお姉ちゃんのことが大好き。

 だから――

「やりなさい! 戦士まもり!」

「――っ!」

 黄金のオーラが私達を包む。私が壁に、ハクが天井に再構築されていくのが分かる。ごめんねハク。私のわがままにつき合わせちゃって。壁じゃ退屈だろうから空から世界を眺めるので我慢して。

〈全く……最後まで自分勝手の最悪なご主人様でした。でも、最後の戦いで一五〇年分の退屈は紛れました。変身万華鏡、お見事でしたわ〉

 そう、変身こそが私の戦士としての能力。どうせ超人の行きつく先が「最前線」なる安全装置なのであれば人類を守る壁になる事だってなんら変わらない。むしろ、自分の力で最後のあり方を選べただけ上等だ。

「ああ……温かい……」

 黄金の柱が壁と穴とを繋ぎ修復は最終段階に入る。硬質化を果たした私達は上下の爆発をもくろみ通りに抑え込み、白銀の輝きが青を燃やし尽くした。

 後は私達がそれぞれの場所に馴染むのを待つだけ。

 全く……殺意の解消に、人々を守る責任、野望を達成させるための礎作りに、悪戯妖精の暇つぶしに……スーパーヒーローはみんなの願いを叶えないといけないから大変だ。

 でも、それももう終わり。私達の戦いはこれで終ったんだ。

 まもりお姉ちゃんありがとう。これからは都市の壁になってお姉ちゃんと一緒に都市の外側を守るよ。

 たづな、私を見せてより多くの同志を集めなよ。あなただったら子供たちと一緒に平らかな真に平和な街を作れる。拉致はもう勘弁だけどたづなの前になら私みたいな器が集まってくれるよ。

「…………」

 肉体はもうとっくに、思考も遅れて硬質化してゆく。私が人間として考えられる時間もあと僅か。

「……」

「……」

 そっと触れる二つの温もり。ああ……それさえ分かれば満足だ。

 私は戦士として使命を果たした。少し寂しいけどコード01860086の戦士名はきっとハルとして覚えられるだろう。

 敵を倒して仲間を守れた。それを成し遂げられただけで……私は……

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