4―2

 経過観察三日目の夜。都市の外側は殺風景な景色から一転してカラフルな色彩に彩られていく。

 人が集まれば文化が発生するのが自然なのか、荒野にはいつの間にか簡易テントやゲルが持ち込まれ、それを作戦本部や寝床、中には小劇場や舞台を作っては都市と外側の垣根を超えて楽しんでいる。

 放出品には決して贅沢品が含まれているわけではないけど、そこは調理を工夫しておいしそうに仕上げたり、中には貴重な肉を持ち込んで解体ショーをしたり……あなた達超人は食事を摂る必要無いでしょうが!

 外側のQOLは間違いなく向上し、それは双方の結束を産んで士気はこれ以上無いくらい高まっている。異形部隊と外側の超人たちに限って言えば同じ釜の飯を食ベた仲間、少なくともいがみ合って互いの足を引っ張る事は無さそうだ。都市の戦士が現れる事は無かったけど、彼らは彼らで壁の内側をきちんと守ってくれるだろう。

 人望が無いと自虐していたにも関わらず――単に賑やかな明かりに導かれただけかもしれない――都市にはたづなが呼びかけた超人が続々と集まっている。このままいけば――

「‼」

 それはこの場にいる超人全員が捕えた感覚。空間の向こう側、最前線がノックを受けたようなかすかで、しかしながら神経を逆なでる衝撃。

 あれだけ賑やかだったどんちゃん騒ぎが不吉な予感の前に静まり返る。誰もが導かれるように満天の星空を見上げて――

「――あれは……何だ⁉」

「‼」

 超人の身体が大幅に強化されているのは散々体感している。あらゆる感覚が敏感になっているのと同時に、矛盾するようだけど鈍感・頑丈になっている。

 それゆえに、大抵の不意打ちを受けてもすぐに復帰して対応できる。高音に面食らっても超音波を解析できるようになったり、フラッシュを焚かれても光の奥の景色にすぐさま順応したり――

「――…………………………⁉」

 ――できるはずだった。

 何だ今の……意識を失っていた……?

 離れた位置にいる私でもそうなのだから、祭りの場にいた彼らは全滅だった。群衆雪崩と言わないまでも、頽れた彼らが立ち上がるのはワンテンポ遅れる。

 唇を読まずとも口々に混乱を述べているのが分かる。同時に一様に姿を超人態へ、次への備えを怠らない辺りプロフェッショナルだ。

「……………………何だこりゃ……」

「な……――」

 ざわめきが外側を埋め尽くす。私も開いた口が塞がらない。

 大型の怪獣は常に空からやってくる。天井をぶち破るように落下して地上を侵攻する。

 その規模は穴の大きさを見れば判断出来た。空間の穴は常に怪獣よりも一回り大きいくらい。それを目安に都市は戦士を選定し、現場に向かわせる――

「……嘘でしょ」

 都市と外側を隔てる城壁、ちょうどその真上に入ったヒビの大きさは直線距離にして八〇メートルを優に超えている……。

 メキ……メキ……と空が内側からこじ開けられてゆく。音が響くたびに感じる眩暈、内臓を直に触られているかのような不快感が断続的に広がる。先ほどまでの士気はどこへやら、上昇志向は生理的嫌悪の前に屈し、誰もが苦痛に顔をゆがめる。

「……グルルル」

 空間の隙間から怪獣の爪が顔をのぞかせる。予想直径に反してそれは普段見かける怪獣のスケールと変わらない。なんだこけおどしかと、大げさな音に驚いていたのがバカみたいだと安堵が広がる。このまま穴が開ききった瞬間に一発お見舞いしてやるかと、陽気な攻撃動作が散見された瞬間――

「ゲェッゲッゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ――――――――――!!!!!!!!!」

 滑り落ちる五〇メートル級の……観測史上最大のが城壁を押しつぶし、続いて小型怪獣がゼリービーンズの洪水の如くあふれ出てきた。

「か……っかかれええええええええええええええ!!!!!」

 セオリー通りに数人の戦士が穴へ干渉し、空間の修復を試みる。五〇メートル級もそうだけど、あの素早い小型も十分に脅威だ! 城壁が欠けた今、無防備な市民を守るためには迅速な行動が肝になる。

「はぁっ‼」

 黄金の鎧を纏ったまもりお姉ちゃんを中心に穴へとオーラが注がれる。それと最前線が呼応することで空間が修復される――

「はあああああ――……っ⁉」

 注げども注げども穴が塞がる兆候が見えない……。痺れを切らした一斉に超人たちは発光態になり、これでもかと力をぶつけても小型の流入を抑えるのが関の山。星空を抉るように暗黒の穴があざ笑う。

「この程度!」

「所詮は小型ァ!」

 幸いな事にここには百を超える超人がいる。都市へと迫る小型を次々と粉砕し、五〇メートル級へと攻撃を仕掛けてゆく。

「……いや、駄目だ」

〈ちょっとご主人様⁉〉

 私は変身して戦線へと飛び込んだ。

「コード01810083⁉」

「また邪魔しに来たのか!」

 仕事熱心なのは感心だけど今はそんな事言っていられない。私は目の前の小型を薙ぎ払いながら壁を飲み込む五〇メートル級へと接近してゆく。

〈いつになく激しい爪捌き、私感動しますわー‼〉

「……」

 ハクの言葉は無視したい。でも……力を振るう感覚はいつも興奮が伴う。

 同時に、切り裂いた感触から絶望も伝わってくる。

 小型の耐久能力は爪の一撃で消滅させられるほどに脆い。しかしながらその数は宴会会場を埋め尽くす程。一人当たりのノルマは百を超える。すでに一部の怪獣は都市の内側へ流入して破壊活動に勤しんでいる。

「ふんっ!」

「ギベエエッ⁉」

 爪の一撃、袖からのワイヤー+破壊のオーラ、尾の横凪、盾の生成と粉砕、他にも戦いの中で見聞した能力を再現しては小型を蹴散らしてゆく。自身の能力の多様性、器としての才能には感謝しかない。

 けれど――

「うっ……ここまでか……」

「そんな⁉ もう時間切れ――俺はまだ戦わなくちゃ――」

 地上からポツポツと光が立ち上がる。

 全力を出して戦うということはそれだけ最前線へ行ってしまう時間を早める事。上空の発光態組の光が弱まり小型の流入は勢いを増してゆく。眼前に迫る絶望感。敵が弱くとも消耗は必至。あれだけ和気あいあいとしていた雰囲気はどこへやら。今やだれもが悲鳴を上げながら怪獣の波に飲まれてゆく。

 出来る限り他の戦士をフォローしながら波を掻き分けてゆく。しかし、一人また一人と心が折れて膝から崩れ落ちる。確かに気持ちは分かるけど――

「うろたえるな‼」

 帯の一閃が都市の一角を薙ぐ。そこには仁王立ちで構えるミイラ男の姿が!

「アンタたち超人でしょ。それなのに空も飛ばずに地面に這いつくばって……上を見なさい!」

 超人たちはたづなの一声で空を見上げる。未だに怪獣を垂れ流しにするぽっかりと空いた穴。そんなものうんざりするだけで見られたものじゃないはずだ。

「……あれは」

「正気か……⁉」

 そんな今にも押しつぶされそうな暗黒を相手に黄金の一番星が眩く輝いている。

「はあああああああああああああ――――」

 次々と戦士たちがガス欠を起こす中でまもりお姉ちゃんだけは黄金のオーラを送り続けている。異形化は髪から素肌へ斑に広がって……変化する恐怖、都市出身の超人はそれを洗脳で強化されている。お姉ちゃんの場合存在を否定されたのはついこの間の事。恐ろしくないはずが無いのに……それでも、ただひたむきに暗黒と向かい合い、怪獣の流入を押し込もうとしている――

「まもりお姉ちゃん……」

「わが身可愛さに全力を出したくない奴は去っていい! 足手まといだ! でも私は逃げる事を恥と思わない。何だって生きてこその物種だもの。超人も人間、恐怖で逃げ出したくなる感情は持って当たり前だ。

 だが! だがここにはあらゆる恐怖を押し殺し、『みんなを守る』なんて無茶な信念をその身をもって証明する真の戦士の姿がある! この姿を見て何とも思わないのであれば去っていい。

 だけどもし……この戦士の姿を見て少しでも感じたのであれば力を振るえ! 今は都市も外側も関係ない! 世界の危機を間の前に全力を尽くさずに何が超人だ!」

 たづなを覆う帯がほどけ、そのシルエットを変化させてゆく。陶器のように滑らかに光る素肌。額の中心に開いた第三の目に、背中から伸びる何本もの腕、腕、腕!

 光を纏った腕が一斉に広がると小型を叩き潰し、握り潰し、と掃討を始める。これがたづなの全力、発光態。千手観音と化した彼女は怪獣を次々と手中に収めて潰して行った。

 彼女一人でこの場の怪獣の半数を殲滅したと言わんばかりに視界が開けた。どこまでも届く大きな手。その安心感は見た目に分かりやすい。勇気づけられた超人たちは再び立ち上がり、攻撃を始める。今度は温存など一切ない全力で。その勢いは地上に蔓延る小型を駆逐し、とうとう穴のせき止めにまで持っていった。

「お姉ちゃんの、人の信念をまるで自分の物みたいに宣伝しちゃって……ホント暴君……でも、おかげでみんながやる気になってくれた。やるじゃんたづな」

「ハルこそ手伝ってくれて助かる。ちょうど猫の手を借りたかった所よ」

 私達は合流して五〇メートル級の下へとたどり着いた。都市の戦士たちは市民の避難誘導、異形連合は穴を塞ぐのに力を注いで境界の均衡を維持するので精いっぱい。結果このデカブツと対峙出来たのは私達二人だけだ。

「この怪獣……雰囲気はあの日の四〇メートル級に似ている。動き出す気配が無い」

「ええ。でも用心に越した事は無いわ。仕掛けるなら一撃で終らせるのが一番いい」

 手も足も無い、灰色のブヨブヨとした巨大な肉塊。それが落下しただけで壁を押しつぶしてしまった。その質量は推して知るべしだろう。

 こんなものが動きだしたらと思うとゾッとする。ちょっと動くだけであっという間に都市を押しつぶしてしまうだろう。本格的に行動する前に駆逐してしまえ!

 たづなの腕同士が絡み合い、不動明王を連想させるたくましい一本の腕へと変化する。私はその手の中へ飛び込んでは、それが振るうにふさわしい宝剣へと姿を変える。私とハクが破壊のエネルギーを生み出し、たづながその能力をは力を最効率で循環させる。私の体表は白銀のオーラを纏い、敵を切り裂かんと振り下ろされた。

「「だあああああああああ‼」」

「……⁉――」

 パン! と乾いた音と共に私の動きが止まる。

「何ッ⁉」

 真剣白刃取り。怪獣は腕を二本生やし、私達の一撃を受け止めたのだ。

「このっ――」

 押しても、引いても、私は微動だにしない。柄から伝わる腕力は相当なもので、通常の怪獣であれば殴りつぶせる程。それ程の力がかかっているにも関わらず、まるで力を相殺されたかのようにピタリと止まっている。

「だったら‼」

 たづなは腕をさらに増やすと怪獣の手首へと伸ばしていった。たづなの能力は怪獣の力を奪う事も出来る。発光態になった今、触れただけで目の前の化け物をあっという間に純粋なエネルギーに変換できるはず――

「ギヤアアアアアアア!!!!!!!」

「⁉――――」

 怪獣の頭頂部にいきなり口が生えた。その音波は強烈な振動となり、空気を震わせては私達の三半規管を狂わせる。

 たづなの私を握る手が緩まる。その瞬間を狙って口から四本の腕が飛び出して来た。

「!――」

 ぬらぬらとだ液まみれの生えたて。それは先ほどたづなが伸ばしたのと剣を握る手首めがけて掴んで来た。

「これは……」

 不動明王の腕は掴まれた部分から青白く腐って行く。

「まずい!」

 私は槍の形状に変身して拘束から抜け出した。穂先の重量を調整して落下のスピードを上げる。とりあえずこの一撃で隙を作れば――

「ギヒヒ……」

 そんなものはお見通しだぞ、と軌道上に瞳が生えた。目が合う(・・・・)と同時に怪獣もまた瞳から視線を飛ばすように槍を射出し私と衝突する。

「くっ――‼」

 勢いよく弾かれた私は壁側から二番目の区域である製造区画まで飛ばされた。穂先はレンガの道路に虚しく突き刺さる事で動きが止まる。

「痛てて……でも……もしかして相手の能力は――」

 千手観音は不動明王の腕を解除し、汚染された部分を解いては浸食を防ぐ。しかしその程度の事で怯むたづなでは無い。今度はスピードを重視して人間スケールの腕を大量に生やし、それで怪獣を掴もうとした。

 腕のスピードは速い。瞬きする間も無く、千本を超える手が体表に到達する。

「ギヤアアアアアアア!!!!!!!」

「!!?」

 再びの咆哮。怪獣はたづなに触れられた部分から剣を生やし、手のひらからずたずたに切り裂いていった。

「ギギ!」

 怪獣の行動は防御に留まらない。たづなに向けて複数目を生やすと槍状の視線を飛ばして攻勢に出た。瞬間の反攻に彼女も反応出来ない。その身に槍が貫通すると発光態の光が消失した。

「たづなーーーーーーーー!!!!!」

 早く助けないと! 私は銀狐の姿に変身して彼女の下へと急ぐ――

〈いや、無意味ですわ〉

「え――」

 槍から動物の姿への変身は叶った。しかしながらそれは基本の狐娘の姿で……。

「……ハク……何で……?」

 私の隣には私の二度目の超人態、大人びた狐娘の姿のハクが――

「ちょっとハク! 私の中に戻ってよ! このままじゃたづなが……」

〈あの人間なら平気でございましょ。あの程度の一撃で死ぬようなタマに見えませんわ〉

 ハクがそっけなく指差す先、そこにはフラフラと立ち上がる人の姿が。たづなは帯で槍を掴むと、押し込んだり、引き抜いたりして汚染の拡大を抑えて行った。空いた穴は超人の力で中和させて見かけの傷が塞がる。しかしながら彼女の姿は発光態から超人態、それもミイラ男のような肉体のボリュームは無く、緩んだ帯からは彼女本来のシルエットが浮かび上がっている。

 確かに死んではいないけど――

「あのままの姿でもたづなは戦う! 私は彼女を見殺しになんて出来ない!」

〈行った所で何が出来ます? ご主人様はもうあの怪獣の特殊能力を理解したのでしょう。だったら勝ち目のないことは理解しているじゃありませんの〉

「それは……」

 確証はないけど……予想があっているならばハクの言う通り私達の勝利はかなり遠い。

 怪獣の能力はおそらく「反射」だ。おそらくあの怪獣は一定の特定の姿と言うものをもたないのだろう。ブヨブヨと抽象的な肉塊。それは刺激が加えられることでそれに対応した姿を取る。斬撃を加えようとするならそれを抑えるものを。腕力で来るなら同じように腕を。貫こうとするものなら同じように貫く何かを生成して弾いてくる。

「ギヤアアアアアアア!!!!!!!」

 肉塊から大量の腕が生えだし、地面を踏みしめる。巨大な蜘蛛のようなそれは巨体を持ちあげると内側に向かって動き出した。

「ギヤアアアアアアア!!!!!!!」

 そして体表のあらゆる箇所から瞳を生やし、矢のように槍をでたらめに飛ばしてゆく。

 この怪獣の厄介な所はただ反射するだけでなく、学習した能力をそのまま自分の物に複製してしまう所にある。与えた攻撃がそのまま怪獣の力に変換されてしまうのだ! そんな事では――

〈この都市はあっという間にハチの巣に、我々が何かした所で無意味。でもこの混乱に乗じて逃げる事は出来ます。私達二人だけなら今の内、誰にも見られていないうちにです。例え誰に見られていたとしてもこの攻撃をかいくぐるのは並ではありません。どうせ死にます。咎められる心配はございませんわ〉

「でもそれじゃあみんなを守れ――」

〈『みんな』とか『守る』とかうんざりですわ!〉

「っ――」

 爪の一閃が私の頬を掠め、薄皮一枚から血が流れ落ちる。分身だろうと私達は自分同士で殺し合えるらしい……。

〈私は一五〇年あの狭い瓶の中で待ちました。最高の器を与えてやるというバカな約束を守って長い長い退屈な時間を過ごして……ご主人様に分かります? 消滅しないだけで何も出来ない閉じた世界を? ただ生きているだけ、あの日あなたと出会わなければ私は腐って意思を維持する事を放棄する所でした。あと一歩で……生きる屍でしたのよ――〉

「……それは――」

〈ようやく手に入れた最高の器……初変身は至福のひと時でした……とめどなくあふれ出す力をぶつける喜び……ご主人様は変身する度に柔軟な発想で能力を発揮して楽しませてくれました。このまま成長すれば……いずれはあの肉塊を滅ぼせるまでの存在になれるかもしれませんわね〉

「だったら力を貸してよ! なら今すぐそのレベルになればいい! 私達はまだ発光態を残している。その力さえ使えば――」

〈無理です。確かに発光態になれば持てるポテンシャルを全て解放できます。でも……今のご主人様は一人であの怪獣を倒すイメージがございますか?〉

「だからみんなと協力するんじゃない! 一人で駄目でも二人、それでも足りないなら三人って……現にお姉ちゃんたちは穴を、均衡を保っている。反転攻勢に出るなら今しか――」

〈それが甘いと言っている!〉

 二の句が継げない。ハクの爪が私の喉を刺し貫いてしまった。超人の肉体は痛みを感じない。超人態なら尚更肉体を活かしている原理が異なる。発声器官が塞がれて息苦しい程度。全くこの肉体はどこまで便利なのだろう。おかげであらゆる感情に対して鈍くなってしまっている。

〈住んでいた世界を滅ぼされて、惨めに瓶の中に納まるか人間に寄生する事でしか存在を維持できない恐怖が理解できます? 私は自分を収める箱から箱へと移動する事でしか生きられない。ここであなたを失えば消滅。例え生き延びても行きつく先は最前線。自分のために使える時間は限られている。どうせ他人のために戦うことが定められているのであれば、それまでの時間を自由に使っても……一五〇年くらい許されますわ!〉

 今度は腹部が切り裂かれる。再生が始まるのと同時に執拗に、幾重にも爪が走る。

〈大丈夫です。ご主人様の肉体は私十分把握しております。この程度の傷、気を失うだけ。十分痛めつけた所でその肉体をいただくだけですわ。ざっと一五〇年くらいワガママを堪能した所で返して差し上げます。私たちは一心同体ですから〉

「う……かはっ……う……」

〈抵抗しても無駄無駄。悔しかったらご主人様も人から与えられた命令などでは無く、ご自身の意思を見せないと……まぁでも、幼少期から都市の命令に、今は田舎娘におだてられてその気になっている甘ちゃんには無理ですわね。支配権を返して欲しくば私を超える主体性が無ければ――〉

「う……」

〈うーうーうるさい……私、ご主人様の可愛らしい顔は嫌いじゃありません。むしろ舐めまわしたいほどに好みなのですが――この際顔面を潰して……どうせ私が入れば体は治ります。そうだこんなまどろっこしい事してないで一気に体を奪えば〉

「う……」

〈だから『う』が何ですの⁉〉

 人間、一つの事に夢中になると周りが見えなくなる。いや、今回の場合は相手の方が規格外と言うべきか。

 うしろ。その意味がやっと通じたのか、それとも背後に迫るプレッシャーが間近になった事でようやく感覚が機能したのだろう。ハクは振り返ると両目を見開いては抵抗する間もなく押しつぶされる。

 空で戦う戦士たちの動きを学習したのか肉塊はでたらめに生えた手を器用に使って驚くほど静かに私達に接近していた。怪獣は人間を優先して行動する。それが超人であれば得られるカロリーは尋常でない事は相手が良く理解している。

 腕はボロボロになった私達を掴んでは頂点にある一際大きな口へとほおり込んだ。

〈……〉

「う……」

 皮肉にもハクの逃げたい一心で起こした行動が結果的に私達を追い詰める事になった。抵抗どころか指一本動かせぬまま、私達は青白い溶鉱炉のような体内へと落ちてゆく。

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