第三章-4

「と、いう訳で、僕達結婚します」


 大学のいつものベンチで、僕とメイムはあはは~えへへ~と笑った。それとは対照的に梧桐座はあんぐりと口を開けた。いやぁ、驚くとは思ってたけど、ここまでテンプレートに驚いてくれると面白いな。なんというか、マヌケだ。


「あはは、変な顔~」


 メイムがご機嫌に笑った。

 現在はプロポーズした日の翌日。メイムが学校を終わるのを待って、そのまま大学へと来てもらった。出会った当初の面影はもうない。だから、普通に彼女が歩いていても、誰も気にしない。まぁ、ランドセルを背負った小学生が大学にいる時点で、不思議というか妙というか、おかしいんだけどね。


「変な顔って言われても、俺は昔からこんな顔やから仕方がないで」

「関西弁だ」

「そうやで。関西から来たんやで~。よろしくしたってな、メイムちゃん」

「はいっ」


 とりあえず、メイムと梧桐座の顔合わせは済んだ。今後、彼には色々と手伝ってもらう事となる。善は急げ、協力者とは早い内に打ち解けていた方がいいだろう。


「いや~、そやけど普通に可愛い娘やん。ほんまに妖怪やったん?」

「妖怪じゃないです。ちゃんと人間ですよ」

「あぁ、そうやな。すまんすまん」


 梧桐座は慌てて謝った。まぁ、失言の類かな? 女の子に対して妖怪とは酷いもんだ。だから彼女も出来ないんだ。


「む、なんやその余裕に満ちた顔は。急に上から目線になったんちゃうんか、茨扇」

「いやいや、そんな事ないですよ、梧桐座さん」


 はっはっはー、と僕は余裕で笑った。軽く殴られた。すいませんでした。


「あはは、仲が良いんですね。クラスの男子みたい」

「まぁ、男なんて小学生も大学生も変わらんわ。女の子は一日あればどえらー変わるみたいやけどな」

「え~。でも、男子三日会わざるばカツアゲしてみろって言いますよ?」


 三日ぶりに会った男からは金を脅し取れ……って、なんだそりゃ。そこから得るべき教訓も教えも、何一つ無いよメイムさん。


「それを言うなら、男子三日会わざる刮目して見よ、だ」

「あれ、そうでしたっけ? あはは~」


 メイムが誤魔化す様に笑った。そういや、メイムはこういう言葉の間違いが多いな。


「メイムはことわざとかが好きなのか?」

「あ、いえいえ。大人って難しい言葉を良く使ってるから、私も早く大人になりたいな~って思ったから。それで頑張って覚えようとしてるんだけど、中々難しいです」


 なるほど、そういう理由か。それにしても、早く大人になりたい、ね。メイムが言うと色々な意味が含まれている気がする。いや、その通りなんだろう。まったく。誰かに助けを求めればいいのに。自分で解決しようとしやがって……


「ほう、えらいな~メイムちゃんは。よっしゃ、これからメイムちゃんは『言語殺し(バベル・エンド)』と呼ぼう」


 メイムに妙な二つ名を付けようとしたところで、僕は梧桐座の頭にチョップを叩き込んでおいた。言語殺しだと? メイムの覚え間違いを馬鹿にするなよな。

 幸いな事にメイムは頭の上にはてなマークを浮かべている。とりあえず、話題を逸らす事にしよう。


「どうだったんだ、学校では」


 髪を切り、整えたメイム。彼女の顔を、はじめて見たクラスメイトもいたんじゃないだろうか。


「いつも通りだったよ。みんな遠くで私を見るだけでした」

「あぁ、そんなもんか。そのうち友達も出来るから普通にしとったらええで」


 果たしてそうだろうか? 子供というのは純粋に残酷だ。少しばかり……いや、かなりの変化があったからこそ、誰も近づかないんだと思う。


「先生は?」

「先生もいつも通り。何にも変わらなかったです」


 なっ、と短く梧桐座が声をあげた。だが、それ以上は飲み込んだらしい。教師がしっかりとしているのなら、僕とメイムは出会ってなかったと思う。ただ、街中ですれ違っているだけの関係だったはず。きっと、その方が幸せだったと、思う。


「……俺、小学校の先生になるわ」


 なにか梧桐座の琴線に触れてしまったらしい。


「人生をこんなところで、そんな簡単に決めるなよ」


 だいたい大学が違うだろう。教育学部? そんなものはウチの大学には無い。


「お前に言われとうないわ」


 もっともなツッコミだ。ケラケラと笑ってから、梧桐座は歩いていった。


「どこ行くの?」

「自販機だろう。何か奢ってくれるらしい」


 辛い現実から目を背けたかっただけかもしれないけれど。そういう事にしておこう。あっちには自販機があるし。


「座って待ってよう」


 僕とメイムはベンチへと座る。少し高いベンチなので、メイムの足が浮いていた。ブラブラと揺れる足と、空気。まぁ、なんか心地いい。


「ねぇ、空夜さん。結婚って、どうなったら結婚?」

「市役所に色々と書いた紙を提出したら、結婚」

「私も書くの?」

「名前と住所だけでいいと思う」

「へ~。結婚って簡単なんだね」

「そうでもないよ」


 言葉の上では簡単だけど、大きな壁が待っている。


「その紙には、親のサインが必要なんだ」

「……ママの?」


 うん、と僕は頷いた。


「ママ忙しいからな~。どうやって話そう?」


 う~ん、とメイムは悩んでいる。恐らく、まだ母親が普通だと思っているんだろう。そんなはずが無いっていうのに。まともな親ならば、メイムを放って何日も帰らないなんて、ありえないのに。ただお金だけを与えて、たった一人で生活させるなんて、間違っても親がやる事じゃないっていうのに。

 ストックホルム症候群……だったか。人質が犯人をかばう。それと、似た様な状態だな。


「なんや、オカンへの挨拶すんでへんのかいな」


 いつの間にか梧桐座が後ろにいた。手にはホットコーヒーが二つとミルクティが一つ。メイムにミルクティを渡して、僕はホットコーヒーを受け取った。


「うん、ウチのママって忙しくて全然帰ってこないの。サインもらえるかな~」

「帰ってくる日は分からないのか?」

「金曜日の夜は、遅くに帰ってきてるみたいです。すぐに出て行っちゃうけど。だから、全然会えないし、話せない。頑張って起きてようと思うんだけど、すぐ寝ちゃうの」


 なるほど。チャンスはあるのか。


「梧桐座、ちょっと手伝ってくれ」

「ええで」

「内容も聞いてないのにか?」

「ええに決まっとるやん。俺には嫁さんどころか彼女すらおらへんからな」

「梧桐座さん、彼女いないんだ」


 へぇ~、とメイムが意外そうな声をあげた。


「カッコいいのにね」

「……聞いたか茨扇。女の子にそんなん言われたん初めてや。メイムちゃん、俺と結婚せぇへんか?」

「えぇ~、やだ。空夜さんの方がカッコいいもん」


 勝った! 僕は天を仰いだ。梧桐座は地面へと四つん這いに伏せた。明確な勝利者と敗者の図であり、これ以上ないって位に気持ちがいい。

 これが、これこそがイケメンが味わう感覚なんだろうか。いやいや、きっとこれ以上の感覚を味わっているに違いない。イケメンは今すぐ爆発し、美少女を解放するべきである。あぁ、僕にはメイムがいるので、別にいいのか。美少女は梧桐座に譲ってあげよう。


「どうしたの二人とも?」

「いや、なんでもない。それより、金曜日の夜はいいかい?」

「うん、大丈夫。ママに会うの?」

「そのつもりだが……」

「?」

「色々とあると思うから、覚悟だけ決めておいてくれ」

「う、うん」


 たぶん、メイムは理解していないと思う。でも、素直に教えたところで納得はしないだろう。自分で見て、自分で壊してくれないとダメだ。ママという理想を、メイム自身が現実というハンマーで打ち壊してこそ、解放されるんだと思う。

 決戦は金曜日。そんな歌もあったな、なんて思い出す。でも、正確には土曜日となるだろう。メイムにはキツイ時間かもしれないが、我慢してもらうしかない。

 とにかく、週末に勝負をかける。それまでに色々と書類とか用意しないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る