第三章-2
結婚に関する法律。
民法第一節に婚姻の成立という項があり、その第七三一条に婚姻適齢という項目があった。内容は、『男女共に、満十歳にならなければ婚姻する事ができない』。昔は男が十八歳で、女が十六歳だったらしいが、人口減少による苦肉の策で年齢が引き下げられたらしい。効果があったかどうかは分からないけれど。
他にも重婚の禁止やら、親族間での婚姻禁止などの項目が並び、続いて僕が目を留めたのは、第七三七条の未成年者の婚姻。内容は、『①未成年の子が婚姻をするには、父母の同意を得なければならない。②父母の一方が同意しないときは、一方の同意だけで足りる』とあった。
メイムはもちろんだが、僕もまだ十九歳で未成年だ。つまり、メイムの親はもちろんだが、僕の親も結婚に同意させなければならない、という事か。まぁ、こちらはそう問題ではない。最悪、僕の誕生日まで待てば良い話だ。成人してしまえば、何の文句もあるまい。
あとは、結婚の仕方だ。これは法律関連の本には載ってなかったのでインターネットで調べた。どこのページも煌びやかな様相で飾ってあって、なんとも微妙な気分になる。そもそも大学の図書館でこんな事を調べている僕の存在が異様なのであって、下手をすれば、また妙な噂が流れるかもしれない。
ともかく、調べていくと分かった事が色々とあった。まず、夫婦は同じ苗字を名乗らないといけないらしい。夫婦別姓なんて有るけど、実はダメという事で、いわゆる内縁の妻にしか許されていないそうだ。
あと、夫婦は同じ家に住まないといけない、と書いてあった。本来、別居はダメと記してある。う~む、世の中、思ったより適当なんだなぁと思う。違反したところで罪になるのだろうか? それは全然書いてないけど。まぁ、夫婦喧嘩は犬も喰わないと言うし、誰も介入する事は許されない事なのかもしれない。
とまぁ、そういう新事実を知りながらも、結婚の仕方に辿り着く。要約すると、婚姻届けを提出しろ、という訳だ。案外と単純なものなんだなと思う。婚姻届けには証人がいるらしく、成人した者でないといけないらしい。この証人は、どちらかの親でも良いそうだ。まぁ、これは僕の親で良いだろうか。
「……いや、メイムの母親の方が完璧か」
誰に見せる訳でもないが、彼女の母親が証人になっている方が良いかもしれない。いや、これは僕の身の保全でしかないか。
ぎり、と歯を噛み締める音が響いた。
情けない。助けると思った途端、この弱さだ。なにが正義の味方だ。弱い。よえ~。
「……はぁ~」
ここで自分を責めても仕方がない。落ち着く様に、僕は息を吐いた。もう随分とため息を吐いてきたが、メイムと合わせる意味では丁度いいかもしれない。ほら、ため息を吐くと寿命が縮まるっていうからね。メイムと結婚するならば、僕は早死にするべきだ。
さて、次はどうしようか。と、思った時に、別のページが目についた。補助金制度、というものが紹介されている。僕はそれにざっと目を通していった。
「ふ~む……これだな」
確信を持った。これで釣れる。僕が持てる最大の武器が、こんなところにあった。正義の味方がふるう手段としては最低だ。でも、これならば、この方法ならば、きっとメイムの母親は許可を出すだろう。
最低であれば最低な程、結婚の許可を出すはずだ。
その事実は、とても悲しいけれど、とても非道だけど、とても酷いけど。それでも、彼女を救えるのならば、良い。
「…………」
さて、材料はそろった。あとは、最大の問題だ。こればっかりは、誰かに頼る訳にもいかないし、頼ってしまったらアウトだ。
「どうやってプロポーズしよう……」
そもそもメイムとは付き合ってない訳だしな~。加えて、メイムが僕の事を好きじゃないんだし。いきなり結婚しよう、なんて言って、はい、と答える馬鹿はこの世にいない。
いや、保育園児や幼い子供ならば、そういう事があってもおかしくは無い。だが、十一歳ともなれば、まともな思考が出来る様になっている。結婚がどういう事かは、すでに理解しているはずだ。
「と、なると……」
この際、恋愛感情は無視した方が良いだろう。愛があるから結婚するんだろうけど、愛の形だって様々だ。恋人同士の愛があれば、家族間の愛もある。僕はメイムに対して父性の愛を感じているのだから、これも愛だ。メイムは自己愛でいい。自分を守る為に結婚する。将来を守る為に結婚する。
なにも間違ってはいないはずだ。未成年だろうが、成人だろうが、得られる結論は同じだ。結婚して、安心できる家庭を持つ事。
到達するところは、そこしかない。
「……メイムは納得するかな?」
とりあえず、僕は図書館を後にする事にした。ここで悩んでいたって始まらないし、事態は何一つ変動しない。だったら、なんらかの行動を起こすべきだろう。
図書館を出れば、閑散としている廊下を歩き建物の外へ出た。まだまだ寒い風が吹いてくる。夕方まで多少の時間はあるが、僕は公園へと向かった。
いつもの様に自動販売機で温かい紅茶を買い、身体を温める。そういえば、最近はずっと甘い物を飲んでる気がするなぁ。
「太ってきたか?」
お腹を触る。多少はグニグニとしているが、アスリートじゃないんだ。許容範囲内だろう。僕の顔面偏差値はイケメンという訳じゃないので、せめて体型は維持したい。情けない男には成りたくない。太っている人間が情けないとは限らないけど。
という訳で、公園内をウォーキングする事にした。ウォーキングとカッコつけて言ってみたが、ただグルグルと歩いているだけだ。きっと歩き方や腕の振り方なんかがあると思うんだけど、僕はそのやり方を知らないし、わざわざ調べるまでも無い。ただ、歩きたかった、というだけかもしれないし。
まぁ、そんな風に適当に歩いていると、夕方と呼ぶ時間より少し早くメイムがやってきた。すっかりポニーテールが似合ってる……とは、言い難いよな。まだ自分一人で結うのは苦手らしく、結いそびれた髪の束が顔を隠し気味だ。
メイムの髪質はだいぶ良くなってきた。でも、さすがに量と長さが凄い。今も時々は地面に擦れているのだろうか、毛先はボロボロのままだ。というか、この量の髪の毛をきちんとシャンプーできる訳がないか。
「こんにちは、空夜さん」
「おう、こんにちは」
僕は歩くのをやめて、メイムに挨拶する。うん、身体は充分に温まっている。少しは痩せたかもしれない。いや、こんな事で痩せるのなら世の女性はきっとガリガリだ。ダイエットとは、辛く厳しいもののはず。
楽をして痩せたい? 馬鹿じゃねーの。お前がグータラとして太った分を、楽をして痩せれると思う方がおかしい。人生に甘えるな。
「どうしたの、空夜さん?」
「いや、少し太ってきたから痩せようかと思って。ダイエットに勤しんでみた」
「えぇ~、空夜さん太ってないよ。痩せてる痩せてる、かっこいい~」
お世辞と受け取っておこう。思わず嬉しくなっちゃうが、うかれる訳にはいかない。まぁ、身内以外にかっこいいなんて言われるのは初めてだから、仕方がない。仕方がないよね? 身内といっても馬鹿な妹だけだし。うんうん。
「太っても鯛だよ、空夜さん」
「腐っても鯛だ」
そうだっけ、とメイムが笑っている。太っても鯛って、そりゃ食べる分には太っている方がいいだろうけど。まぁ、どれだけ姿が変わろうが鯛は鯛だ、という言葉かもしれない。
「ところでメイム。好きな人っている?」
……いや、馬鹿か僕は。なにをストレートに言っているんだ。もうちょっとオブラートに包んで遠回しに聞いてみるもんだろうが、こういう話題は。あれか、かっこいいと言われて自惚れたか。年下にいい様に扱われるかもしれないな~、僕は。倒置法も乱用してるしね!
「え、好きな人? え~、えへへ~」
メイムはメイムで、謎の反応をしている。少し顔を赤くして照れているのだろうか。う~ん、この反応だとどうやら好きな人がいるんだろうな。
「へ~、いるんだ。どんな奴?」
「えっと~、かっこいい人!」
ちっ。イケメンか。あの種族は漏れなく美少女を手に入れる権利を持っている。それでなくとも人生はイージーモード。簡単に彼女を手にする事が出来るのだ。つまり、イケメンは、イケメン以外の男達の敵である。滅びよ。滅せよ。さすれば、この世はもうちょっと優しくなるだろう。誰に? イケメン以外に決まっている。
「ほぉ~。好きな人がいるってのは良い事だ」
とりあえず、メイムとの会話を続けていく。まさかメイムの好きな人を全否定する訳にもいかないしね。
「そうなの?」
「そうさ。いないより、いた方がずっと良いよ」
メイムの場合は、得にそうだろう。恋愛に身を置く前に、自分の命が危険ならばそんな感情も覚えない。だから、気持ちに余裕があるって事だ。
しかし、どうやら僕はそのイケメンに勝たなくてはならないらしい。たぶん、相手は小学生なんだろうけど。
ふむ、勝利の鍵はそこにあるな。
つまり、小学生に出来ない事をやってやればいい。答えは簡単だ。経済力……つまり、お金だ。所詮、小学生のお小遣いでは出来ない事を彼女にしてやればいい。見せてやるぜ、親の仕送りで生きている僕の経済力を!
「…………」
「どうしたの空夜さん? とつぜん四つん這いになって」
「バイトしとけば良かったな~って」
はてなマークを頭に浮かべながらも、メイムは僕を気遣ってポンポンと背中を叩いてくれた。良い娘だなぁ~。気を取り直して、僕は立ち上がる。
「まぁ、落ち込むのは今度にして……どうだい、メイム。髪の毛を切ってみない?」
「え、でもお呪いが……それに、どうやって?」
どうやって?
「いや、僕には散髪のスキルなんて無いよ。専門のハサミなんて持ってないしね」
「普通のハサミじゃないんですか!」
メイムは知らなかったらしい。まぁ、無理もないよね。自分ではおろか、他人にも切って貰った記憶が無いんだと思う。だからこそ、死神と化していたんだけど。
「この前に言った千五百円の散髪屋さんなら奢ってあげられるぜ」
ちなみに他の美容院の看板を見てみたけど、僕には奢ってあげられるレベルを超えそうで怖い。う~ん、なぜ同じ髪を切る行為なのに、あそこまで値段が違うんだろうか? カリスマ? 一時期流行ったよね、無免許カリスマ美容師。
「いつもジュース奢ってもらってるし、そこまでしてもらわなくても……」
歯切れが悪いな。やっぱりお呪いを信じているのだろうか。でも、もう一押しすればいけるかもしれない。いつもなら即拒否しているメイムだ。この歯切れの悪さは心がグラついている証拠。メイムもやっぱり女の子って訳だ。
「お金なら気にしなくていいよ。ほら、可愛くなったら、好きな人も好きになってくれるかもしれないし」
う~ん……言っといて何だが、それって自分の首を絞めてないだろうか? 経済力で大人の力をみせつけて、恋の応援をしてしまう。あぁ、やはり恋愛は難しい……
「え、好きになってもらえるかな~」
「大丈夫だろ」
僕は、メイムの額から垂れ下がっている一房の髪を持ち上げる。隠れている素顔は、贔屓目を抜きにしても、可愛らしい。普段、髪で隠れて日光に当たってないのだろう、色白で、少しばかり頬が赤くなっている。ちょっとびっくりした様な目で僕を見ているので、にっこりと笑っておいた。
「メイムは可愛いし、きっとモテモテになるよ」
そうなるとライバルが増えるのか。いやいや、小学生相手だったら僕の方が余裕で勝てるだろう。たぶん。うん。いや、きっと。うんうん、大丈夫だって。自信もってメイムを可愛くしようぜ、僕。
「ん~、分かった。髪の毛、切ってみる」
「おう」
僕はメイムに手を差し出す。メイムは少し照れながら、握ってくれた。ちょっと子供扱いし過ぎだったか? まぁ、でもいいじゃないか。まだまだ寒い空気の中、メイムの手が暖かく感じられる。
小さい手だけれど、そこに温もりを感じるのだ。
だからこそ、僕が守る。
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