第15話 過去編⑧:浅影透夜

 8月18日。俺は最悪の予知夢を見て目を覚ました。

 身体が汗ばんで気持ち悪いし、予知夢を見たときの疲労感も相まって気分が悪い。

 

 頭の中でまだ整理ができていないけれど、とりあえず分かっていることは一つ。

 8月19日の夜、つまりは明日にということだ。

 心臓の鼓動がうるさいぐらい聞こえる。思い出すだけで気分が悪くなるし、最悪だ……。


 とにかく、今すぐにでもなんとか防ぐ方法を見つけないと。

 夢の状況からするに、あれは詩央里の家だろう。そして、肝心の詩央里に危害を与える人物ももう分かっている。

 ――詩央里の父親だ。

 夢では第三者として眺めることしかできなかったけれど、父親であることは確かだろう。詩央里はその男をお父さんと言っていたし。


 ……そして詩央里がお父さんと呼んだその男は、詩央里を殴った。

 殴って、殴って、蹴って、痛がる詩央里にこれでもかと怒号を浴びせて。

 予知夢で見る光景はなぜ鮮明なのだろうか。泣きじゃくる詩央里を思い出すと、行き場のないこの感情を何かにぶちまけたくなる。

 今回は偶然、予知夢が見れたから分かったけれど、もしかしたら普段から虐待を行っているのかもしれない。

 だけど、夢で見た暴行は明らかに度を越えている。


 どうしてあの男が詩央里に手を出したのかは、はっきりとは分からない。

 最初はリビングと思われる部屋で父親が酒を飲んでいたのだ。そこには詩央里も居て、なにか話していた。よく聞き取れなかったけれど、明日の夏祭りがどうこうと言っていたのは覚えている。その日はきっと19日だろう。

 

 最初は静かだったものの、徐々に会話がヒートアップして父親が手を出したのだ。予知夢の中では会話の内容が聞き取れていたはずなのに、よく思い出せない……。幸いにも予知夢で見たことが明日起こるということは分かってる。

 予知夢は詩央里が暴行を受けている途中で目を覚ましてしまったから、この後どうなるかは分からない。


 とりあえず、詩央里の身の安全を守ることが最優先だ。

 そのためには、どうすればいいんだ……。周りの大人に話しても信じてくれないだろうし、詩央里本人に言ってしまっていいものなのだろうか。

 ただ、俺には幸太がいる。今日は急ぎで幸太に相談しに行こう。


 全然寝た気がしないけれど、感情が昂って二度寝する気分ではない。

 布団から出ようとしたとき、襖を誰かがとんとんとノックした。


「透夜くーん。起きてる~? 開けるよー」

 ゆっくりと襖を開けた先には、声の主である詩央里がいた。

 自分でもよく分からないけれど、なぜか泣きそうになってしまった。

「……おはよう。詩央里」

「どうしたの? ひどい顔してるよ。よく寝れなかった?」

 詩央里は心配そうに顔を覗き込んでくる。

「最悪の夢を見たよ……」

「大丈夫、大丈夫だよ。もう夢の中じゃないよ?」

 そう言いながら俺の頭を撫でてくれた。

 不思議と年下扱いされた気分にならなかった。それにしても、そんなに酷い顔をしていたのだろうか。

「ありがとう。朝ご飯だから起こしてくれたんでしょ? 食べようか」

「うん!」


 その後は、いつも通り真衣さんと詩央里と朝食を済ませた。

 今日は、幸太と二人きりで話したいし詩央里には申し訳ないけれど、真衣さんのところにいてもらおう。

「詩央里は今日は真衣さんと勉強?」

「そのつもりだけど、透夜君は何か用事があるの?」

「幸太のところに行こうと思ってる」

 言ってから正直に言ってしまったことを少し後悔した。


「それ、私も行ってもいい?」

「勉強はいいの?」

「真衣さんは普段から好きにしていいよって言ってるから……」

「……なるほどねぇ……」

 どうしようか……。なるべく夢の話は、幸太と二人だけでしたいし本人にはなるべく聞かれたくない。

「ふーん……私いない方がいいんだ」

「べ、別にそんなつもりじゃないけど、二人で話したいことがあるんだよ」

「そっか。二人で話したいことがあるならしょうがないね。行ってらっしゃい」

 気を悪くさせてしまったようだ……。けど、こればっかりは仕方がないことなんだ。

「……ごめん。別に隠し事があるとかそういうことじゃなから……」

「――行ってらっしゃい」

「行ってきます……」

 相当機嫌を損ねてしまったようだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、すべて解決したら詩央里には、すべて打ち明けることにしよう。きっと詩央里なら信じてくれるはずだ。


 朝食を終え、俺は幸太の家に向かった。

「おはよう透夜。 今日は早いね」

 幸太の家に着くなりすぐに出迎えてくれた。

「おはよう……急いでくるような話があるからな」

「そりゃあ楽しみだ」

「……まぁ聞けば分かるよ」

 幸太の部屋に行き、勉強机の椅子に腰を掛ける。幸太がベットに座ったのを確認して、話を切り出した。


「早速だけど、例の予知夢を見た」

「……なるほどねぇ。透夜の様子からしてただ事ではなさそうだとは思っていたけれど」

 幸太は普段は調子者だけれど、こういうときに空気が読めるから助かる。

「それで、どんな夢を見たの?」

「結論から言うとだな……詩央里の身に危険が迫る」

「マジかよ!? それは、命の危険があるってこと?」

 幸太は身を乗り出して聞いてくる。

「いや、途中で起きてしまったから最終的にどうなるのかは見れてないんだ。ただ……」

 詩央里が痛めつけられる光景を思い出して、思わず言葉を詰まらせる。

「ただ?」

「もしかしたら死ぬ可能性も考えられなくはない」

「マジかよ……。マジか……詳細話せる?」

 

 その後は、予知夢で見た光景を一通り幸太に説明をした。

 酒を飲んでいた父親に暴行を受けること。その前に詩央里と父親が何か話していたこと。そして、暴行を受ける日が明日だということ。


「――それで透夜はどうするかなにか考えているのかい?」

「あの感覚は予知夢であることは確かだと思うんだけど正直、違ってたりしてないか不安なんだよな」

 まだ一回しか見たことがないし、夢で見たことが必ず起こるとも言い切れない。

 そして、未来を変えることができるのかも分からない。

「まぁ色々と不安なのは分かるけど、どうやって詩央里の身の安全を守れるかを考えるのは必要だ。それを考えるために来たんだろうしね。それにもし起こらなかったとしたら、それはなによりじゃないか」

「……言う通りだよ」

 もしかしたら自分が思っているよりも冷静になれていないのかもしれない。

 今は、どうやったら詩央里を守れるか。それだけを考えるんだ。


「ごめん。幸太は何か考えあるか?」

「んー……。周囲の人間に協力してもらうってのはできないしなぁ。詩央里さん本人に、言うのもやめておいた方がいい気がする」

 それは俺も同感だ。周囲の人間も、詩央里もまず予知夢なんて信じてくれないだろう。仮に、信じてくれたとしても詩央里自身がどう受け止めるかも分からないから不安だ。


「確かに俺らだけで解決するしかなさそうだな……。一応、詩央里の後をつければ家は特定できるし、父親が大声を上げるはずだからそのタイミングで警察を呼ぶことはできる。これは最悪の場合だけどな」

「暴力を受けた確証がないと、周りの協力は得られないってことかぁ。できるだけそれは避けたいね」

「そうだな。最悪の場合とは言ったけど、詩央里が傷つくのは絶対にダメだ」


「うーん……。詩央里さんに暴行しそうなタイミングでインターホンを押すとか?」

 それは、幸太の家に来るまでの道中で色々と考えてるときに俺も思いついた。

「もし、インターホンを鳴らしても応じるとは限らない。ましてや興奮状態で聞こえない可能性もある」

「たしかになぁ……そうなってくると、俺らの行動で防ぐことは相当難しいね」

 幸太の言う通りだ……。未来が分かってるとしても、俺らには何もできないのか?考えるんだ、考えないと……。もう明日の夜なんだ。失敗は絶対に許されない。


 しばらく、お互い無言の時間が続いた。

 幸太は腕を組んでうなっている。


「――分かった。分かったよ!……その手があるじゃないか! なんとかなるかもしれないよ透夜」

 急に幸太が大声を出すものだからビックリしてしまった。

 だけど、なにやら名案を思い付いたらしいから今は聞くことに専念しよう。



「――俺らにできること。それは詩央里さんの行動を変えることさ」



 

 





 

 


 

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