第2話 退職届
「――――辞めるとは……どういう意味です?」
周りの者達がザワザワと騒ぎ、口々に動揺を露にする中、一人だけ冷静な男が静かに問いただした。
清潔感のある優男、それが大多数の第一印象だろう。
その男は俺の所属している組織、【神の軌跡】で【
流石に大所帯の組織で、上位の幹部ってだけはある。でももうちょっと驚いてくれると思っていたのだが。
「そのままの意味だ。俺はこの組織、神の軌跡から抜けさせてもらう」
「……貴方の冗談は散々聞いてきましたが、流石に笑えない冗談ですよ? ご自分の立場をお忘れですか?」
言い方を改め、ハッキリと退職を言い渡した。
流石のクーヴァも目元をピクつかせ、多少険しくなった目からは不快感がヒシヒシと伝わって来る。
そんな目をしてもダメだ。御社のやり方に、私ことサージェス・コールマンは疲れてしまいました……なんてね。
「立場なんて関係ないだろ? 辞めたいから辞める。今は自由の時代だろ? 世界は自由な冒険者で溢れかえってるぜ?」
「貴方に自由などありません。貴方は組織の中枢も中枢、
言葉に僅かな怒気を含ませたクーヴァ。他の
末端の人員が辞めるのとは訳が違う。組織の事を知り尽くした組織の最高戦力、辞めたいから辞めるで済まされる事ではない。
周りの
「……だから?」
「だから……? 言わなきゃ分かりませんか? 辞めるなんて事は許されない、そう言っているんです」
「……誰が許さない?」
「だ、誰がって……組織全体に決まっているでしょう! 私達
クーヴァの怒気は鳴りを潜めていった。この組織で最も強いと噂されている男の雰囲気が、変わったのを感じ取ったからだ。
しかし後には引けない、この場には部下である下位の
「許さない……仮にそうだとして、誰が俺を止められる? 貴公か? 他の
「そ、組織の全戦力をもって貴方を止めます!! ……考え直してください、貴方はこの組織に必要なのです!」
サージェスの変わった雰囲気を前に、クーヴァには僅かだが震えが見えた。
知の幹部である
しかし同列に並ぶ立場だとしても、武の幹部には力で敵う訳もない。様々な知略謀略を巡らせるのは得意でも、ことこの場においてはサージェスを止める手立てなどない。
「俺に自由はないと言ったな? それは俺が己の意思で不自由であったからだ。望めば俺は自由だ、何故かは頭の良い貴公なら分かるだろ?」
「……自由を体現できるほどの…………力がある……」
「その通り! 止めたきゃ止めろよ? 俺は自由に……立ち塞がる障害はぶっ壊す!!」
ちょっと言葉を強められただけで、凶悪な殺気が
元々戦闘に不慣れという事もあり、腰を抜かして座り込んでしまう者や、恐れ戦き後ずさる者もいた。
そんな中で、体を震わせながらも立ちはだかったのはクーヴァ。彼を支えていたのは上位の
「……どうしてもというのなら、貴方が所持している
「全て? おかしな話だな? 任務中に手に入れた輝石は全て提出している、俺が所持しているのは俺の輝石だが?」
「貴方が組織の一員であった頃に入手した物は、全て組織の所有物です! 貴方ですら組織の所有物だったのだ!」
輝石とは奇跡の力を行使する時に使用する宝石の事で、この神の軌跡が最も欲している物だ。
――――遥か昔、人類には摩訶不思議な力が宿っていたと言う。
その力は失われた訳ではないが、宿す者の数は減っていき、現在では純粋な奇跡を持つ者は少なく珍しい。
その奇跡の力を、誰でも簡単に扱えるようにするための道具が輝石。この輝石は戦闘以外でも多く使われ、人々の暮らしを豊かにしていた。
一般家庭の台所には【輝石:火】が使われ、明かりを灯す【輝石:灯】は町中に溢れている。
その輝石は様々な場所に存在しているが、数多くの輝石が存在する場所は神殿や神宮と呼ばれ、多くの冒険者が訪れる活気のある場所となっていた。
「最低でも貴方の所持している【ランク:神】の輝石は、全て置いて行ってもらいます! 組織を抜ける貴方には必要のないものでしょう?」
「俺が長年使ってきた輝石だぞ? 他の奴に扱えると思うのか?」
「問題ありません。ランク:神を所持している
数瞬の沈黙が辺りを支配する。
輝石は人に絶大な力を
懸念があるとすれば、サージェスが大人しく輝石を渡すのかどうかという事。普通に考えれば渡す訳がない。
しかし万が一のため奥の手を用意してある。サージェスの死角には、二人の
もちろん単純に正面からぶつかっては、いくら二人といえどもサージェスに勝てるか怪しい。そのための作戦は考えてある。
大人しく渡すなら良し、渡さないのなら――――
「――――ほらよ、これでいいか?」
「…………え……?」
クーヴァの目の前では予想外の事が起きていた。
絶対に渡す訳がないと踏んでいた、サージェスが所持していた輝石。それをサージェスは簡単に手放して見せた。
綺麗な放物線を描き宙を舞う数種の輝石、その輝きは紛れもなくランク:神。
輝石の中でも貴重なランクの輝石を、投げて渡したサージェスに驚くが、動揺を悟られないようにとクーヴァは輝石に近づき、それらを拾い上げた。
「……これがランク:神……本物なのでしょうね?」
「
誰しもが輝石を扱える訳ではない。
神力と呼ばれている、人が内に宿す力の大きさによっては扱えない輝石もあった。扱えない輝石などただの石ころと変わらないのだ。
「……これで本当に全部ですか? まだ隠し持っているのでは?」
「そんな下らねぇ事はしねぇよ。まだ輝石はあるが、全て【ランク:一般】だ。煙草の火くらいは取り上げないでほしいものだな」
ランク:神の輝石を手放したと言うのに、サージェスの様子に変化は見られない。
この輝石を求める多くの人間、そのほとんどは見る事すら叶わないほどの宝だと言うのに。
それにサージェスの力は、輝石を手放した事で激減しているはず。地に落ちたと言っても過言でもないほどに、弱体しているはずだ。
それなのに動揺をまったく見せない。しかし今なら……簡単に殺せる。
組織を抜ける裏切り者を、外に出す訳にはいかない。留まらせる事が出来ないのであれば……ここでその人生を終えてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます