幸か不幸か掛け違い
---わた雲---
第1話 待ち合わせ
鈴木洋一(すずき よういち)という男はそのほとんどが平均値で構成されていた。十人並な顔に特徴のない髪型で、そこら辺の聞いたことあるような無いような大学に通っている。そんなつまらない人間のなけなしの特徴を挙げるとすれば、褒められたり貶されたりする声と、何故か高校生の時に伸びることを辞めてしまった平均より少しだけ低い背丈だろう。
長所は探究心が強くなんでもチャレンジしてみるところ。短所はやや短気なところだ。自分に自信が無いのも短所かもしれないが、この鈴木洋一という男に生まれて根拠のないとんでもない自信を持てた奴がいたら、それは表彰ものだと思うくらい、洋一の人生で自分に自信を持てるタイミングはなかった。
それでも洋一はそれなりに楽しく生きていたし、もっとイケメンだったら……と思うことはあれど、自分を辞めたいとは思わない程度には自分が好きだった。
そんなところまで一般的で面白味が無いことを危惧すべきかと、考えながらスマホゲームに勤しむ。いけふくろう前は今日も相変わらず年齢層低めの待ち合わせ中の人々で溢れ返っている。上手いこといけふくろうのど真ん中をゲット出来た洋一は、自身の待ち人が来るまでスマホゲームのスタミナを消化して時間を潰していた。
既に自分は待ち合わせ場所に着いていることを、相手にはアプリ内のメッセージ機能で伝えてある。今日会うのはオンラインゲームを通じて仲良くなったネッ友だ。もう半年も毎晩のように通話しながら一緒にゲームをしていたから、今更顔を突き合わせて〈はじめまして〉はなかなか恥ずかしい。年齢も声も喋り方も、さらには最近の悩みは彼女がヤンデレ化したことだってところまで知っているが顔は知らない。
考え事をしていたら音符が一つ二つと指先からすり抜けて行く。コンボが消えてさっきまで楽しげにはしゃいでいた推しキャラが途端に冷めた目で見下してくる。……このゲーム、プレイヤーにストレスを与えることが目的か?
ピコンとゲーム内の音ではない音がして、画面の上にスッと通知が出てくる。待ち人遅れず来る。待ち合わせは十四時で、今はその五分前。時間にルーズなイメージがあったので意外だった。
通知の邪魔が入ったことで、さらに五個ほど音符が逃げて行ったがもうコンボは続いていないので惜しくもない。冷めた目で見てくるキャラクターにむかついたので、ゲームの途中だがゲーム画面をフリックで飛ばして強制終了した。
ざっと辺りを見回すが、これだけ人が居れば親友でも探すのが困難なのに、見たことのない奴なんて見つけられるわけない。洋一は、ネッ友と連絡を取るのに使っているアプリのメッセージボックスを開き、『どれがお前かわからん。少し左手挙げて』と送った。
スッと、髪の毛を撫でつけるついでに見せて左手を少し上げた男を目の端に捉えた。少し離れたところで壁にもたれているその男は見覚えがあった。――うちの学部で有名なイケメン君だ。
頭の中のネッ友のイメージと、目の前のイケメン君。異様なまでにしっくりこない。しかし合図をしたからそうなのだろう。まあイケメン君とは話したこともないから見た目と噂しか知らない。勝手によくいるモテ男だと思っていたが、中身は親しみやすいのかもしれない。
洋一は学部一のイケメン君の前に歩いていった。目の前まで行くと顔がよく見えた。遠くからちらりと見ていた時は、目が悪いのもあってみんなが噂をする意味が良く分かっていなかったが、なるほどこれはすごい。語彙力がないので上手く表現出来ないがとりあえずまつ毛が長い。
「あの……」
あれだけ毎晩喋っていたのに、なんなら昨日も寝落ちするまで喋っていたのに何故か声をかけ辛い。柄にもなく緊張して話しかければ、イケメン君ははっとこちらを見た。待ち合わせ相手がもう居るのが分かっているのにぼーっとしているなよ、と心の中でつっこむ。相手は、いつも思いつくままにぽんぽんと話していたネッ友なのに、通話の時みたいにはいかなかった。
「すみません! 俺、ぼーっとしていて……。お待たせしちゃいましたか?」
「い、いや大丈夫……ですけど」
なんでこいつ敬語なんだ。通話の時はタメ口なのに!
そう思っても直につっこむ勇気はないというか、そんな雰囲気じゃない。つられて自分も敬語で話してしまったことに恥ずかしさを覚えた。
そんな洋一のことをその場に置いて行く勢いでイケメン君は、「なら良かったです。じゃあ行きましょうか」と歩きはじめてしまった。慌てて洋一も後を着いて行く。
行くってどこへ? 昨日の夜に話した時は、お茶しながらゲームの話をするか、アニメイトでグッズを見るかってことになった……気がする。眠くて最後の方はよく覚えていない。
「行くってお茶しに?」
スタスタと迷いもなく歩いて行くイケメン君に後ろから話しかける。
「もちろん」
「行く店決まってんの?」
「はい。そうですけど? あ、行きたい所が出来たならそっちでも」
そこでイケメン君は、ようやく止まって振り向いた。ずっと早歩きをしながら話すのかと思っていた洋一は、そのままの勢いでイケメン君にぶつかった。車じゃなくても急には止まれない。
「ああ、すみません」
すごく形だけの謝罪をするイケメン君。これは洋一が勝手にぶつかったことになるのだろうか。鼻が潰れていないかと摩りながら洋一も、「ごめん」と形だけの謝罪をした。
「他に良い店を知っているならそっちでも良いですよ。俺は、昨日、話した店に行くのかなって思っていたんで向かっていたんですけど」
昨日話した店とやらに覚えがない。それ別の人との話ではないかと思ったが、昨日の記憶に自信がない洋一はまたつっこまずに流した。
「いや、特にないから。その店でいい」
「じゃあこっちです」
いやって言ったあたりでもうイケメン君はくるりと後ろを向いていた。洋一が言い終わるのを一応待ってからそう言って、また歩き始めた。
こんなにせっかちな奴だっただろうか。それに声や喋り方も――機械を通したらとか、敬語だからとかを考慮しても――何か違う気がする。
洋一はネッ友とイケメン君が同一人物だとどうしても思えなかった。だからといって、足早に前を先導するイケメン君をまた止めてまでその話を切り出す気にはなれなかった。それはたぶん、さっき洋一が話しかけたことで足を止めざるを得なかった時の、イケメン君の顔が怖かったからだ。
洋一は違和感を抱えたまま、置いて行かれないようにイケメン君の後ろを必死に歩いた。
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