真田一党とレイブンの会話

「レイブン殿、待ってください。兵糧について少しお話しがしたいんです」


「それは、良いが。……いや、そちらの後方関連は誰が取り纏めておられる? 兵が到着次第その方に段取りを伝えよう。ラスティルが親しい知り合いと聞いているので、彼女から」


「あ、はい。兵站はこちらのセキメイに。そっか、ラスティルと会えるのは嬉しいな。そうだ、レイブン殿も一緒に来てください。他所と鍛錬する許可を願ったと聞いています。

 こちらのロクサーネとアシュレイ。それに俺も是非お相手を」


 その笑顔鏡で練習したの? 素? 美形だから爽やかに見えるだけ? 殴りたい……。


「申し出に感謝する。喜んで伺う。しかし暫くはシウン殿から仕事の引継ぎで忙しい。マリオ閣下が進軍を始め、御意を果たし終われば是非。

 正直に言えば別れてしまうスキト家からお邪魔したく思ってもいるのでな」


 あん? ロクサーネが前に。やたら輝く銀髪だな。ユリアと一緒で厚かましさが髪にまで出てる感じ。うんだこらてめぇ手を前に出しやがっ……握手? 真田から習った、のか? でも唐突に手を出してレイブンが握る訳ねぇだろアホ西洋かぶ……当然の如く握った。なんで?


「レイブンという騎兵隊長は豪勇の猛者だと我が領まで聞こえていたのだが。……ふん。力さえ自分に劣る。そこの義弟アシュレイとは比べるべくも無いな。それにマリオ・ウェリアが気になって仕方ない様子。主君でも無い者にそうまで媚びへつらうとは臆病な。

 自分は無責任な噂に踊らされていたか?」


 仁王立ち。歯を剥いた笑顔での握手。これは……熊同士の縄張り争い的なやつですか?

 と言うか、これは一周まわって……。


「で、あろうよ。だが某は驚いているぞ。名も聞いた事の無い者なのに力は大したものだ。しかし……弓の鍛錬が足らぬな。それに一軍を率いる者としての常識も無い。

 マリオ閣下は総指揮官。属する以上、全てにおいて意に従うのが理よ。ロクサーネとやら。一兵としてならお主以上は居るまいが、兵を持つ望みがあれば覚えておくと良い」


 力は握力として弓の鍛錬なんて分かる訳が。あ、でも馬鹿銀の顔には図星と。


「自分は、サナダ家第一の指揮官だっ。弓の必要はあっても兵の先頭に立って戦い鼓舞して初めて弱兵を強兵と出来る。親から受け継いだ強兵の指揮しかした事の無い者には分からないだろうがな! そちらは弓ばかりで長物の鍛錬が足らぬと見た。握り方から教えてやろう」


 一言毎に顔が近づいて……額で押し相撲って。スキトの姉といい、世の中レイブンの同類だらけなのだろうか。ああ、それが乱世になった要因の一つなのかも……。


「それは実に有難い。しかし指揮官であれば最も重要なのは馬の乗り方。地に足を付けての鍛錬ばかりしすぎではないかなお師匠殿。手綱を握っておられぬようだ。

 くつわの付け方が雑で馬を苦しめてないか後日確かめて差し上げましょうぞ。

 何せ某がお師匠たちに不幸が起こらぬよう、気遣って近づくのを待とうとしてるのも分からぬ粗忽者のようであるからな」


「馬上での戦いしか出来ぬようでは生きていけぬので」「ロクサーネ黙りなさい。レイブン様その、」「え、そんなユリア姉上。この男に様付け」「黙って。本当に」「……はい」


 何だそのうっそくせぇ笑顔。真田にアイドル笑顔を教えられたのか? 顔の前で両手揃えて握りこぶし作るの忘れてんぞ抜けさく。つぁー! レイブンに答えんなと言えたら!


「義妹が失礼しましたレイブン様。どうかお許しください。……その、厚かましいとは存じますが、やはり……総一郎様のアレでマリオ閣下はお怒りでしょうか?」


「某如き一武官に分かる訳も無いが、あそこ迄マリオ閣下に無礼な真似をした以上、心ならずも。と示すためにせめて直接見られてる間は身を縮めては如何。

 正直某としては今会話してるのも義理を欠いてるように感じてならん。貴方方の度胸には感心するが……賢いとは思えぬ」


「はんっ! マリオのような家名を鼻にかける輩は何をしても無礼と言ってくる。一々構っていられるものか」


 え、やらかした真田自体がレイブンの話聞いて青くなってるのに。……この銀髪脳筋周り見ない奴か。覚えとこ。


「……着座なされている諸侯全員の前まで歩を進め、マリオ閣下の前で膝をつく所か頭を垂れずに挨拶をするのが……何をしても。なのか?」


「はぁ!? 本当ですかソウイチロウ……様。―――。

 う、うむ。ソウイチロウ様はマリオのような凡百の貴族とは格の違う英傑。実際の意味ではそれで良いのだ。やがて世の全ての者がそう、知る事になるであろうよ」


 やべぇ。こいつ一割は本気で言ってそう。私のやらかしで精霊王疑惑が産まれるのだから、真田ならそりゃとはなるけど……まぁ、根性あるのは立派か。でも阿呆だな。覚えとこ。


「ほぉ。それは素晴らしい。では某はその素晴らしい事実をマリオ閣下にご報告してくる。閣下もならば致し方なかったとご機嫌をなおされるであろう」


 おやまぁ。レイブンは初対面の人間をからかう人ではないのに。

 さっきの握手でよほど気が合う感じがしたのかね。


「ま、待て! あー……うん。一角の将ともあろう者が告げ口とは恥ずべき話。己の名に傷を付けるぞ。そのような真似は止めておけ」


「一理無いとは言わぬ。されどトークで武門筆頭と言えた某の名は、男爵の武門筆頭の者から下に扱われた事で既に傷ついている。今更気にする事も無いと存ずる。まぁ、無礼があったとの謝罪があれば……名誉も回復しようが」


 おえぇ。ガーレ相手並みに気安いじゃん。嫌な感じ。ってあれ? ケバ銀髪謝らないの? この流れで? 一般的に考えてレイブンは真田より上の立場だろうから、何時でも有難う先輩的にペコペコするのが常識と思うんですが……。


「き、貴様。謝罪しろと言うか」


 嘘でしょ。のりのりの面白い冗談……じゃないじゃん。本気で謝りたく無さそう。どうなってんのこの人。覚えとこ。でも活用できるかなこれ。


「……そのように苛立たせる気は無かったのだが。ロクサーネ殿すまぬ。戯れ過ぎた。此処での話は何処にもせぬよ」


「……ロクサーネ義姉が上の人間に盾突くのは何時もだけどさぁ。流石に恥ずかしいよ俺っち。せっかく冗談で許してくれてるのに、それでも頭一つ下げられないって」


「アシュレイに言われるほど酷くは無い! 大体お前は」「ごめんロクサーネ。お尋ねしたい事があるので下がって。

 レイブン殿、臣下が失礼をしました。代わってお詫びを。その……更に厚かましいとは分かっているのですが、お教え願いたいことが。

 俺は、どう挨拶すれば良かったと思われますか?」


 ぬわっ。本当厚かましいやつぅ! あぁ、やっぱり。レイブンは『ほほぅ』みたいになってる。この単純野郎め! そして物言わぬ従者の立場では止められないときた。くぁー。うじゃうじゃする!


「典礼に全く自信は無いが……。某が挨拶したのはサナダ閣下より三歩は後ろ。それもシウン殿から挨拶せよとの仰せがあったからで、後ろの集団には子爵並みの方も居たから……。

 某、貴卿共に前で座る方々の半歩後ろで止まるのが常識と考える」


 へ……? レイブンが挨拶した位置が、皆に見やすい感じから一歩下がってて丁度かな。と思って、ました。

 これは四捨五入して真田と同じだったのでは。……こわっ。もう少し考えるよう頑張ろ。


「立つ場所から駄目だったんだ。……情けないな。と、レイブン殿後一つお教えください。

 マリオ閣下は、他の方々も『良い事をした』と言ったのが非常識と感じておられたように思います。俺としては領地の為に色々動いて、民の生活を良く出来たと思っているので、そのままを言っただけなのですが。

 諸侯の前で誇る身の程知らず。というだけでは無い気がして。レイブン殿も同じように感じたのなら理由をお話し頂けないでしょうか」


「某に諸侯の感覚を尋ねられても困る。ただ我が主君が『良くやった』とお褒めになった記憶はあっても、己の成した事を『良く出来た』と申された記憶はない。

 新興と言っていいトークでもそうなのだから。としか」


 おう、おぅ。他所の領主なんだからレイブンから見ても敵候補だろうに人が良い事で。ケーッ。私には剣抜くか迷ってた癖に真田は立派な若人感ですか。

 おん? セキメイが前に。十六歳くらいか? わざとらしい丁寧な礼するじゃん。

 意識高い系の匂いがプンプンしてむせそうなくらい。こいつも真田とお似合……あ、こいつを真田は孔明と考えてるんだったな。成程。私の持つ理想ばかり見た馬鹿という印象とも当てはまる。ペッ!


「セキメイ・リヨウで御座います。多くの教え感謝申し上げますレイブン殿。どうか僭越と仰らないで頂きたいのですが、一つだけ。

 サナダ閣下が成された領地繁栄の事柄は実際多くの実を結んでいるのです。みどもも軍師を志す者として、数多の領地を見て回りましたが男爵にして我が主の統治はかのビビアナにも劣らないと断言できます。如何に大軍師グレース・トークと言えども難しい事さえあるとも。

 主が民に良い事をしたと申されましたのも、決して虚言では無いとご承知くださいませ」


 うぅわ。目に絶対の自信が。カッ、ペッ! ペッペッペッ!

 当然だし真田の方が私よりマシな奴の可能性さえあると分かってる。それでも。

 お気楽極楽無知の幸せ少女に見えて仕方無、―――。真田が褒められて恥ずかしそうに。

 ……衛星ビームとか今此処に落ちて来ないかな。私ごとで良いから。

 ってあぁ、酷い子供の妄想だ。しかも完全な独り相撲。こいつら私の心にも天敵だわ。


「存じている。ラスティルが気に掛けていたので、サナダ領を調べたのだ。皆感心していたぞ。聞いた事も無い方策で素晴らしい結果を出していると」


 だ、自慢げな顔が四つ! ケバ銀に至ってはんっだそりゃ! 鼻の下伸びてねぇか?

 その誇りをお前らの死因にしてやる……。ってあれ? 最大の死因が考えてる。


「皆って、カルマ閣下とグレース殿もですか? ……お二人は非常に賢い方だと聞いています。そのお二人さえ聞いた事も無い、と?」


「うむ。色々と新しい道具を作っておられもするだろう? 驚いて当然の素晴らしさだと某も感じたが……何か疑問がおありか?」


 ケイ全土が驚くと決まってるだろうに。何考えてんだこいつ。


「グレース・トーク殿にカルマ閣下と言えば、今全ての者が最も賢いと言う方々です。俺の二人の軍師も負けたと落ち込んでいたくらいですよ。

 トークの王都からの撤退と対処も見事でしたし、或いはお二人なら俺のやった事や道具くらい大した物じゃないのでは。と、思っていたんですけど……驚いてくださったんですか。光栄です」


 何か、言葉に変な感じ――――――。あ、あぁあっ! こいつ! トークに同類が居るのでは。と疑ってやがった!? この血管にクル問答も一番の目的はソレか!? ひょ、ひょ、ふぉおぉ……。きょ、怖、こわぁあ。

 ほんっとおおおに良かった。ケイ人の枠を離れた真似見せなくて。そしてオウランさんの動きをケイ自体に伝えないよう必死こいてて。

 いやはや、真田も考えるだろうと思っていたのに、目の前でこうなると背中に汗が……。

 今の所気づかれる要素は……無かろう。私が真田ならばは常に考えてる。実際レイブンの言葉を疑った気配も無い。当然だ。レイブンには想像も出来ない話なんだから。

 敵を騙すには味方から。深い。実に深いね。私なら自分以外全部騙せと言うけども。


「ああ、レイブン殿、お時間を取り過ぎました。有難うございます。都合が良いと感じられた時には何時でもお越しください。俺も、レイブン殿と鍛錬するのは楽しみなんです」


「承知した。では、また後日」


 ふぅう。去っていく。和気あいあいと。……真田のボケは楽しく乱世を生きてるのだな。

 その資格は、まぁ、あるのだろう。何人殺してるか分からないレイブン相手に鍛錬が楽しみと言えるのは偉大だ。

 ……レイブン、言えないけど事故を起こしても私は許す。組手全力で頑張ってね。

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