カルマに箱を渡す

 三日後、街の人々にまでザンザの要請でカルマが五千の兵を連れてランドに行くと知れ渡った。

 そして夜、アイラに連れられて眼前には城内にあるカルマの私的区域の門がある。

 アイラが面会を願うと、待たされず直ぐ応接室まで通された。


 ……うーん。緊張。

 別にカルマが害を受けそうな話をする訳じゃない。しかし縁起は悪い。

 今は聞いてくれるだけで良いんだが、権力者の思考は分からない。

 もしもの時の頼りはアイラと、懐に入れた笛なのだが……笛を吹く羽目になったら最悪だ。

 と、カルマが来た。

 顔を見ないよう深く頭を下げ、臣下の姿勢を取ってアイラの紹介を待ちましょう。


「アイラが来るのは珍しいのう。しかも夜にとは。それで何用かの?」


「ダンの話を聞いてほしくて連れてきたんだ。ダン、話して」


「はい。トーク閣下、夜分お休みの所押しかけてしまい申し訳ありません。この度ザンザ閣下からの招集に応えてランドに行くと知り、少しの時間話を聞いて頂けないかと思い参りました」


「おお。お前だったか。実はリディア殿に王都での協力を頼んだのだが、取りつく島がなくてな。そなたが説得してくれるといった話であれば嬉しいのだが?」


 姉妹揃って無茶言いますよ。

 不可能だってのは分ってるだろうに。


「お戯れを。私のような者が子爵家の御令嬢に意見など不可能で御座います」


「そうか、それは残念だ。して話とは?」


「僭越なのは重々承知なれど、ランドに行かれた場合、非常に薄いのですがお命の危機となる可能性があるように思えるのです。

 しかしもしもの場合に備えようにも、予想が当たった時トーク閣下に話を聞いて頂けなければ如何ともしがたく。転ばぬ先の杖とも申しますし、出来ましたら準備に協力を頂けないでしょうか」


「そなた、まどろっこしいぞ。協力がどのような物か聞かぬと判断出来ぬわ。さっさと申せ」


 あらまぁ簡素で結構です事。

 しかし全くお怒りでないとは思わなんだ。この時点で『身分を弁えず不吉な事を言う不埒者め』な感じだと思うのだが。以前話した時に評価されていたとか?

 いや、この人は獣人相手だろうが歓待する人だったな。身分や人種による区別意識が元々薄いのかもしれない。

 でないと他民族のアイラを将軍にまで抜擢しないか。


「まず、私を此処に留まらせて欲しいのです。それと、ご自身の領地を守るために誰を残すか教えて頂けませんか?」


「もとからそなたは残る。残すのはアイラとフィオだ。リディア殿も残ってフィオを手助けして貰おうと考えている」


 うん、予想通り。

 獣人のアイラをランドに連れて行くのは不味い。本当に戦いが必要となるまで呼ばないと思ってた。

 出来ればフィオも連れて行きたかっただろうが、まだ客分のリディアだけじゃあねぇ。

 私には思いつかない要素でアイラが連れて行かれたら。と、尋ねたが杞憂だった。


「お答え感謝致します。では、こちらの箱をランドまで持って行き、無くさないようにして頂けないでしょうか。

 万が一私の予想通りになりそうであれば、鍵をお届けします。中には私が推論を重ねたトーク閣下に起こり得る予測が書いてあります。これがある程度当たっていれば私の愚考にも一考の余地あり。として頂けるのではないかと。あ、その際に早馬を一度だけ使いたいのですが。御許可願えませんでしょうか」


「協力と言うからどれ程面倒かと思えば、大したことは無いのだな。しかし……そなた倉庫で働く下級官吏であるのに、非常に有能な軍師と自分を勘違いしているかのようだぞ」


 うっ。

 言われてしまった。顔が真っ赤になってるのが自分でも分かる。

 仰る通りな痛々しい行動だとは自分でも思う。


 ただ……此処までの世の動きがかなり予想通りな上に、リディアももしかしたら、と言っていた。

 せめて準備だけはしておきたい。

 外れたら……平身低頭して誤魔化そう。


 準備が無駄になっても良い。

 カルマが希望してそうなソコソコの出世となれば入ってくる情報が増えて嬉しいだけだし、私にはどうしようもない道を辿って破滅したら仕方ないから次の働き場所を探す。

 その後は、又世の動き次第ってね。

 とにかく真田だ。あいつの動きが耳に入る状態を作れていればそれで良いのだ。


 そして、もしも全て当たれば……デカい。

 ……と思ってもやはり恥ずかしいね。若さゆえの痛い行動と思ってるのだろうか?

 だとしたらカルマも付き合いの良い事で。


「実際お恥ずかしく思っております。貴重な時間を使って頂き申し訳ないとも」


「……分からない奴だ。本当に恥ずかしく思っているのか。別に謝罪は要らん。ワシにも不安はある。お守りを配下から貰ったと思えば気休めにはなろう。それで、どの程度の確率で当たるのだそなたの予想は」


「万に一つで御座います」


「……にしては自信ありと見えたがな。まぁ良い。それで他にはないのか?」


「……言うまでも無い事かもしれませんが、とある方より辺境の人間は王都に住む古い貴族や大領主からは当然、その領民からまでも軽く扱われると聞きました。私の受けた感触でも相当な物と思われます。トーク閣下だけでなく、配下の皆様にも心の準備をするよう言いつけられては如何かと。これですべてで御座います」


「そうか……確かに王都に住む者からは傲慢さを感じたことが幾度もある。分かった心にとめておこう。ではアイラ、これでよいか?」


「うん。良い。カルマ、気を付けてね」


「気を付けるとも。アイラも留守の間我が領地を頼むぞ」


「任せて」


 別れの挨拶も終わったので、カルマの屋敷を辞去。

 ふぅ……あとは世の動き次第。

 予想が完全に外れて、好奇心に負けたカルマがあの鍵を無理やり壊して中身を見られたら、ちょっと調子コイて書いてしまった部分があるので非常に恥ずかしいが、それ以外は大丈夫だろうて。


 純粋にカルマの将来を心配する忠臣風味でやれたはずだ。

 ただ何か知ってるような気配を出してしまったのは間違いない。

 私が手に入る情報はカルマを超える訳は無いのに、彼女にとって想定外の出来事が起こるかもしれないと言ったのだからな。


 私も企みが無い訳じゃない。

 カルマが本当に追い詰められれば……身の程知らずな考えもある。

 ま、落ち着いて行こう。

 焦らない、欲張らない、目立たない。

 この三つが大事なのさ。

 残ってる準備はこの後のやつとラスティルさんに話をしておくくらいか。

 とりあえずアイラへ引っ越しの荷物を取ってきますと言ってくるかね。


---


 アイラと分かれて暫く歩き事前に決めていた場所に行くと、今まで歩いてきた道から獣人が近寄ってきた。

 ジョルグさんだ。


「ダン殿、首尾は如何でしたか?」


「上々です。護衛有難うございました。外に居てくれると思うだけで心を強く保てました」


 先日オウランさんの所からの商人兼連絡要員が必ず居る宿に行った際、アイラとカルマの所へ話をしに行くから外に居てくれるとお願いした。

 もしも彼女達が私に攻撃的であれば笛を吹いて状態を知らせると言って。

 どっちも武力と権力が強すぎて直ぐ助けるという訳には行かないけども、牢屋へ入れられた時はオウランさんが『あの交渉人を出せ』と要求して助けてくれる手はずだった。


 もしもオウランさんが其処まで面倒を見てくれなければ……。

 その時は終わりだな。

 私はオウランさんに全てを賭けている。

 それにジョルグさんは最善を尽くすと言ってくれた。

 これ以上の安全を求めるのは現実を見てない愚か者だけだ。

 二十一世紀だって外を歩けば交通事故に遭い、家に引き籠っていても運動不足で病気になり死ぬのさ。

 第一人間に最善の行動が何かなんて分かるもんかね。


「いえ、何も無くて何より。たった四人ではあの二人から直ぐには助けられぬし緊張しましたぞ。それで今後我らは何を?」


「まずは皆さんの状態を教えて下さい。勢力は増えていますか?」


「順調に。ただ、以前伝えた通りそろそろ大きな戦いをしなければなりませぬ。まず一戦で済ませられる筈ですが、必ず勝つ為にはあの道具を使いたく思っております」


「うーん……。分かりました。では文を書きますからオウランさんに渡して下さい。実は近いうちに誰もが目を奪われる程の大きな事件がランドで起こるかもしれないのです。その最中に戦えれば最高でしょう。戦いがあった事をケイ帝国の誰にも気付かせず終わらせられる。加えてその事件が起これば援軍を送れるかもしれないので」


「分かりました。―――その事件、必ず起こるのですか?」


「いいえ。正直分かりません。起こらなければ出来るだけ此処から離れた場所で秘密裏に戦えるよう工夫をお願いします。皆さんはもうカルマがとても背中を見せられないくらい強い。それを教えない方が良いのはご納得いただけると思うのですが」


「ふむ……とにかく承知致した」


「有難うございます。今日はもうこれで終わりですけど、また必要がありましたらあの宿に行きますので護衛をお願いします。

 それと、今後私はアイラの家に住みます。門の表に植木鉢でも置いて問題が起こってないかの合図にするつもりですので、一日一回確認して頂ければ有り難い。問題が起こった時は多分カルマかグレースに捕らわれています。出来れば助けて下さい。ただ居るかどうかの確認のために敷地に入っては駄目です。アイラに気付かれてしまいかねないので」


「ご安心を」


「助かります」


 本当頼もしい事。少々重要な出来事が起こるかもと書いたが、態々この人が来てくれるとは。有難い事です。

 さて……まずはカルマの上司ザンザ大将軍閣下がどーなるのか、だね。

 新しい人間が高い立場を手に入れようとすれば、波乱が起きるのは世の常。

 王都ランドで大運動会が起こるのは確実と思うが結果は分からん。ザンザ勝て、十官勝て。どちらも血を振り絞って頑張ってください、とね。

 私としてはザンザが死んでくれた方が有り難い。軍人として中々有能そうな奴に帝国を掌握され、野望溢れる皆さんが様子を伺おうかな。となっては困る。

 十官、君たちの役割は重要だ。ケイ帝国あっての自分たちなんて考えず、ザンザを殺す自殺行為、期待してます。

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