カルマ・トークの配下になる

 レスターに帰って来た私はグレースへ報告するため待合室で待っている。

 もう一時間は経ったかな?

 長い。が、不満はない。グレースは政務の殆どを取り仕切っていて、凄まじく忙しいと聞いている。

 フィオという成人したばかりの貴族が文官幹部候補らしい。新入社員に期待しちゃう職場。よっぽどだ。


「次の者、入れ」


 呼ばれてグレースの部屋へ。

 まずは挨拶。


「グレース様、去年草原族への紹介を頂いたダンで御座います。トーク様の御威光を持ちまして、このように無事帰還が叶いました。心よりお礼申し上げます」


「殊勝で結構。オウランに返書を出させ、しかも書かれていた通りあそこからの略奪も無かった事。トーク閣下も満足しておいでよ。なんでも茶葉をランドで売ったそうね。貴方の考えかしら?」


 グレースはかなり不思議そうなご様子。

 そんなに獣人がお茶を売ったら変かね?

 一応元からお茶の葉みたいなのはあったのだが……ただ、水ではなく羊の乳に入れて飲んでたけど。

 ま、想定内の質問だ。


「いいえ、私の考えとは申し上げかねます。オウラン様は食料を買う手段にお悩みだったのですが、飲ませて頂いたお茶が非常に美味しくランドでも売れるに違いないとお話した所、雑談の間に出ていたバルカ家へ持って行くように言われたのです。後はバルカ家が良いように取り計らって下さいました」


 へへーとね。

 ううむ、もうちょっときちんとした礼儀を学ばないとな……多分手の場所とか色々おかしい。

 バルカ家で教えて貰うべきだった。少年じゃなくても老い易く、学は成り難いのだな。


「そう……オウランの所にそんなのがあったなんて羨ましい話。貴方、あたしたちの所でも売れる物が無いか探してみない? 見つければ相応の報酬を用意しましょう」


 あ、知ってる。

 これ無茶振りしまくって、何時か当たったら美味しい。

 ってやつだ。

 あんたが過労死しても、幾らでも代わりは居るもの。と思ってそう。

 そして過労死した私の墓前で、ごめんなさい……こんな時どんな顔をしたら良いか分からないの。

 ってやるんだよね。

 ……うん? 間違ったかな?


「と、とんでもない話です。オウラン様とバルカ家が全てを取り計らった故の成功ですのに、それを基準に期待して頂いても困ります。以前申し上げましたとおり、能力に見合った仕事を頂けないでしょうか。将来的に考えても私が欲しいのは嫁と家族を養っていける程度の物ですので」


 又へへーとする。

 今回の柿の葉茶だって、こっちの文化レベルと地理に最大限気を使って目立たない物を必死になって考えた結果なんだ。

 そうそうあるもんじゃない。


「何? オウランの為には働けて、トーク家の為には働けないって言うの?」


 ええ、ええ。

 その追い込み方も読めています。

 はいそーです。

 こちらに敬意(多分)を抱いてくれてる獣耳に尻尾付き遊牧民美少女と、幾ら美人でも、何処までも絞り上げて来そうな人とは対応が違うっすよ。

 なんて思ってるのは頭を下げたままにしておけば見えまい。

 フハハハハ。やはり頭は下げるものよ。


「そのように仰られましても……今回草原族が幾らかの富を得たのは、全てオウラン様の才覚です。私では同じような結果を出す所か無駄に時と金を費やすのみ。どうかご容赦ください」


「ふん……分かったわ。明日から倉庫に行きなさい。話は通しておく。

 オウラン氏族から今後貴方を交渉担当にして欲しいと言ってきているの。その仕事を加味して少し上の俸給を与えましょう。真面目に働けば家族を養える程度にはその内なるはずよ」


「はい。ご厚恩に感謝いたします。新しき仕事にてトーク様、いえトーク閣下の為に働かせていただきます」


 へへ、へへへへー。とし、そのままグレースの方を向いて下がり扉を出る。

 扉を閉める時、ボソッと「チッ。使えないやつ」と聞こえた。

 うむ。すまんな。

 領主なら売れる物を見つけてほしいと望むのは当然。

 が、お断り申し上げる。

 オウランさんを紹介してくれたのは感謝しているが、それを加えてもトーク家に身を削るほどの価値は無い。お金も必要になる予定は無いし。


 つれつれとそんな事を考えつつ、ラスティルさんからの文が来てないか郵便局的な所で尋ねた所、ライル宛に届いていたので受け取り宿舎に帰る。

 うーん、この宿舎ちょっと臭いな。不便だろうともうちょい清潔な所を今度探すか。

 さて、色良い返事だと良いのだが。


『ライル殿、まずは貴君が昔口で言っただけの親切を守ってくれた事に感謝する。文で読む分には想像を超えて素晴らしい武人たちと感じた。

 今すぐにそちらへ向かい特にアイラ殿と槍を合わせたい所だが、拙者はまだジョイ殿の下で十分な働きをしておらぬのだ。

 故に残念ではあるが暫くここを離れられぬ。

 だが必ずやそちらにおもむきアイラ殿を知りたいと思う。

 それまではそなたが誰かの配下となっていては難しいというので、誰の配下にもならぬ覚悟。

 会える日までライル殿もご壮健であれ。


 追伸 もしも、の話だがアイラ殿が期待外れであれば……ライル殿が拙者の悲しみを癒してくれると信じている。ちなみに、拙者は良酒が大好きである』


 これはこれは……律儀と言うべきか、情に厚いと言うべきか。

 かなり興味を引かれてるみたいなのに。

 既に誰かの配下かもと心配したが、大丈夫だったか。

 そうなっていては実際紹介し難いし、私としても敵と確定した人に便宜をはかる訳には行かなかったが……良かった。


 最後の追伸は……アイラという人物が嘘や誇張だとしても、酒で許してやるという意味かな?

 良い人だねぇ……。

 にしてもこう書いてあるのならば、アイラについては噂話程度も聞けなかったのか? あれだけ人間を超えてるのに無名?

 ジョイ・サポナの領地とは相当に距離があると言っても……。

 領内で襲ってくる獣人だけを相手にしていたらこんなもんなのか?


 ……もしも、ラスティルさんがあのアイラでも満足できないほど強かったら。

 足でも舐めるか。

 流石にないだろうけども。ラスティルさんがビッグマウスだという方がまだ在り得る。

 地元で無敵でも外に出てみれば、ってのはよくある話だし。


---


 三か月と少々が経った。

 倉庫の仕事は順調快適である。


 確かこれ、韓信かんしんもやってなかったっけ?

 横山様がそう書いてたような。

 韓信は自分の能力を認めてほしくて書状を出したり色々するんだよな。

 英雄になるだけの能力を持ってたから、地味な仕事で不満だったのだろう。

 

 平和で良い仕事なのに。

 グレースが忙しいなら下もブラックなのではと心配していたが、とってもホワイト。足りないのは書類仕事をする知識と権威的な物を持った人材だけのようだ。

 グレースに申し訳なく感じるくらいゆったり働いている。


 日本に居たころの夢だった九時五時の公務員になれて私は大満足。

 就職活動をする頃には九時五時なんて言葉は存在しなかった。

 不可能と思っていた夢を果たしたと言える。

 英雄になる人はやっぱり出世欲が違うんだろうなぁ。

 適当な所で満足してればいいのに。


 などと幸せにひたるだけでなく、酒屋や外食をする機会を使って調べ物もしている。 

 具体的にはトーク領の有力者についてである。

 自分の上司については良く知っておきたい。

 更に可能なら、何かあった時の為にも力を持ってる人と親しくなりたいとの考えもある。

 てめー何処のもんよ、ワイのバックには〇〇さんが控えてるんやからな! とやるのだ。


 ここにはバルカ家という大樹が無いからね。良い長い物があれば巻かれに行くつもり。

 そういやリディアが紹介状に書いてくれた一筆、結局内容を確認できてないな。

 なんと書いてあろうが元からバルカ家に迷惑かけるような恐ろしい真似をする気はないけども……気になっちゃうな。


 さて、最も集めたかったのはアイラの情報となる。ラスティルさんに紹介なんて言っちゃった手前、情報集めくらいはしておかないと。

 加えて男なら誰でも憧れる最強だしここで働いてる唯一の獣人。

 ある意味この世界にたった一人の種族な日本人である私としては、シンパシーを感じないでもない。

 以前見た鍛錬の様子から考えるに結構良い子なのかなーと思ったのもあるのだが。

 で、集まった目ぼしい情報は。


 ・将軍にしては小さめの屋敷で一人暮らし。隣近所の老夫婦が面倒を見ている。

 ・常に金を欲しがっている。但し用途は不明。

 ・食事が好きで非常によく食べる。

 ・趣味は不明。

 ・街中でボケっとしてる時がある。

 ・カルマ配下上層部唯一の獣人な上に、毛の色が獣人としても在り得ない白な為、孤立している。

 ・軍師見習いであるフィオ・ウダイ以外に親しい人間は居ない。


 という感じだ。

 並べてみて私は希望を持った。親しくなれそうだと。


 何故か。

 それは、この私が日本人であるから。つまり和食を作れるからだ。

 和食は人類史上最も美味しいのだ。同意しない奴は舌が壊れている。

 化学調味料を十年断ち、多種多様な物を食べて味覚を治療した方が良い。


 別に中華やフレンチにイタリーがマズイって訳じゃない。

 美味しい。

 が、和食がナンバーワンだ。

 私に作れる家庭料理でもこの国の一流料理人と殴り合える。それだけの力がある。

 

 そして偉い人の中で彼女は元から特別良い条件でもある。

 すなわち獣耳。獣人であれば。尻尾さえあれば。オウランさんがやがて潰しを利かせてくれるかもしれないのだ。


 加えて彼女に親しい人が居ないのも有難い。

 以前から権力者に近づきたい時に食の力を解放する考えはあった。親しくなりたい相手が居れば胃袋から攻めるもんだ。

 ただ美味しく珍しい食事を作れる奴が居るとなれば、無限に期待した権力者の方々に目を付けられそうなのが恐ろしかった。

 人は美味い物を食べたいし、噂の食べ物への好奇心が強い。過去メロンパン屋に出来た長蛇の列が証明してくれている。 

 だからバルカ家では料理をしなかったのだが、今はオウランさんが逃げ場所となってくれるので、万が一の場合も安心。封印されし食の力解放と行こう。そう、五枚揃ったのだよ。勝利確定だ。


 フィオという貴族に少し引っかかるが、それだけでアイラと親しくなるのを諦める気は無い。


 さて、まずは何を食べさせるかを考える所から始めないと。

 材料は何にしましょ。

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