リディアの仕官についての話し合い2
うう、この二人の前で知ったような事を言うのかと思うと緊張する。
だが自信を示さないと一顧だにしてくれまい。
頑張れ私。内容についてはそれなりに自信があるのだ。
落ち着いていけ。……いくんだよ。ほら、頑張れ。
「まずは確認させて頂きます。先日イルヘルミ様は今後領主達の間で戦いが起こるとお考えのようでした。先ほどのお話しからしてお二人も同意見で宜しいでしょうか」
「……はい。それが何か」
「実はそろそろリディア様に教える事が無くなりますので、此処を出なければなりません。それでカルマ様への紹介をお願いしました。しかし、争い合う世となればカルマ様がバルカ家の敵となる事態も考えられます。
そうなっても、私の意見が役に立ったなら逃げ込んだ時は面倒を見て頂けないでしょうか」
計画の為に死んでも仕方がないとは思っている。
しかし獣人達が私を一顧だにしてくれなかったらどうしようもないのだ。
流石に犬死をする位ならばここの下働きとして生きて行きたい。
生きていれば、或いはチャンスが巡ってくるかもしれないしな。
「最初からバルカ家で働けば宜しいのでは。高い俸禄を望むのであれば、それなりの苦労をして頂かなければなりませんが」
え、此処で雇うと言ってくれるの? うわー。ありがてー。
されどめちゃ残念ながら私には大志がある。
―――うーん。自分で大志と言うのは痛々しいな。所詮個人的欲望だし……。
「実は少しやりたい事がありまして。その為にはランドを出ないといけないのです。同時にお恥ずかしながら上手く行く自信もありませんので、保険を頂きたいと思いこのようなお願いをしています」
「宜しいでしょう。バルカ家にとって大した要望では無い。ただ、敵となった後なら優遇とは行きませぬし、聞かせて頂ける意見の価値によって待遇が変わるのはご承知を」
かなり厚かましいお願いをしたのに表情、脈拍共に変化なし。
もしかしたら無表情の奥には動揺が……なんて思ってたけど、パンピーの妄想だったようで。
よし。
探るのは無理。今は話すのに集中しましょ。
「はい、当然の話です。
では私見を述べさせていただきます。イルヘルミ様は本当に手段を選ばない方だと感じました。その彼女の力が増えるとすれば、戦乱の世になった時ですよね?
であれば、有能な人間は身内以外だと危険な敵です。どんな無茶をしてでも、誰かの元へ行ってしまう前にリディア様のお命を狙うのでは。それ程に評価したように見えたのです。
付け加えるとリディア様が配下となったとしても、やがて危険視されかねないようにも感じました」
中国史の曹操も仲達が配下になるのを拒否した時、暗殺者を送ったとか送ってないとか……。
実の所これは当て嵌まるか良く分からない未来知識を使うまでもない話である。
危険な敵は除けるときに除くのは当然だろう。
平家だって、訳分からん情けを出して源頼朝を助けなければもうちょい続いたはず。
イルヘルミ自体を見ても、そーいう細かい処理を怠らない勤勉さを持ってそうだった。
有能な配下を警戒する主君の話もいっぱいある。古くはダビデとサウル王の話とか。
知らない? やっぱりマイナー? ダビデなんて男の象徴丸出し全裸像でしか普通知らないかな?
色々と目立ち過ぎたダビデが王の為に琴をひいてると、槍をブン投げられたんだよね。尚、私は投げられて当然と思ってます。
にしてもこっちに来て色々な人を見て来たが、耳が尖がろうが人間は人間のままだな。
考え方。欲望。地球の人々と差が無い。
だれが最終的に勝つかは分からないが、大きな視点で見れば大差無い結果になりそうだ。
だったら私が……。
ん? 今、リディアの脈が乱れた?
リディアの表情は今も不変の鉄面。気のせいか。
っと、何時までも手首を握ってたら変だ。
手を離そう。
「その意見、臆病に過ぎないかね? イルヘルミが我がバルカ家以上の領地を持つ。しかもリディアが主君を見つける前に。庶人のダン殿には分からぬだろうが、それは途轍もない難事なのだぞ」
「仰る通りだと私も思います。しかしあの方はひたすら上を目指す方と思えました。そして世情は不安定。信じられないような出世をする将来もあるかと。
勿論心配のし過ぎでしょう。リディア様が危険になるかもしれない事態を思いついてしまい焦ったのかもしれません……。僭越な発言、どうかお許しください」
「ダン殿の意見は理解した。後は二人で話したい」
「お耳汚し申し訳ありません。失礼致します」
あまり良く無い反応だったなぁ。やはり突飛過ぎたか。リディアは何か知らんが黙ってこっちを見てるだけだったし。
余計なお世話をしてしまったかな?
まぁ、紹介は貰えそうなんだしそれで十分さ。
今後どうするかを今一度考えておくとしよう。
いや、その前にお茶でも飲んでゆっくりしたい。
結構長く居たのに座らせて貰えず疲れたっす。
***
「リディア、黙っているがどうした」
「先生の愚考とやらを考えていました」
「それ程の話か? 確かに考えてはいなかった。しかし、将来の小さな可能性に怯え過ぎとしか言えん。心配は有り難いが、そんな薄い可能性まで考えていては身動きがとれまい。大体ダン殿は結局の所民草、人を見る目があると思うか?」
「勿論仰る通りではあります。しかし父上、先生の言葉奇妙に感じませんでしたか? あの臆病な人が私達を不快にさせかねない話をするなど。それに、表面上の言葉以上に自信を持っているように見受けられた。何より……」
語り終えた後、先生は何かを考えているようだった。
私を見ながら何かを。
あの時、先生は私を……路傍にある小石のように見ていなかったか?
そして、私が感じたあの感情は。
「は、ハハッ」
「リディア? 珍しいな。何が楽しいのだ」
「初めて感じたかもしれない感情を味わっておりました。私はどうもイルヘルミを前にしても感じなかった恐怖を、あの先生に感じたようです」
「何? ダン殿がイルヘルミを超えた人物だとでも言うのか?」
「いいえ、在りえません。武は語るまでもなく、素晴らしい知識はあれど基本的な知恵はそこらの官僚程度でしょう。何かを隠しているのも感じていますが……。しかし、一瞬先生はこの世の誰よりも恐ろしい人物であったように思えてならないのです」
これでは愚にも付かない勘ではないか。どうしてそのように感じたのか、自分でも説明出来ないのでは。
ただ、あの時先生は……そう、害意を持っていたのだ。
私にか?
いや、違う。イルヘルミに対してでもあるまい。
わからぬ。
……面白い。
「儂には分からん。今はそれよりイルヘルミに対してどうするかを考えよ」
「断って頂きたいのは変わりませぬ。ただ、先生の仰った通りイルヘルミ殿が私を害そうとするのも視野に入れたいと思います」
「……一つ忘れるな。イルヘルミが問題となるのはずっと先だ。今はやっと男爵として安定して来た程度なのだからな。それは良いとして、お前も自分の将来をそろそろ考えよ。何か協力が必要であれば言え。手助けはしよう」
「はい。感謝申し上げます父上」
やはり人の世は面白い。
どのような将軍、学者にも感じなかった感情を、あのように臆病な人から感じるとは。
あるいは先生が隠している物がそれ程の物なのか?
愚考とやらも私と父上が考えに含めていない内容だった。
もし当たれば実に愉快な事だ。
うむ、自分で自分に危険が及ぶのを期待するようでは、又人々から異常だと言われてしまうな。
それも一興か。
詰まらぬよりは良い。
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