第四部 第ニの殺人 オペレーション・ウルド

ぼくたちの頭の中ってどのくらい?

ぼくたちの頭はこの空よりも広い

ほら、二つを並べてごらん、ぼくたちの頭は空をやすやすと容れてしまう。


そしてあなたまでをも


ぼくたちの頭は海よりも深い

ほら、二つの青と青を重ねてごらん

ぼくたちの頭は海を吸い取ってしまう

スポンジが、バケツの水をすくうように


ぼくたちの頭はちょうど神様と同じ重さ

ほら、二つを正確に測ってごらん

ちがうとすれば、それは

言葉と音のちがいほど


―エミリー・ディキンソン『ディキンソン 詩と評釈』(ブラスカ大学英文科教授のモーデカイ•マーカス著)



1 (続)霊障三日目      (4:00)


 あれから1時間が経過した。美希には寝てくれと伝えたがボクは寝る理由にいかない。ウトウトはするものの守らなければならないのだ。今の僕は守護神ヘイルダムなのだから。


 護符ごふだ。受け取れ。そして私は護法童子ごほうどうじだ。君をいついかなる時も見守ってるよ忘れるな……有象は瞬間接着剤をふんだんに塗ったガムテープをプレゼントしてくれた。両方とも備品室から頂戴してきたらしい。

コレを部屋の内側から外側のドアノブに貼り付けておくだけ。

たったそれだけではあるが、部屋が開いたかどうかの見極めになる。

出る為に開けた場合、他の二部屋とちぎれ方が同じになるのでわかり良いとの論理だ。


 指紋は付着するのは当たり前だが、一度テープが剥がれてしまったとしても、残りのテープ跡をがすのに手間を要する。なので時間稼ぎにもなる算段。食べ物は各自、荷物に収めたし、

風呂洗面一体型ユニットバスなので当分問題はない。雨宮さんの食べ物は有象が分けてあげるので解決となる。各居室の鍵とマスターキーは時計台下部へと保管した。

内側のサムターンをしっかり廻して施錠も完璧だ。


「ひっ……人魂ひとだまだあ〜」と叫び声が上がった。声の主は部長さんかなとアタリをつける。

だが、どんな事があっても8時になるまでは部屋を出るなと皆で取り定めている。まだ視ぬ幽霊の先に人魂とは……でも、怖い……でも視たい。よからぬ癖が頭をもたげてきた。どうしよう。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

でも

視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい視たい。


 ソッ……と窓へ近づく。その時、確かにボクは視た。

魂がいては消え、またいてと。

声を上げそうになるが、傍で寝てる美希に気づき思わず両手で口を覆った。


2 (続)霊障三日目     (8:00)


 ガムテープは膨張するドアの厚みに辛うじて持ちこたえた。

約束の遊戯室に皆集る。


「コレで我々はお互いの不在証明を確認できた理由だ」

テープの切れ方が三部屋とも同じである事からも証明できる。ボクの不在証明は美希が傍証(ぼうしょう)できないけれど、それは黙っておこう。

「すいませんッ!!」いきなり有象が謝りだした。

これは何事だろうかと思ったら傍にいた雨宮さんが「……有象さん。そ……れ以……上は」と云い淀む。


(察しはつきました。おい有象)


「寝てしまったんだね。ハハハ」と優しく笑う五反田さん。


(有象〜何らかの刑罰に処したい)


いや、よく考えればテープが保証してくれているのか。


「寝てたとは……私達が心霊現象を目のあたりにしてる最中にか」と部長が云う。

「心霊現象?」有象の態度が切り替わる。

それはなんなんですと詰め寄られる部長に

「そんなに顔を近づけなくたって話せるよ」

有象を元ある位置にまで引っ込ませる。

4:00頃でしたか。人魂を視たのは。

五反田さんの言葉に他四名も意見が一致する(美希には口裏を合わせておこう)

叫び声の一件は皆、部長を立てて黙っている。

優しい世界。しかしながら、


幽霊に人魂。膨張しつづける館にウィジャ盤とダウジングマシンの反応。オカルト満載の合宿となった。この内容にはメンバー全員が諸手を挙げたい衝動にかられているだろう。

唯一殺人を除いて。

「コレで一応、容疑者はいない理由だ。いやあ良かった良かったバンバンザイ」部長が努めて明るく話す。

「……でも、そうなると」昏く沈んだ声を出す雨宮さん。


(ああ……そうなんだよな)


やはり八ヵ谷さんが犯人だったのだ。


テレビを点けると、男性の死体が発見されたとの報道が流れていた。身元照会は簡単だったという。

遺体のズボン―財布の中。


免許証にはこう記載されていた。


 八ヵ谷○○


まだ寝ている美希を除き、その他の部員と有象に報を伝えた。もう一人死人が出たのは確実なのに部長や五反田さんは安心した顔を誤魔化せなかった。有象は自分の推理と相反していたのだろう。納得していないようだった。でもそれは仕方ない。探偵がいつだって真相を暴ける立場ではないのだ。



 睡りの中を彷徨さまよった。

お互いの信頼も回復したし逃げた犯人も死んで一件落着だ。もう……睡い。睡りはデステルドーと近いという。舟を漕ぐなんて言葉があるのも希臘神話に出てくるカロンという神様が由来なんだよといつしか有象が宣っていた。胡散臭いけれど。ああ……もう睡い。おやす……。


 まだボクは知る由もなかった。


 それは次の日の朝、有象の口から直接知ることとなる。有象が見ていた報道番組。事件の続報―には遺体のズボンのポケットにが入っていたらしい。表には□マーク。裏面には数字が書き込まれていたという―。









        『2』と。

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