第三部 第一の殺人 オペレーション・スクルド
「信彦……俺はお前とは闘いたくない!! 闘いたくないんだぁー!!!!」
―石ノ森章太郎・東映プロ『仮面ライダーBLACK』(特撮ドラマ)
1 霊障三日目 (2:10)
「きゃぁぁぁぁ」美希の声が館全体を震わした。
ドタドタドタと足音が聴こえる。有象もとび出す。
少し遅れる形でボクも。急いで靴を履こうとするも、立たなければ地面に足が着きづらい。
階段を一段降りるのも、なんだか少し疲れる。
息を切らし一階に降りると其処には……もう二度と厭味を云うことがない登美沢の死体が一階ホールの東にある楔近くに転がっていた。ゼナー・カードの☆マークを握りしめて。
五反田さんが死体を
「死んでいる……」誰から視ても
死因は、なんなんですかと問うより早く有象が示してくれた。
在ってはいけないモノがさも当然の如く《ごと》鎮座していた。
―井戸だ。井戸が館内に在る。
そしてその井戸を起点として鎖が登美沢の首ごと
巻き付いていた。あれだけ揺蕩ったていた鎖がピンと緊張したかのように直線軌道を描いている。
前回の肝試し以上の勇敢さだろう。その姿勢に感化されてボク達も加わろうと前に出る。
「雨宮さん。無理だ」と厳しい声で場を制したのは五反田さんだった。有象も
「現場を荒らすのはよしたほうがいい」と控えめに云う。
五反田さんは次いで
「
―つまりは死後硬直。それが確かならば―そして、それは―
三階の水晶振子時計台を仰ぎみる。時刻は2:10分を指していた。
「ほんの高さと重みさえあればタンスやドアノブを使っても自殺はできるからな」
「君は……何者なんだい? 館の膨張の計算だとか、いろいろ怪しく嗅ぎまわっていたけれど」と五反田さんが不審に思ったらしく有象に問いかけた。
「私? 私はワトソ……否、東雲くんの幼馴染。そして―探偵さ」
2 霊障三日目 探偵登場 (2:15)
「……」
「東雲くんの友達が」
「えっ、この事件を解決してくれるの?」
涙目ながらに訴える美希。
「探偵でしたか」
と皆口々にはやしたてる。
そういえばこの情況で混乱していたが、
「八ヵ谷さんが不在(いな)い!」思わず叫んでしまった。
彼の部屋まで駆け上がるが、部屋を開けると伽藍堂だった。荷物も見当たらず、室内に人が潜んでいる形跡はない。
「視えるという霊の呪い!?」
肩を揺り動かし
「落ち着くんだ!! 美希」と鼓舞を振るう。今は小刻みに震えている自分の指を美希に悟られてはいけない。
「わっかんないよ……もう」と美希は云い残し気を失う。
ボクが介抱します。そう云って美希を担いで歩く。部屋への道中ふと違和感を覚えた。なんだろうか。
なんだかくすぐったい。
「ん……」と甘い吐息が耳を
胸が……胸が……ボクの背中に中っている。途中で醒きた時の云い訳を考えながら美希を無事部屋まで送り届けた。気づくと皆も追いかけてきた。ドアの向こうに美希を残したままボク達は話し合うこととなった。
「有象くん。君の気持ちは判るが私達は今混乱している。大切な部員が一人疾走して、一人死んだんだ。探偵なんて世迷言は一旦精神が落ち着いてからでも付き合うから」と非難の声を上げる部長に
「なぜ殺人が起こったのかは謎です。なぜ登美沢さんが
、今! 必要なんです。気絶者が増えてからではおそい。
「私も賛成です」五反田さんが有象につく。
「いがみあっても仕方ない。起こった事は起こった事ですし解決が急務かと思われます」仕事に
「……やはり疾走した八ヵ谷さんに容疑が傾くんでしょうか?」と心配気な雨宮さん。
「否―可能性として八ヵ谷さんは含まれますがこれは外部犯の線も十分にあり得ます。其処で内部犯か、外部か明瞭りさせる為にもそれぞれの行動を一から洗う必要があるんです。昨日、正面玄関の鍵は施錠しましたか?」
との有象の投げかけに
「ああ、私がした」即座に部長が切り返した。時刻は22:00を廻った頃だといいう。何故その時間帯だったかというと、雪が降り出したからだった。この説明には皆が共通の認識があり一時は吹雪いていた為、と証言。そして今も正面玄関の鍵はかかったままだ。だが、鍵は内側からなら誰にでもかけられるので特に重視すべきではないのかもしれない。
「とゆうことは……登美沢さんが遺体となったのが0:00頃。五反田さんの見立てを信用した場合、遺体発見時には死後2時間ほど経過してましたからね。観察できうる限り遺体損壊も見受けられなかった事から即死。財布等の貴重品は部屋にしまわれていた事から
「否―喪くなってるモノはあるよ」
何が喪くなっているというのだ。
「いや貴重品は現にあるじゃないか」
ボクの返しに
「君は早計すぎるよ、だから騙される。利用もされる。いいかい? 創造神が二体奇麗に消えている事に気づかないか」
「二つの球!!」
そうだ。それが殺人を犯す支点となった
次いで、演技めいた仕草で探偵は呟く。
「そして22:00には正面玄関は施錠されている。
この事から犯行時刻が22:00〜0:00と絞り出す事か可能つまり」と言い淀んでから
「その時間帯に
「でも、唯一不在証明を確認仕合えるのはボクと有象だけじゃないか!!」そうだねと残念そうに頷く。
「もちろん私達がお互い虚構をついてると疑われたらキリはないけれどね」確かにそうだ。そしてそれは夢幻地獄だ。
そして実際不在証明をボク達以外に保つ人間はこの場にはいなかった。残るは蒸発した八ヵ谷と言質を取ることのできない美希だけだ。
それに―
「あのカードの持ち主は副部長のだ」とボクが気づいた事を先に部長が云う。
「登美沢さんが握りしめていたゼナー・カードですね。まだ死後硬直が全身に及んでないからソッと裏を見せてもらいました。裏面には数字の『1』が書き加えていましたよ」
「……じゃあ犯人は八ヵ谷さんなんですか」
「そう
3 (2:20)
最初から話せという有象に対しこの目で死体を見てパニックになっていたボクはどこから話してよいか判らなかった。入館してからの
「五反田さんの話から察するに登美沢さんを快く思っていない人物は少なくとも四名か」
「おいっボクも入れるのか」
「思ってはいるのだろう? まあ冗談だ」
続けて五指に開いた指を目の前で順に折ってみせる。
「①……中学時代に二人から酷い苛めを受けていた部長。
②……カメラでトラブルのあった五反田さん。
君にとって面白い話ではないが……
③……何かと云い寄られてウンザリしていた美希さん。
加えて美希さんに仄かな好意がある五反田さん。彼等は利害も一致する」
「共犯だってのか」
「犯人は一人だと限定するほど危ない事はないさ。あらゆる可能性を考えるべきだ。それに
面白い事に美希さんに好意を抱いてる男性が多いのもポイントとして取り上げれるな。登美沢さんが殺されたのはその象徴ともとれる。事実、五反田さんや雨宮さん部長さんの美希さんに対する態度はどこか
他所他所しい」
「それはパニックになってるからだろう。死体を目のあたりにするなんて非日常だ」
「どうかな。精神不安を抱えるヒロインのピンチに救いの手を差し伸べる人間が居なかったのが何よりの証拠さ。君を除いてね」
4 (2:40)
「なにをするつもりだい?」
「ゼナー・カードは四枚ある。少なくともあと一つ〜三つの事件が起こる公算が大きい」
くっ……膨張しているだけあって扉も重いな、とかなんとか云いながら外に出る。
「それと外に出るのと何が関係あるんだい。雪がやんだとはいえこんな寒い中に」ボクは有象を非難した。
「大アリだ」意に介した様子もなく有象はフフンと鼻を鳴らす。
「こんな特殊情況下に置かれているんだぞ。コレを使わない手は犯人にもないだろう。それがミステリ小説だ」
(いや……これ小説じゃないし)
「まあ次に使われるとするならばだ。ホール《こちら》から見て正面に構える
「灯籠がかい? しかし何故」
「館の膨張率を踏まえると左手にある道祖神が先に取り込まれるだろう。だが
犯人のする事だ。あれは
「なんだよ。急に歯切れが悪い」
「犯人も怖れているハズだ。こんな忌み子と呼ばれる地域で起こる館の超常的現象の真っ只中で殺人を犯しているんだからな。館の意匠も神々を
「灯籠だって仏具だろうに」と反論を試みるが
「神を直接利用するよりはマシだろう」
「……まあ。罰当たりには変わりないとは思うけど幾分マシか」
筋が通ってはいるので、
東雲くん。君は次期神主の座を約束されているから
尚の事、思うんだろうけれどね。
「我……コレを景観推理と呼ぶ!!
まるで洞窟でアッラーのお告げを聴いたマホメットの気分だ」と得意気に命名までしている。
はい? いつから
「犯人との駆け引きが愉しめそうだよ」不敵な笑みを浮かべる有象。
景観推理ねえ。まあこの情況下でないと発揮できない特殊な推理かもしれないけれど。
「
格好つけながら、探偵は雪道に足跡をつけてゆく。丁度七歩刻んだところで
「天上天下唯我独尊!!」と大見得を切る。
どうやら
耶蘇教捨てろよ……。
ボクの心の声には勿論気づかず有象は五反田さんから借りたカメラを取り出す。コイツをセットしておこう。と灯籠の四角い凹みの中に差し入れた。
さあ、帰ろう。折角の一張羅がホラびしょ濡れだ。
とボクを責めてくる。
はいはいと受け流して美希の部屋へ戻ることにした。
「彼女も容疑圏内にいることも忘れるな」
「美希を疑えってのか」鼻白む。
「よく考えたまえ。登美沢さんと八ヵ谷さんは彼女を狙っていた節があるのだろう。それにこの事件の第一発見者は……」
「彼女だ」
「そうだ。後から駆けつけたのは他の人間。
彼女にも今の所、不在証明はないし、殺害する動機だって十分ある……気絶だって演技かもしれない。疑うことを忘れるな」
「判って……るよ」
有象の目は(本当にそうか)と云いたげだった。
5 (2:50)
美希が目を覚ました。手厚い介抱とはいえないものの、ベッドに横たわる彼女の手を握りしめていたのだが、ピクンと指に反応が返ってきた。
「ん……東雲さん?」しばらくして思考の整理がついたのか
「ありがとう。守ってくれて」と美希はうっすらと笑みを浮かべた。
有象がもういいだろうと動き出したので、それを制した。有象は驚いていたが何故かまでには至らないらようだ。
情報を拾うのも整理するのも得意だとして人の感情に
「美希……ゆっくりでいい。昨日の夜22:00〜の事を話してくれる?」
「それが必要なんだね。美希莫迦だからわかんないけど。わかった」
美希は今にも消え入りそうな声で一言一言を唇から押し出した。
3 霊障三日目 (3:00)
結局美希にも不在証明はなかった。
けれども、2:00頃にドアを叩く物音に醒こされたと証言している。眠りのピークだったので、無視しようかとも思ったがあまりにしつこい為にフロアへと出たのだという。
そして死体を見つけた。
彼女の顔が僅かばかり歪んだ。フラッシュバックしたのかもしれない。
「ごめんね。苦しい思いをさせて。ありがとう。もう休むといい」
ボクはここに残ります。
「えっ」部長をはじめ、雨宮さんまでもが驚く。「それがいいかもしれない」五反田さんが真っ先に受容してくれた。残るメンバーも信頼してくれたのか有象さえも反対しなかった。
内部犯の線が強まった今、誰もが犯人たる要素を備えている。疑心暗鬼。お互いピリピリしたムードの中でも、会話が成り立つ不思議さを感じた。
「……じゃあ僕達もペアで寝泊まりにしますか。その方が安全だ」と、部屋割を定め直す。
部屋の組み合わせは①ボク・美希
②有象・雨宮
③五反田・部長
の二人組三層別三部屋となった。互いが互いを監視しあう形となる。だが、果たしていつまで続くのだろうか。答えは定まっている。
体力の続く限りだ。もしこの事件が霊障に拠るのではなく、人間の手で下された殺人の場合―内部犯行であるなら、犯人の体力も疲弊させる事ができる。
少なくとも明日の集合時間まで。
退室する途中で有象は足をとめた。
「君に頼みがある。ちょっと待ってくれ。合図は無しだ。いいか。私が出るからその後ドアを閉めて、室内を歩いたりとにかく音を出してほしい。物音のしそうなモノなら、なんでも。
タンスに室内灯に……そうだな
それから逡巡して、なるほど判ったよ。ありがとうと感謝を述べた。そしてあるモノを手渡された。
「念の為だが私も覚悟はしとくよ」と意味深な発言を残して数歩前で
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