第一部 幽美留館

「およそ語られうることは明晰に語られうる。そして、論じえないことについては、ひとは沈黙せねばならない」


―ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(野矢茂樹・訳)


 1 社会人オカルト研究部


るんだってー」

金髪ブロンドが揺れる。いつも着けている十字架ロザリオが対照的な光を放つ。

開口一番―不穏なその言葉に続いて友達の友達から聞いた話だとうのは美希みきの話題を出す常套句だ。

「つまりは今年の合宿先で巡るスポットはそこが有力候補だな」と部長。

いわく付きって云われてるから簡単には入れる場所じゃないんだけど」

「なんだ。トンネルとか墓場とかじゃないのか」

たのは、外なんだけどね。視えるのは館からの窓なんだって。それで館も最近は施錠されちゃったの。でもその鍵はパパのコネクションでなんとかなりそなの♡」




 此処ここは、喫茶店『ら・めーる』のボックス席。

ネット掲示板で知り合ったオカルト好きの月一の

オフ会場所。社会人と冠するもののその実態は

学生からと幅が広い。事実、美希は高校生だ。

仄かな香りとまだ少し温もりがある珈琲がカップに

残っているのはオカルト談義に熱量を持っていかれた証左に他ならない。


部長のメガネの奥の瞳は他に意見は? と皆に促している。短躯な為、今一迫力には欠けるが。

東雲しののめ―」とふいに自分の名前が呼ばれた。

「は……ハイッお友達も連れて行っていいですか?」緊張のあまり場違いな返事を返してしまう。

呆れた様子で冷ややかな視線をよこすのは副部長の

八ケはちがやだ。背は男性の平均的な高さではあるが逞しい筋肉がリカバーしている。

根っからのバンドマンで、ボクも好きな某ロックバンドのデビュー曲を高校の有志集う前夜祭で披露したのが語りぐさとなっている。

最近ではリリースされた最新シングルの完コピを

深夜のライブハウスで披露していたみたいだ。

本来の音階からの半音下げチューニングに調律したギブソン―レスポールのエレキギターを愛用してると強く語る。前奏イントロのリードが九フレットからで、なかなか難しい。

原曲では4Th《フォース》ギターで奏でてるのを2nd《ツイン》ギターで補ったとかなんとか。

ボクが好きなバンドの好きな曲で自慢してくるのだから余計に腹が立つ。


「おまえさあ、その恐がり体質どうにかならないワケ? 仮にもウチはオカルトサークルよ」


 八ケ谷の云い草は気にいらないものの―

そう……怖いもの見たさとはまさしくボクの事を云うんだろうと過去を反芻はんすうする。幼少の頃から数センチ空いた戸棚の仄暗さに潜む物音や、排水口に詰まる湿った髪の固まり。

それらに怖い怖いと思いながらもつい、目がいってしまう。その度に幼馴染のアイツは

虚構ウソは嫌いだ。君は虚構と夫婦なのかい? そんなんだから騙されやすいんだよ。いいかい? 怖さってのは未知で無知なる者が憑かれるなんだよ」『兄弟の殺人』と題する落書きを拡げ、よく呆られたものだ。

そう、でも未知で無知であるからこそ今ボクは此処に居てる。きっと多かれ少なかれこの場に居る仲間も怖さへの関心が高いのは間違いなく、自分だけと云われるのは正直面白くない。


八ヵ谷に加勢するかの如く登美沢とみさわも次いで軽口を叩いてくる。登美沢は八ヵ谷に比べてやや背が低い。が、背丈の低さを利用してアマチュアボクシング部に籍を置いていたとか。ストロー級とかいう風圧で吹き飛ばされそうな階級だったらしい。多少の悪意ある感想はこの際、許して頂きたい。


意外とヘッドギア越しに殴られても痛いとか包帯バンテージを巻いてでさえ、10オンスグローヴでのミット打ちやサンドバッグは手首のスナップを十分に利かせないと痛い……特にフックがと格闘技より痛覚の話ばかりだ。きっと強くはないのだろう。


「家でスプラッター映画でも観てる方がお似合いなんじゃないか」とより、下と格付けした相手には容赦がない。こんなヤツはいじめっ子の思想だなと思う。


ちなみにネット掲示板を通じて知り合った他メンバーとは異なりこの二人は小学校時代からの同級生。

高校時代には巫山戯ふざけて登美沢が八ヵ谷に放った左ジャブが奇麗に顎の先端を 捉えた事故があってその時は流石に仲がこじれたみたいだ。


その事件があって高校卒業後は双方とも連絡を取り合うことはなかったが社会人になって合コンの数合わせで偶然再会したのが機会きっかけとなりお互いの趣味も重なっていたのもあってオカルト研に参加したらしい。


ちなみにコイツらはボクの天敵でもある。


「え〜美希も東雲さんの気持ち凄く判るよー」

「美希ちゃんはいいんだよ美希ちゃんだから」

「そうそう」といった扱いの差である。


まあ、いいじゃないかと表面上は仲をとりもつように部長が割ってはいる。部長は美希が加わったことにより、何かとソッチヘなる二人を

「風紀を乱している」とよく愚痴っていた。本人たちにもっと強く云えばいいのにと内心思う。


「東雲くんは入部してまだ日が浅いし、耐性つけてもらうのは徐々に慣れていける環境のほうがいい。なんなら新規加入者になるかもしれんしな」肩越しに覗く八ケ谷はどことなく納得がいってない表情で「部長が云うんなら、まいいっすけど」と何かと軽い。


わぁーい。きまりー♪と脳天気な美希の声に

「あー。うーるーさーいー」と巫山戯ふざけた調子で登美沢が耳を塞ぐポーズをする。


「機材準備は例年通り僕が」と五反田ごたんださんが快く引き受けてくれる。五反田さんは普段は温厚な性格だがことカメラのことになると可変フレームがどうだとか、光学ファインダーがこうだとか

ボクにはよく判らないことを熱く語る。カメラ愛に溢れた人だ。


「えーっ。そんなんじゃ撮影技能とか上達しないじゃないですかーっ私もしたいー。どうせ今回も四日間泊まるんでしょー。時間持て余すしー」と美希が頬を膨らませる。

「いや美希は不器用だからな。手際と器量良しの五反田さんに今回も担ってもらおう。その補佐として合宿中での記録は雨宮さんにってもらおうかな」

「……は、はい」と消え入りそうな声で返したのが雨宮あまみやさんだ。痩躯そうくの雨宮さんはこうみえても本番に強いタイプで、登美沢や八ヵ谷にイジられることがないのも数年前の企画の肝試しでみせた根性にる。幼い頃に両親が離婚し、母方に引き取られたという彼は中学卒業後に、社会に出て、成人した後に、今は高校卒業の資格を取るべく、夜間は定時制の学校に足繋く通っているという。


驚く事に夜学を終えても座談会なる大人の部があるらしくて、其処そこにも顔を出している。超多忙な人だ。週末のみ、座談会はないものの、他にも様々な予定が舞い込んでくるらしく、今日は久々の参加となった。そんなタイトな生活を送る人物であるが故、気弱そうに見えて芯は強いのだろう。キモ試しが終わった直後は口調も流暢に変化しオフ会初参加だった美希は

「初めて会った気がしない話しやすさ」だったと云う。もっとも、通常モードに切り替わると脆くもそのイメージは崩れ去ったみたいだが。


部長の隣で八ケ谷もウンウンと追従笑いを浮かべる。かくしてその後の話は着々と進んだ。


「ぶ、仏滅の日は一応避けておこうね」と部長が言い添えた。



 ボクたちの住んでるT県と県境に位置するN県H村は車で1時間半の山間部。バブル経済が産み落とした忌み子であるという。三方が山に囲まれた僻地へきちだからかその総面積はとてつもなく広く、とある好事家がその地域一帯を地主から買い上げた。村の住民達は強制での立退きを余儀なくされたが納得するだけの額をもらったという。人っ子一人居なくなった後は観光庁と村議会議員を巻き込んでのレジャー施設推進計画が立てられていた。当時の人目を引く流行にも乗っかってナノテクロジー粋を結集したという=自己学習・自己成長する人工知能A・I技術を施した館建設を話題の筆頭にして。


が、しかし90年代中期―


経済の傾きによる地価暴落の憂き目を見る。今となっては残骸オブジェクトがポツポツとあるだけ。抵当に出したはいいものの、売り手はつかず莫大な借金にまみれ好事家は六年前に逝去した。額に負けず劣らずの村一つを残して―


 寂れた土地ではあるものの館だけが当時の威容を保っているのだという。


そんな背景を持つ『幽美留館ゆみるかん』だが、不思議なことに電力は現在も稼働中。


先程までくっきりしていた山の稜線りょうせんが緩やかなラインを描いてる。かなり奥深く入ってきてるようだ。

「物好きってのはどの時代にもいるんだよ」隣席で頬杖をつきながら部長が語を継ぐ。

「筋者の商談の場や政治家達の会合目的で利用するらしくてな。その手のゴシップには枚挙に暇がない。くだん幽霊噺ゆうれいばなしなんかも」

「だからこそ噂を仕入れてこれたんですよー。

それに美希のパパがお金持ちで良かったでしょー♪」

部長の言葉を遮りながら携帯電話をいじる。

メールとやらを打っているらしい。


雨宮さんは、乗った先から酔いが酷いので膝を曲げ窮屈にトランクで身を横たえている。

「雨宮さん?」と呼びかけるも返事はない。

車酔いだけでなくショックも響いているのだろうか。

「ったく美希ちゃん様々ですわ。今夜ばかりは足向けて寝れそうにないぜ。部屋割のとベッドのレイアウト次第では外で寝るのも考えなきゃな。

懐中電灯は持ってきたし抜かりはねえし。なあ登美沢」

「おおよ」と相づちをうつ。この二人は酒に酔っている。

「ひっどーい!! なんで一日限定なんですか。美希を怒らせると怖いんだから。八カ谷さんも登美沢さんも覚悟してくださいね」

そんなやり取りをよそ目に部長は『ハッブル定数』なる本に目を落としている。

まあそんな事はどうでもいい。


ふと景観が変化した。

コンクリートを敷いた路が砂利道になる。空は鈍色で幾筋か黒い亀裂が走っていた。

世界の亀裂。歪み……ふとそう思った。

鴉が一羽亀裂にとまった。


「東雲くん前ッ! 前ッ! 運転に集中して」部長の声で我に返る。

「いえ、見惚れるのもむりはないですよ。立派な樹じゃないですか。枯れ落ちて枝ばかりですけど。もう少し早い季節に出逢いたかった」

「来年の夏にでもまた来ればいいさ。ホラーに似つかわしい季節だしな。もちろん美希のパパ次第ではあるが」とあざとい目配せに

「ん〜いいんじゃないですかー」と美希。

砂利道から敷石に車を乗り上げる。

着いた。イグニッションキーを抜きボクは後方へと廻る。

トランクを開け荷物と同体の雨宮さんを介抱する。よほど苦しいのかお腹と口にそれぞれ手をあてがっている。

「ボクに肩を回してください」

「雨宮さんってホント合宿始まるまでは情けない姿を晒すのが恒例だよねー」美希の視線が冷たい。「誰のせいだ、誰の」と部長が美希をこづく。

「気分も落ちているんだよ。貴重品が入ってなかったとはいえ、休憩ポイントで自分の荷物と間違えた上に外に置き忘れるなんて」



 その瞬間

「……うっ」と雨宮さんの喉元がせり上がる。地面に吐瀉物としゃぶつが拡がった。すえた臭いがする。ハンカチを渡す。

あの場では、別にいいよと美希を責めることはなかったがヤハリ心には堪えたのか。


着くなり吐くのは毎度なので皆冷静だ。


「東雲さんの友人はまだみたいですね」

「はい。マイペースな奴なんです。長年の付き合いでもう慣れちゃいましたけど」

皆、それぞれの荷物を取って、前方にかすかに見える館へと急ぐ。

たしかに他で駐めている車は見当たらない。

(まあ、有象うぞうだから初めての土地でも難なく来るだろう)そうひとりごちて、自分も車を後にした。


 その用邸は周囲をとりまく景色とは不釣り合いな存在を示しながらボク達を迎えてくれた。


 凸を逆字にした鼻翼形。どことなく海洋を思わせる翡翠エメラルドグリーン琥珀コーパルの色彩が目に優しい。二十年以上前に建てられたとは思えない。東西を貫く鼻翼はドーリス式の柱が何本も並んで階上うえを支えている。

特徴的なのは一階から三階までをグルリと巻く軒蛇腹のきじゃばらだ。鱗状の艶めかしい光沢を放っているのが遠くからでも明瞭はっきりと判る。正面に番目つがいめが施されている。まるで

「ウロボ―」

「……よ」ボクの耳元で声がした。雨宮さんが目を見開く。

「……良くなってきたよ。かなり」まだしんどそうだ。そんなに無理した表情を作らなくてもと思いながら「あと、少しなので部屋までお送りします」と云いそえた。



「ひゅー!! お金持ちの考えることはホントにわかんねえな。周りは寂れた祠に燈籠、井戸ってな具合なのによ。木造の平屋や雑居ビルの廃墟なんかの方がよっぽどるのにな。あれ? 登美沢」

 その登美沢は美希の肩に手を回し五反田さんにツーショットをお願いしている。登美沢の浮かれよう。コイツなら夜に乗じて襲いかねない雰囲気がある。

はいはいと恰幅かっぷくの良さを裏切る手付きでバッグから一眼レフカメラを取り出す五反田さん。構えるポーズは堂に入っているが、少し力んだ印象を受ける。


 


「山奥だからな。道祖神どうそじんがある」館から向かって右手側に話の主役が視える。対して井戸は左手。燈籠とうろうは館―玄関の真正面に位置している。

登美沢の手をふりほどき美希がボクの方へ来る。


「霊は井戸からなんちゃってー」と、両手をだらりと下げる。四年前に公開された映画の真似事だが褐色のギャルの霊とは新しい。

きっとくるー♪きっとくるー♪と唄い一人悦に入っている。それでも五月蝿うるさいと誰一人声が上がらないのは美希が美しいからだ。若さは美を留める。若いだけでなく端正な顔立ちをしているので

世間一般では『喋らなければいい女』に属するのかもしれない。けれど実際、喋っても美人は美人で落ち度にはならない。美希に限っては。


「そろそろ中へ入らないか」

と部長が美希を促し館の正面、せり出した扉を開く。

「東雲も早く入った方がよくないか? チビでひょろっちょい上に色まで白い。脱水と日焼けのダブルパンチで倒れるぞ」

と八ヵ谷。

「ハハハ」登美沢の乾いたわらいもセットでついてくる。


冬場の脱水は危険だが日焼けはないだろう。あきらかに季節を間違ってないか。

いちいち厭味を云わないと気が済まないのだろうか。こいつらは。


 2 霊障れいしょう 一日目(14:30)


 ギィィィ……と軋む音が耳朶じだに触れる。

流石に館内なかの老朽化は隠せないのだろうか。


あたりだな」と満足する部長の笑み。



 一歩踏み込むと円形のホールがボク達を歓迎してくれた。どこかほこり臭い。度々使われているが手入れは頻繁ではないみたいだ。

所々、ナノマシンの集積・顕在化なのか集積回I ・Cのような基盤が見受けられる。


眼前には天鵞絨びろうどの絨毯が敷き詰められている。半円を描く東西階段に沿って上弦の月を型取っている。

他はリノリウムの床がき出しとなっている。壁の素材は……瑪瑙めのうでできていて鈍い光を放っている。

館内は三層構造。

一階から最上階まで吹き抜けの造りとなっていて

東西階段は中央で踊り場を形成している。かたわらには青銅の騎士? だろうか銅像が鎮座していた。更にその先―中央の奥まった所からきざはしが設えてあり三階へと続く。


三階中央には水晶振子時計クォーツ台が置かれてある。下部は木造作りの扉があり、嵌め込まれたガラス板が木枠の中でズレていた為、

はこの中も埃が侵入している。

その底は∞の軌道を描いた埃が積もっていた。


時計の文字盤は一方を除いて三人の女性がそれぞれ象られている。


「みてみてー!! かーっくいー」相変わらずのテンションで美希の拡げた手の先には―


猛禽類もうきんるいの爪が左右どちらの先にも伸びていて襲ってきそうな印象を受けた。


その爪先には鎖がからまっているのもホラーをかきたてる。揺蕩たゆたった鎖の果ては真鍮製しんちゅうせいの楔に繋がっている。

これでは、一階利用者はわざわざホールから居室を通るのに鎖をまたがなくてはいけない。

ホントにお金持ちのすることは判らない。これ以上心配かけまいと思ったのか嘔吐えづきながらも雨宮さんは、もう大丈夫と頼りなげに二階東館へと上がっていった。

「トイレを探しにいったのかな」

「これ以上心配すると返って自分たちにも悪い。雨宮さんに、かまってちゃんになられても困るからな」と部長が厳しく云い諭す。


 各階の居室は左翼に集中して位置してあり

一階からすべての北側に三部屋ずつ設けられていた。計九部屋。残されたメンバーで部屋を選ぶことに。



一方右翼には食堂の他―図書室、遊戯室や、その他備品室なんかもあるみたいだ。今日は移動だけで体力を使い果たしてしまったので各々部屋で休むことに定まった。


一階の西通路では五反田さんがカメラ撮影をしている。

「他にもカメラ持ってきていたんですね」

「ええ。カメラは二台持ってきました」

用意いいですねとの返しにええと急に低い声になった。表情かおが険しい。

「以前に……僕の中で一番大切にしているカメラを合宿に持ってきたことがあって」と含みを持たせた口調に切り替わる。

「そんな大切にしているカメラを持ってきた僕も悪いんですが、登美沢さんに壊されたんですよ」訊くと、未確認生物UMAが出るという湖を皆で訪れた際にカメラを貸してほしいと頼んできた登美沢。被写体は美希。

「確かに美希さんは可愛いですよ。僕もいいなとは思います」風貌に似合わずポツリと意外な言葉を述べる。

「あっ、いえ。これは別にレンズを透して見るのと同じでして。何でしょうね、遠くから愛でるといいますか。若さへの憧憬も幾分か含まれてはいるかもしれませんけど」でもですね、と突然非難めいた口調に戻る。

「でもですよ。そんなに好きで人に借りてまでして湖に落として、あ、ゴメン。でも何台も持ってるでしょってのはね。しっかり謝ってほしかったし。今もその一件は許してません。写真は、その対象物のチカラが在ると思っているんです」要約すると美希さんを撮るだけ撮っておいて美を破壊した罪は重いと云いたいのだろう。


「つい感情的になりすみません」と幾分冷静さを取り戻したのか止めていた手を動かす。左腕につけている数珠がゆれた。

「ついでに話しますと美希さんも登美沢さんをよく思ってはいません。セクハラがエスカレートしてきているらしいんです。彼女から相談を受けました。それに部長も被害を受けています」と語を続ける。


それはどのような? と訊くと

「実は……八ヵ谷さんと登美沢さんから苛めを受けてたんです」

えっ、コレには驚く。


「部長と彼らは実は中学の同級だそうです。その頃の部長は姓が違いますし、見た目も太っていたそうです。二人とは別クラス。ですが、他の苛め仲間とつるんで散々酷い目にあわされたと。別の高校を受験した彼は必死に印象を変える努力をしました。宗教に入信したのもそれがきっかけと訊いてます。まさか趣味の場で彼らと再会しようとは。内心どう、なんでしょうね」

雨宮さん以上に苦労した人生をまた一人知ってしまった。

「そんな過去があっただなんて。でも五反田さん、信頼されてるんですね。云うの辛い事だったと思いますよ。美希も部長も」

「『お前の長所は人当たりの良さにある』と親父に昔から云われてますし。他人の言葉には耳を傾けようとは常日頃心がけています。さあ撮影撮影」


「初日からトばしすぎると後に響きますよ。ボクもずっと朝からハンドル握りしめてましたし、雨宮さん意外に重かったので腕が痛くて。他の部員も一独り《ひと》になりたいって云ってましたし。あの棺桶くるまに長時間いたんじゃ無理ないですけど。自分も休みますね」そう云い添えて階上へ上がろうとした時―


「此処がそうらしいんですよ」


え? と振り返ると五反田さんはさっきと異なる表情かおで窓を睨んでいた。あーでもない、こーでもないと角度を調整しながらも先輩は

「この窓からえたみたいです。件の幽霊」


寒気が走った。けれども館内の窓は限られている。西館に集中した配置となっている九つの居室とその側を南北に貫くこの三層の廊下以外には作られていないからだ。そして廊下側は一階にしか窓はない。

霊えると教えてくれた方角はボク達が来たルートでもある。

では居室からの窓はどの方向にいているかというと、こちらは方角では北にあたる。深々とした山しか見えない。


 脳裏にオフ会で話した内容がフラッシュバックする。美希が入手した幽霊の目撃情報おはなしは極めて最近に始まったことらしい。


 半年ほど前から度々、細身の幽霊が顕現あらわれた。視力の悪い目撃者でもある程度確認はできるらしく余程目立つ存在なのか。

忌み子と呼ばれる土地の歴史と道祖神も怖さを引き立てる要素となっている。元々がオカルトスポットを目的とした利用客もいる為、噂が伝播でんぱんするには時間を要しなかった。噂ではあまりの怖さにそのまま館を飛び出した客もチラホラいたと訊く。


「納得がいってから僕も休むとするよ。バッテリーは十分あるから今日の手絡はコイツに預けるかな」とポンポンと少し苛立った様子で脚部をずらす。




(これはまだまだ休めないだろうなあ)


3 霊障一日目  有象無象登場(21:00)

 

 よく寝た。身体の節々が痛い。

ヘッドボードの時計の針が21:00分を指している。部屋にはTVとラジオが置いてあるが

とても点ける気にならない。

窓から顔を出すと肌が粟立つ。

銀砂を撒いた宙に包まれているから冷たいのか。

廊下に出ると東館の方から声が聴こえてきた。どうやら食堂からのようだ。



扉を開けると、

「……さっきはありがと」少し回復したのか雨宮さんを含めたメンバー全員がいた。

「本当にそうなんだって」

「いいやあり得ない」

「いったいどうしたんですか?」

「……えっと。それが」

「この館少しずつ動いてるよー」


(? ボクはまだ寝惚けているのだろうか)


「だから少しずつ動いているんだってば!! 美希には聴こえるもん。ギシギシする音が」

バンギャ・オカルト好きならではの面白い発想だなあヘドバンからの妄想かな? ウンウンと部長が愉しげに頷いている。その左隣の席で

「現代の百物語に興じますか。一番ウけた部員が美希ちゃんとデートできるってのはどうすか」アルコール臭い八ヵ谷が此方に挑戦的な目を向け身を乗り出す。前半、登美沢にリードを奪られてたからか、ガッつく姿勢は余裕なさげだ。

「なんで美希だけデートなのよー」と怒っている美希に

「よっしゃー!! 八ヵ谷。オレとお前どっちがウケるかの勝負だ」と勝手に盛り上がっている。


「ちょっと」五反田さんが云い置いて席を離れた。五分ほどしてカメラを携え戻ってくる。何やら様子がおかしい。

「お? どうですか心霊撮影の様子は」

「ええ、美希さんから訊いた幽霊の目撃談は

20:30〜21:00頃らしく、曜日もワリに明瞭り絞れているたいで、金曜の今日がその日にあたるんですが、あいにくと撮れてないみたいですね。もう少し張りこませます」意気揚々とはしているが、それと裏腹に五反田さんの指が微かに震え出した。

画面を覗きこむと五反田さんは早送りで映像を再生した。赤い丸印にRECの文字が表示された。

窓枠がフレームアウトギリギリのラインに収まっている。


 徐々に昏くなる画面でカメラは暗視モードへと切り替わる。すると微かに景色に違和感が。

「おい……ちょっと待てよ」さっきまで軽口をとばしていた八ヵ谷や登美沢も徐々にその表情いろを喪う。反対に雨宮さんは薄ら笑いさえ浮かべてるのが恐ろしくさえ感じる。


巻き戻しと再生を交互にくりかえす。その意味がどんどん判ってきた。

画面にはミシミシとノイズが紛れ込んでいるのだ。

早送り再生でも微かに連続して聴こえるぐらいの

小さな音だが、通常再生だと断続的で殆ど聴き取れない。


―先に早送りで見せた五反田さんの真意がそこにある―。


 暗視モードが捉えた風景。昼間に視た山の稜線が

形を僅かながらに変えている。

それは……それは……。



「この建物は膨張しているね。間違いなく」


 有象無象うぞうむぞうの声がした。


「誰だ?」と驚く登美沢の前を抜け、外套姿インバネスコートの小柄な男性が躍り出てきた。


「まったく君ってヤツは……アレほど怖いものを視るなと助言をしてもまったく変わらないじゃないか」

「あなたが東雲くんのお友達ですか」部長が丁寧に対応する。副部長は異物が紛れ込んだような嫌悪の目で有象を見据える。

「わお。おっとこまえじゃなーい」

「……」


すると突然有象はきびすを返してと外へでていってしまった。


「……名前を訊く暇もなかった。東雲さんの友達は随分と賑やかな人ですね」

彼……大丈夫かなと赤の他人からでも心配になるらしくあまりに帰ってくるのが遅いので有象の携帯電話にかけてみた。


〈―お客様の電話は電波の届かない距離にあ―〉


電波表示は圏外になっている。無理もないか。先輩方の電話も同様だった。それならばと館の固定電話から有象にかけてみることに。


 だが……何度リダイヤルしてみても繋がらない。

アナウンスすら流れない。電話は機能していると訊いていたのだが。

そこへ有象が戻ってきた「館の膨張でコードが切れたんだ。外へ廻って確認してきた。このままこの奇妙な事象が続くのか否か。続くとすれば電線だけじゃなく、館すべての機能が停止するだろうな。これがミステリ小説の定石セオリーだと事件が起こると同時に外部との連絡手段が断たれ、おまけに嵐や雪風に見舞われて外にも出れない情況じょうきょうになるんだが我々は実に運が良いよ。外は至って日常を留めているんだからさ。さあ帰ろう」


「有象さんよう。帰るって? いよいよ面白くなってきたとこなのに。ねえ部長、こんな情況に置かれて帰ったんじゃオカルト研究部の名前が泣きますよ。なあそうだろう皆」

八ヵ谷に煽動されたのか、オカルト研のプライドをくすぐられたのか意外にも一番早く同調したのは五反田さんだった。真面目さゆえの反応なのか。

「ええ! 僕のカメラに幽霊を収めるまでは帰るに帰れませんよ」

「こ、このまま不思議な体験に身を任せると、部員も増えるだろうし部念願の機関誌発行。出版社に投稿できるかもしれん」去勢を張る部長。

「ねー私が正解だったでしょー」それは未だわからんといった空気に

「じゃあ残るもん!!美希がゼッタイ、ゼーッタイ正しかったって認めさせてやるんだから」

「美希ちゃんの前でカッコ悪いとこ見せらんねえからな。オレだって残るぜ」

「……僕は今凄い愉しいですし」


 正気か? と目を丸くする有象。


(で、君はどうするんだ)その眼は云っている。

ボクの顔を見て咄嗟に額に手をあてる有象。云わなくても解る。きっとこう思っている。


 ―またに憑かれたか―と。



これはじゃない。意志あらしはボク達の方で創りだしてしまったのだ。

そう後悔するにはボク達はあまりに若すぎた。



 4 霊障一日目  探索 (21:45)


 二人にしてくれ。とメンバーに云い放ち、ボク達は今、図書室にいる。壁一面を背表紙が飾ってい

る。

エクレアイデス『幾何学原論』ディオファントス『算術』ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理プリンピキア』に天球儀ナグルファル『無機物に幽玄なる美を留める』原始物理学では測定できない枠組みに座するヒルベルト・アインシュタイン『一般相対性理論』同じく20世紀の人間の限界とその突破の象徴イコン―ゲーデル『不完全性定理』にハイゼンベルク『不確定性原理』といったタイトルが目につく。


 平成の現代にいてもプトレマイオス『アルマゲスト』がコペルニクスとガリレイの『天文対話』の隣で喧嘩している様はどこか可笑こっけいですらある。部長が読んでいた『ハッブル定数』も書架に認められた。

その背表紙だけは何故か真新しかった。

そして、その隣りにはアルフレッド・ウェゲナーの『大陸と海洋の起源プレートテクトニクス』と、ダーウィン『種の起源』ドーキンス『利己的な遺伝子』グールド『ワンダフル・ライフ』も在る。


 書架の端―隅には一際珍しい名前が同じ枠組みにあった。横文字でなく漢字だったので余計に目立つ。飲料水を思わせる奇妙な名前だがこの本も宇宙論を説いた学術書か何かなのだろう。

『コズミック』とめい打ってあった。他と判型が異なるのもいっそう際立って目についた要か。


有象は、それを見咎みとが

「いや、それは宇宙論や数学・物理のカテゴリーに在るのは可笑しい。これは、そうだな……探偵小説―引いては本格ミステリ小説の芸術勃興ルネサンス 島田荘司『占星術殺人事件』を嚆矢こうしとする終点が望ましい」もしくは、四大奇書の後釜に据えられるべきだなどとブツブツ云っている。どうでもよい問題なのだけれど。

彼は『本格ミステリーの棚』に『コズミック』を差し入れると別に本を数冊抜きとった。


「気になったので、借りておこう。宿泊中に読破したいな」と愉しそうだ。


らきむぼん『オムファロスの密室』『リリスかく語りき』朝歩く『昼歩く』倉野憲比古『墓地裏の家』

『スノウブラインド』



 本棚を眺めるのに飽きたボクは美希を胸中に想い浮かべる。が、上手くいかない。

顔の造作つくりさえ、形を成さないので、イメージトレーニングはぐに終わった。


一方有象はというとボクと対象的に部屋の隅々まで書架を舐めるように視線が泳がせている。本を眺めだしたら止まらないのはこの男の悪癖でもあることを思い出した。

「発病してしまったのなら仕方ない。私も当初の予定通り此処に泊まろう。そうだな……君の部屋にしよう」勝手に今後の予定を取り決める。ボクはこれには驚いたので

「なんで……」と少しばかりの抵抗を試みる。

「不満そうだな」

(ええ、不満ですとも)

「他に部屋が空いてるじゃないか」

すると有象はボクの肩を掴み、

しっかりしたまえ。東雲くん。君とオカルト研究会とのメンバーの繋がりは堅固なものなのかい? 数回顔合わせをした程度の関係だろう。彼らの背景を知ってる理由ではない。何かあってからでは遅いんだ。万が一いや億が一、否、那由多なゆたが一だよ。コレがミステリやホラーのコードに則った物語であるならば君は今、大変危険な情況にある。何故ならば、このコミュニティの中で一番濃く強く病に憑かれているからだ。怖く危ないものへ惹かれるのを堰き止めるのは私の役目だ」

「わ、判ったよ。有象がそこまで強く云うなら従うけれど」

「うむ。では眠るまでの少しの間だが館の中を散策しようじゃないか。君は恐怖に私は謎と婚約しているのだから」



「それにしてもこの館を建てた人は大層な変わり者だね。一階から三階までと九つの利用客の部屋。それに限定された窓。良い意匠だ。できることなら

リヒャルト・ワーグナーの歌劇オペラ

『ニーベルングの指環』を館内放送として昼夜問わず流したいね。勿論、戯曲片手にね」

有象の云ってることがいまいちよく判らない。

胡乱うろんな物云いはよしてくれ。君の悪い癖だ」

「そうか」笑みを滲ませ

「あれをみたまえと」前方を指差してみせた。それは館の案内板だった。

驚いたことにそれぞれ三層ごとに名前がつけられている。


       第一層Midgard

       第二層Asgard

       第三層Yggdrasill


「当然―も用意されているんだろうな」


 と探偵は一人納得している。愉しいのだろう。唇の端がやや持ち上がっている。これはこの探偵が何らかの天啓を得た時の微表情だ。長年の付き合いであるボクにしか判らないだろうけれど。


「つまりあの門番は……うむ。ヤハリ君は気をつけるに越したことはない。しかし……あの時計……腑に落ちないな」ブツブツと独語を繰り返す。

「おい……ボクを誘っておいて一人で愉しむとは何事だ」時間差があった。しばしの黙考の後にボクに気づいたようだ。(ムカつく)


「ああ。すまないね。つまりだ。この館は北欧神話の世界観を内包した造りとなっているんだよ」

「北欧神話って阿斯蘭得アイスランド地方の? ヴァイキング達で紡がれた物語だとか、だから希臘ギリシャ神話以上に戦闘的な神々が描かれているとか語感に秀でてるような名前だとか」後者は完全にボクの主観だけれど。「そう。なかなか詳しいじゃないか。よくRPGなんかのちょっとしたモチーフや設定なんかでも扱われることが多い」感心したようで少し早口にまくしたてる。「さっき書架を調べていた時に宇宙論や心理学、幾何学。民俗学に呪術なんかの本に混じって『エッダ―北欧神話詩集』が保管されていた」


「『エッダ』? 」

「北欧神話の古典では国内で入手できる大変貴重な資料なんだよ。この図書室にも納めされてるけれどもね。ハイデッガーを引用するまでもなく建築物と現存在ダーザインは切り離して考えてはいけないからね」何やらよく判らない話になってきた。

「そんなことはないよ」思わず心を見透かしたように有象は語を継いで

「建築や様式美には存在を誇示しようとする呪いであふれているからね。この建物にも呪が放たれている。北欧神話に於ける天地創造はユミルという超越神ちょうえつしんの登場から始まる。


そのユミルが朽ち果て、各臓器や骨なんかが人間界や冥府、天上界。そして数多の神々を作るんだ」

「ちょっと待て。いきなり出てきた神とやらが死ぬのか―と、ゆうより神は死ぬのか」

「そうだよ。神は死ぬ。でも実際は姿形をえただけなんだ。神の屍骸は九つの世界を創造する。神の後光はそのままに死してなお美しさを留めて。それは永遠の美だよ」

「じゃあもしかして……」

「判ったみたいだね。ワトソン君にも。そう……幽美留ユミル。この館の名前は天地創造神の名前だ」



 忌み子とされた地で当時の美をそのままに留める館。確かに呪がかけられているのかもしれない。

「君のユミルも見つかったらしいじゃないか。最もライバルは多そうだ。けれど永遠の美を留めたベアトリーチェはダンテを至高天エンピレオまでは導いてくれなかったが……

まあ話を戻そう。あの時計台の文字盤の三人の女性は北欧神話の女神達だ。

運命の三女神ノルニルと呼ばれる。

スクルド・ベルダンディー・ウルドの三姉妹。

運命を刻む秒針の単位くぎりに相応しい装飾だね。三姉妹とゆうだけあって若さ〜老いを示している。美の敵はいつも時間なのさ。その宿痾しゅくあからは何人も逃れられない。例え女神であったとしても」


「時計ならんじゃないか」「それは私も違和感がある。女神は四人いたとは訊いたことがない。まあその謎は今は置いておこう。ハイデッガーの師、現象学の創始者フッサールもとりあえず判らないことは(  )に入れよと説いてはいる。一時保留だ」


「女神の話はこの辺りで終わらせて次へ移ろうか。あの騎士を説明するとしよう。あの騎士は北欧神話ではヘイルダムというアース神族の世界と人間界を結ぶ 虹のビフレストの番人だ。ビフレストは通称『あざむきの橋』を冠する。君……あの橋には十分気をつけたまえよ。騙されやすいのだから」


 有象の忠告は確信をついてることが多い。ここはひとまず頷いておく。

「Midgard Asgard Yggdrasillてのは流石に判る。

世界樹と称されるユグドラシル(Yggdrasill)

その下の世界はアースガルズ(Asgard)

アース神族ってのは……」

「そうユミルの子孫だね。だからこそ、天上界で一番の位にいる。そこが面白い所だね。 人間が住まうミッドガルズ(Midgard)は至って平和な世界だ。 これが『古事記』なら、天孫降臨といって神が人間に成る大革命的なお話だし、北欧神話のユミルと同じく超越神ちょうえつしんの骸が天地創造となった中国の盤古ばんこも後に道教と合体し、人間となる歴史を持つ。これは、儒教学へと続く『孟子』や『老子』の流れを織り成す政教一致せいきょういっち装置そうち現神人あらがみひと所謂いわゆるしゅをかけているのさ。少し要点がズレたが、話を戻すとつまりは、東洋思想の神は同じ構造を保つ。これは実に面白い。しかし、宗旨そうし

それは何故か? これは私論だけれど

中国や日本と、海洋で隔てられてる地域に位置する阿斯蘭得には、中国からまたは、阿斯蘭得からは口碑伝承や民俗学の類はけつがれがたかったのだろう。

それに、

北欧は君の云う通り、ヴァイキングの民族ではあるが、流石に中国大陸までは辿りつくには、当時の舟の構造上厳しすぎるしね。

盤古の例はユング心理学で唱えられる共時性シンクロニシティかなと思う。ただ共時性ゆえに、周りの環境が異なると神の信仰の形も異なるのさ。


つまりは、肥沃ひよくな土地に恵まれない北欧一帯には集権や主権の文化が根付きにくいんだ。幾何学や哲学の発祥地の希臘や阨日布土エジプトなんかは、預言者よげんしゃに恵まれたのは、測量技術の発展あってこそだ。測量とは、その大地に根を降ろさずしては測れないのだから。

だからこそ、北欧の神は人間に成り得えなかった。


そう―古文書を紐解いても『エッダ』のお話は人間は神に成り得る描写は存在しない。くだである。

それは、利用客用の居室を除いて一階にしか窓がないことでも顕著だ。

一階―一層はMidgard《人間界》だからね。

二層と三層は神の視点により俯瞰できることから

肉体を通して視る器官なんて邪であるという皮肉なんだ。拠って窓がない。そして何故東館には

窓がないのかとゆうと、東は北欧神話の世界で此方も巨人の地とされているから全く同じ理屈なんだ。


QED―証明終わり。


皮肉といえばその代表神はだ。

驕り高ぶった巨神族の血を受け継ぐロキとゆうキャラクターの火遊びで果ては最終戦争ラグナロクにまで突入してしまう。だね。三大宗教なんかに信仰深い人間には罰当たりで賛同しないようなラストなんだけれど。

ロキには子供がいて、狼神フェンリル 大蛇ヨルムンガンド  冥府ヘルと。それぞれロキを助けるべく敵対する神達を阻む。


特に際立って特徴的なのは狼神。のだが、

ロキにより、外される。暴れる狼神を筆頭に大蛇も冥府も加勢する。


そして世界は―」



世界は? と先を促す。

 

 ―崩落する―。

 

ちょっと待て。


「それでは、美は留められないんじゃないか」

「そうだね。膨張に膨張を重ねた世界も最終的には崩落の美を迎えて物語は収束する」探偵はあっさりとのたまった。


5 霊障一日目 (22:00)


「他に君に云っておく面白い事象がある」

「この他にもまだ何かあるっていうのか」

「ああ、君が惰眠を貪っている最中に実は到着していた。家具や調度品などに身を潜めながら来る人、来る人をやり過ごして観察を愉しんでいたんだよ」

(犯人みたいな行動だな)


其処で館内に存在するハズがないモノ……有象が来た時間帯には確かに其処にはなかった残骸があったのだと云う。どうやら館の膨張に伴い、周囲の物質が取り込まれている。理由は謎だが下生えの草などはその対象ではないらしく。あくまでオブジェなのだと。原型はそのまま留め置かれている。

とゆーことは……朝起きると祠が眼前に在るなんて現象にも遭遇するのだろうか。


「ところでだが……この膨張は続くと仮定して―その頻度と、どのぐらいの面積で拡がるのかはある程度割り出せるかもしれないな。しかしそれは明日また考えよう。君は仮眠をとってるからいいけれど私は疲れたよ。オカルト研の部員に挨拶だけして今夜は寝るとしよう」

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