第2話 「どうぞこちらへ」

 彼女は、青年の独特な雰囲気と、振り返った時に見えた口元の妖しい笑みに息をのむ。だが、すぐに眉を吊り上げ部屋の中に入りながら叫ぶように口を開いた。


「あの!!! 私の──」


 だが、そんな声は青年の背後から聞こえた物が落ちる音により、かき消されてしまった。


「っ、あー!! 私の大事な本が!! あ、こっちには大事なオルゴールも……。良かった。壊れていないようですね」


 物音が響いた瞬間、彼女を出迎えた男性が慌てた様子で落ちた物を拾い上げる。

 その中でも、一番大事そうに四角い箱を手に持ち壊れていないか確認をする。そんな様子を、彼女はただ唖然と見続けていた。

 

 店の中を見回すと、足の踏み場がないほど汚いことが分かった。

 床は本やノートで足の踏み場がなく、家具はボロボロ。壁は黒く変色している部分があり、電球は切れ始めているのか少し点滅している。

 少し異臭もするため、ここに人が住んでいたとは到底思えない。


「あ、あの──」


 彼女は、先ほどより冷静になったのか。戸惑いがちに問いかけた。


「あ、すいません。どうやらバランスが悪く置かれていたようで、少しの振動で崩れてしまったみたいです」


 眉を下げ、そう口にしながら男性は崩れた本を積み上げ始める。だが、先程と同じようにバランスが悪く、また崩れてしまいそうになっていた。

 それでも男性は微笑みを崩さず「大丈夫そうですね」と口にし、彼女の方へと向き直した。

 

「ここまで来たということは、そういうことですよね。お話をお聞きしましょう。では、まずお座りになっ──」


 男性は手を添えながら部屋を見回したが、言葉を途中で止めてしまった。座りたくとも、座る場所がない事に気付いたらしい。


「……少しお待ちください」


 そう言って散らかっている本を端の方へ寄せ、座れる場所を無理やり作った。


「さて、座る所が出来ましたね。そのまま座ると痛むでしょう、座布団を置いて──っと、どうぞこちらへ」

「…………ありがとうございます」


 彼女は床を一瞥したあと、男性を見上げつつ、座布団の上に座る。

 男性も向かいに正座し、話を聞く体勢を作った。


「さて。ここに来られたという事は、貴方は殺したいほど恨んでいる人がいる、と言う事でお間違いないでしょうか?」

「やっぱり……。ここの噂は本当だったんですね」


 彼女が口にした噂とは────


【殺したい程の憎しみを持っている人はどうかお試しください。貴方の××と引き換えに復讐させていただきます】


 と、いう物。彼女はその噂を頼りに、わざわざここまで来ていた。


「はい。私は、貴方の復讐のお手伝いをさせていただきます」


 微笑みながら口にする男性は、自分の胸に手を置き、内容と合っていないような優しい口調で伝えた。


 男性は、腰より長い黒髪の中に深緑色のメッシュが入っており、前髪も長いらしく顔の上半分が隠れている。そのため、両目とも見えない状態になっていた。

 藍色の長いロングコートの中には、大きめな黒いパーカーを着ており、赤いスキニーを履いていた。


「まずは、貴方のお名前を教えて頂けますか?」

「あ、はい。私の名前は神楽坂琳寧かぐらざかりんねと言います。あの、貴方は──」

「私には名前がありません。ですが、名前が無いのは接しにくいでしょう。なので、私の事はナナシとお呼びください」

「ナナシ……。分かりました」


 少し眉間に皺を寄せ、彼女はナナシを見返すが笑みを返されただけだった。


「自己紹介はここまででよろしいですか? お話をお聞きしたく思います」


 彼はそのまま話を進めようと、優しく促した。

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