第31話 兆候
どこで何が起きていようと、表面上は穏やかな日が続いて、テオにも思い詰めた様子は見られない。
大丈夫。何も変わらない。
私の大切な日常は保たれる。
そう思っていたから、私にしてみれば、その日は突然だった。
日課のように、家主を交えた朝食を摂っている時だった。
くしゅん
鼻水とともにクシャミが出た。
風邪かな?
「風邪なのか?」
「風邪じゃないだろ」
朝食の手を止め、何故かカルロスはニヤニヤと不気味な笑顔で私とテオを見ている。
またネジが緩んだか?
「カルロス、うるさい」
「心外だ、テオドール。俺はキーラを心配しているのに」
「余計なお世話だ。キーラ、他にどこか調子の悪いところは?」
テオも食事の手を止めて私を見ている。
「うーん?少し前から、体が怠いし熱っぽいような。あと、やたら眠いかな」
テオは、重病人を見るように、心配そうに私を見ている。
いやいや、そこまで心配する必要はないでしょ。
「いや、顔色が悪いし。ずっと気にしてはいたんだ。後で、医者に診てもらおう」
「だから、そこまで心配する必要はないでしょ。お金がもったいないから」
「何なら、俺が病院代を出そうか?」
まだカルロスはニヤニヤしている。
その口に塩を詰め込みたいな。
「いらん!ほら、さっさと食べろ。片付けは俺がするから」
あれ、私の意見は流された?
仕方がないから、手短に食事を済ませて、テオに甘えて食器は洗ってもらった。
それが終わると、何故かカルロスに見送られて、テオに手を引かれて町医者のもとへ向かう。
こんな時間に診療所は開いているのかと疑問に思ったけど、そこはもうすでに多くの人でごった返していた。
「早朝からここは開いているんだ。それで、昼にはもう閉めてる」
「へぇー」
テオは慣れた様子で、受付を済ませて中に入っていく。
しばらく待って、私の名前が呼ばれたから診察室へ入った。
テオも当たり前のようについてくる。
どこまで心配性なんだか。
「俺が特別なんじゃなくて、普通の事だ」
ああ、そうですか。
医者に促されて椅子に座り、いくつか質問をされて、
あれ?この医者、どっかで見たことがあるぞ?
と、考えている間に診察は進んでいって、
「おめでとうございます。御懐妊ですね」
「やっぱり、そうですか!ありがとうございます!」
医者と満面の笑みのテオとのやり取りを、ポカーンと眺めていた。
は?何て言った?
懐妊。
子。
「え?ええぇぇぇぇぇ!?」
驚いて、テオの方を見ても、医者からいくつか注意事項を聞くのに忙しくて、私が聞きたい事を分かっているくせにその疑問に答えようともしてくれない。
半ば放心状態で、テオに体を支えられながら外に出た。
「やったな!キーラ、俺たちの子供だ」
テオは、どこまでも嬉しそうだ。
私は未だに信じられなかった。
私が、子供の親になれるの?
本当に?
親の愛情なんか知らないのに。
ほんとにほんとに?
「キーラは、いい母親になれる。俺が保証する」
自信満々にテオからはそう言ってもらえたけど、不安しかなかった。
決して嬉しくないわけじゃない。
ちゃんと、嬉しい。
でもやっぱり、不安の方が大きくて、戸惑ってもいた。
「誰だって、最初から当たり前にできるわけじゃないんだ。俺がいるから。キーラと一緒にちゃんと親になれるように努力するから」
テオから真っ直ぐに見られてそう言われたら、
「私だって、ちゃんと努力するよ。ちゃんといい母親になれるように勉強する」
自然とそんな事を口にできていた。
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