第2話 妹の誕生パーティー

 優雅な音楽や、賑やかな声が遠くから聞こえてくる。


 たった今、家の広大な庭では公爵家の娘の誕生日パーティーが開かれているからだ。


 多くの人が祝福に訪れており、部屋の中は彼女への贈り物で溢れていた。


 その子は一つ下の私の妹。


 今日は、彼女の7歳の誕生日パーティー。


 公爵家で唯一、愛されている子。


 陽の光を浴びて輝く金色の髪と、宝石のような青い眼をもつ顔立ちは、この国の至宝と言われている母親譲り。


 そんな子が祝福されている場所。


 私はその場へ姿を見せることは許されていない。


 そもそも、私の存在自体が認められていない。


 私の容姿のせい。


 私の容姿は、不義の証。


 母親の不義の子。


 悪いのは、あの人。私の母親、公爵夫人、あの女なのに。何故私がその罪を全て背負わされるのか。


 いっそのこと、生まれた時に殺してくれてたらいいものを。


 避妊薬を服用しても生まれてきたのが、この私だ。


 あの女は、生まれた直後の私の姿を見て殺そうとしたけど、万が一にも聖獣との契約の証であるギフト所持者だとマズイと、あの男に止められた。


 痛めつけるくらいなら、その時点で殺しておけば良かったのに。


 ドス黒い思いを抱えて、暗い廊下を一人で歩く。


 家中の者が全てローザに気を向けている今日だけは、外に出る事ができた。


 誰も来ない、裏庭。


 そこが今日の私の居場所。


 滅多に出ることができないから、外の空気を思いっきり吸い込む。


 離れた場所から聞こえる耳障りの悪い喧噪を聞きながら、しばらく1人で静かに過ごしていたのに、


「葬式みたいな顔しているな」


 片隅で草木を眺めていると、突然そんな声がかけられた。


 驚いてそっちを向くと、人がいるはずのないここに、同じ年頃の男の子がいつのまにか潜り込んでいた。


「燃えるようなスカーレットに、グリーンアイ。まんま、王家の色だな」


 私の姿を上から下まで見ている。


「それが、何か?グリーンアイの子は珍しくないでしょ。現に、貴方も」


 ニヤリと笑う男の子に、私は冷静に言葉を返す。


 それを言うこの子も、髪の色こそブラッドムーンのような赤銅色だけど、私と同じ深緑のグリーンアイだった。


 どんな傍系かは分からないけど、少なからず王家の血が流れている証拠だ。


「そんな容姿のお前が、なんでこんな裏庭の片隅にポツンといるんだ?」


 男の子が一歩近付いてきたから、一歩下がった。


 不必要に近付きたくない。


「そんな事、私が聞きたい」


「ふーん?」


 男の子は、私の目を覗き込んでくる。


「母親の、裏切りの証ってとこか。家族と、仲が悪いんだな」


 適当に言った事が、真実を言い当てているから驚きだ。


「そうなるかしら」


「今日は王子様の顔を見にきたけど、それ以上に興味深いやつに会えた。俺はテオ。お前は?」


「キーラ」


「ははっ。わざわざ、キーラ黒髪かよ」


 人の不幸を、失礼なほどに笑い飛ばしてくる。本当に失礼なヤツだ。


「どこの誰かは知らないけど、早く今日の主役の所へ戻ったら。王子様だって、もう来てるでしょ」


「うん。けど、お前の方が気になったから」


「はぁ!?」


「どうせここには、誰も来ないんだろう?それなら、ちょっとくらい俺と話してもいいだろ」


「私は話すことは何もない」


「じゃあ、黙っていてもいいから」


「意味がわからない。貴方に何の得もないでしょ」


「損得じゃないんだよ。キーラに興味を持ったからだ」


「私は、あんたなんかと関わりたくない」


 誰も来ないとは思うけど、誰かに見られる前に、早く行ってほしい。この子にとっても、絶対にいい事じゃないのに。


「別に、俺は平気だから。キーラは、飯は喰ったのか?こんな所に1人でいたら、料理も食べられないだろ?」


 忘れられてなければ、パーティーの残り物でも貰えるでしょう。


「後で、食べるわ」


「へぇー。ちょっと待ってろ」


 そう言い残して、テオはあっという間に壁を乗り越えてどこかへ消えていた。


 あんな方法でウロウロされて、ここの警備は大丈夫なのかと思うけど。


 待つ義理もないから部屋に戻ろうかと思えば、すぐにテオは戻ってきた。


 片手に、食べ物が入ったバスケットを持って。


「ほら、ここで喰ってけよ。俺もこれ、貰うわ」


 片手でサンドウィッチを取り出すと、モグモグと食べ始めている。


 私は呆れていた。


 そんな私を前にして、テオは立ったままお腹を満たしていく。


「ほら、今のうちに食べろよ」


 口元に、お肉の挟まったサンドウィッチを押し付けられて、仕方なく受け取った。


 お肉の塊など、そうそう食べられる物ではない。


 ハムハムと、私も立ったまま食べる。


 いくつかの軽食を食べたら、本でしか見た事のなかったお菓子も差し出されて、いつのまにか私もお腹いっぱいになっていた。


 甘いものなど、初めて食べたと思う。


「じゃ、俺はこれを片付けて、本来の目的の王子様の所に行ってくるから。風邪を引く前に部屋に戻れよ。またな!」


 テオは、私の言葉を待たずに、来た時と同じように勝手に帰っていった。


 何なんだと思ったけど、初めて食べたと思うくらいのまともな食事に、怒る気力も無くなっていた。


 部屋に戻ると自然と眠くなって、少しだけ早いけど私はベッドに入って眠りについた。


 結果的に私のこの日の食事は忘れられていたから、テオに食べ物を運んでもらって助かったということだけど、そのお礼を言う機会はしばらくなかった。









  

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