第37話 佐々木遥希

 佐々木遥希ささきはるき



 駅舎から外に出ると生温い空気が身体を包み、エアコンの効いていた駅構内との温度差で蒸し暑く感じる。冷やされた身体に湿気を帯びた風が纏わりつき不快感が増した。


 6月最後の日曜日、私と祥太君は小田原駅に来ていた。今日は佐々木遥希ささきはるき君と会うために。


 時刻は午前10時。先程LINEで佳代さん達が到着したとのメッセージが来ていた。


 駅舎から出ると前回佳代さん達がいた場所に二人の女の子と一人の男の子がいる。その男の子は沢村君と同じくらいの背丈であるけれど、どこか頼りなくヒョロっとした感じがした。きっと彼が佐々木君だろう。


 私と祥太君は手を振りながら彼らに近づいていく。


 「祥太ー、菜端穂ー」と佳代さんが手を振る。

 霜月さんは今日もPINKHOMEの服に身を包みにこやかに立っている。

 佐々木君と思わしき人物は白地に紺のストライプ柄の半そでのシャツにベージュのズボンを穿いている。肌は白く日焼けしておらず部活などをやっていない印象を受けた。


 「おはよう。僕朝霧祥太、で」と祥太君が私を掌で示しつつ言う。

 「水原菜端穂です」と言って頭をさげた。


 「僕は、佐々木遥希ささきはるき、よろしく」と佐々木君が硬い表情で挨拶する。


 「じゃあここは蒸し暑いし、どうだろう、前回のカフェに行こうか?」と祥太君。

 アイスクリームがいいー。

 「オッケー」と皆が賛成してしまったので私は意見を言う事が出来なかった。


 前回の古ぼけたカフェに入る。テーブルは皆4人掛けである為、空いているテーブルの椅子を一つお借りして祥太君がはみ出した格好になり着席した。私の隣には佐々木君が座り、向かいに佳代さんと霜月さんが座る。


 それぞれドリンクを注文しそれらが運ばれてくるまでは世間話などをした。


 全員分のドリンクがそろった所で、

 「佐々木君、あらためてよろしく」と祥太君が言うので私も彼の方を向いて「よろしく」と頭を下げる。


 彼は何も言わず頭を下げた。


 「さて、先日LINEで報告したけどナバちゃんの情報で何故あの時僕たちが園庭で遊んでいたかと言う事が判明した。保護者会の役員会が行われていたんだ。更にその時役員会にいたのは6人の保護者だったということまで判明している。ここまではいいかな?」

 祥太君の話に全員が頷いた。


 「それでLINEでもお願いしておいた事なんだけど、その時の役員会のメンバーを誰かしら覚えていなかっただろうか?」

 すると霜月さんが、

 「はーい、シオのママ覚えていたですよー、その時に豊川さんっていう人がいたらしいですよー」

 「豊川さん?」と私が聞き返す。

 

 「そうそう、豊川さんいたですよー」

 「これは有力情報だね」と祥太君。


 「苗字は判ったけど子供の名前は判らないの?」と佳代さんが尋ねる。

 「そこまではシモのママも判らないですよー」


 「そういえば佐々木君は顔が思い出せるとか?」と祥太君が訊く。


 「うん、思い出せる、僕は、顔が、思い出せるんだ」

 「事前に霜月さんからそう聞いていたからさ、今日は写真を持って来たんだ。恐らく年中の時の園庭で園児全員を撮ったものだと思うんだけどね」と祥太君が一枚の写真を取り出す。B5用紙くらいの大きさのその写真には園児達が全員園庭に並び、建物の二階から撮ったであろうかと思われる斜め上からのアングルであった。


 「この中から見つけられるかな?」と祥太君。


 「ちょ、ちょっと見せてくれ」と佐々木君が写真を奪うように手に取った。


 「この子だ、間違いない、僕は、覚えている、この子だ」と言って一人の園児を指差した。

 おや? この子は……。私の中で何か引っかかる物を感じた。


 全員が佐々木君の示した一人の園児に注目する。すると祥太君が、

 「この子は……壱成いっせい君だ。同じバラ組だったはず。確か……、そうだ豊川壱成とよかわいっせい君だ。

 「豊川壱成?」と全員が聞き返す。


 先程霜月さんが『豊川さんが居た』という証言とも苗字が一致する。間違いなく最後の一人は豊川壱成君なのであろう。


 「だれか中学で一緒だった人はいない?」と祥太君が皆を見渡しながら訊く。

 私の記憶の中にはいない。


 「いなかったと思うだよ」と佳代さん。

 「シモの中学にもいなかったと思うですよー」

 「僕も、知らない」と佐々木君が言う。

 私も無言で首を横に振った。


 しかし、私の中で何か違和感を感じる。同じバラ組に彼が居たという記憶は曖昧なのだけれど、それ以外でどこかで彼に会っているような気がするのは何故だろう。だけれど『豊川壱成』という名前に心当たりはなかった。


 「でも本当に6人だったのですかねー。シモ7人いたと思うですよー」と霜月さんは7人に拘る。


 「でも、私のお母さんも6人って言ってたし、そもそも学年で6にんしか役員に選ばれないんだよ」と私は言う。

 とは言ったものの、私だって6人だったのか7人だったのか記憶は曖昧だ。6人しかいなかったのに『若葉7戦隊』と名付けるのも不思議な気がした。霜月さんの勘違いだったのではと思うのだけれど。


 「6人だ。僕は6人の顔を思い出せる。それ以外は居なかった」と佐々木君が自分自身に言うように呟く。


 不意に、今まで写真を眺めていた祥太君が勢いよく顔を上げ、

 「6人だったか7人だったか確かめる方法がある!」と言った。

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