小さな(そしてときどき奇妙な)物語たち

HK15

あの味

 その店を探し出すには、ずいぶん手間がかかった。怪しげな連中に渡りをつけなければならなかったし、その過程で危ない橋も渡ったし、カネもかなり使った。願わくば、この投資に見合うだけのものだったらいいのだが。

「それで、ご注文は……」

「〈アミルスタンの羊〉」わたしはウェイターに言った。「焼き加減はミディアム・レアで」

「かしこまりました」

 ウェイターが戻ってくるまでのあいだ、わたしは不安と期待を胸いっぱいに抱きながら待っていた。ああ、これで、長きにわたる飢えを安心して満たすことができるだろうか? もし、十分に満足できるなら、これから先、継続的にコストを支払っても文句ないのだが……

「お待たせいたしました。〈アミルスタンの羊〉のステーキ、ミディアム・レアでございます」

 白い皿の上に載せられたステーキから漂う、えもいわれぬ芳香を、わたしは目いっぱいに吸い込んだ。我慢しよう、淑女らしい慎みを保とうと思ったが、できなかった。たまらぬほどに香りに、過去の美味なる記憶が蘇って、わたしは夢中で肉を食らっていた。……

「いかがでしたか?」

 帰り際、ウェイターはわたしに尋ねた。中性的な顔つきの、接客用アンドロイドに、わたしはあいまいに笑いながら答えた。

「うん、まあ……悪くなかったよ」

 店の外に出て、人ごみの中に紛れ込みながら、わたしはそっとため息をついた。ああ……残念だ。期待していたのだが……iPS細胞技術を用いて作られたヒト幹細胞を分化させた筋肉組織と脂肪組織を素材に、3Dプリンタを用いて巧妙に製造された、……もちろん、今の人間社会の倫理的基準では、大っぴらに売りさばくことはできないが、それでも違法ではないため、スリルを求める好事家や美食家向けに、それを食べさせるアングラな店もそこそこある。だからこそ、期待していたのだが……やはり、どこか、何かが違う。とは違う。とは……。ベンヤミンのいうところの、霊気アウラに欠けているというべきなのか……いずれにせよ、これでは、わたしの飢えを本当に満たすことはできない。いざというときの窮余の一策としては考慮に値するけれども……。

 ああ! 周囲の人間たちに気づかれないように、わたしはそっとため息をつく。ああ、もう一度、人肉を食べたい。人間たちと共生していく関係上、むやみやたらの狩りなどできないのはわかっているし、わたしだってそんなことをする気はないけれども……それでも、懐かしいあの味を、はばかることなくもう一度楽しみたい。倫理と楽しみを両立させたいのは、人間だけの欲望じゃない。

 ああ、鬼として生きるのは、なんと苦しいことだろう!

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