神隠しif
「おとろしかった」
ぽつりと広くてきれいな部屋に落とされた言葉に、千種はポカンとした。
「アンタが?」
「うん。もう戻ってこられやんのちゃうかって、浦島太郎みたいに時間がたってたらどうしよて考えたら哀しかった。……お姉ちゃん、抱っこ」
千種が拒否しなかったので、風呂上がりで温かい躯が膝の上に乗って来た。ぐんにゃりと柔らかい猫のような躯は体格差のせいか、腕の中に簡単に収まった。腰に届きそうだった黒髪は、血と汚れで固まってしまっていて肩より少し長い程度に切り揃えられている。肩にグリグリと小さな顔を埋めてくる。
「ぽんぽんして」
ねだられた千種は不慣れに薄い背中を軽く叩いてやった。痩せた仔猫のような心許ない感触がして、何だかとても悲しくなった。まだまだ小さい、自分よりもぐっと小さな存在。神隠しから小学校に通う事なく、ランドセルは部屋の棚に置かれたままだ。あのまま寺社に駆け込んで助けを求める事も出来なくなはなかっただろうに、自力で戻ってきた。
この子は他に居場所がないのだ。帰る場所がなく、家族も友達もいない土地神の縄張りで【鬼威様のお気に入り】として生きる以外の道がない。そして、彼も決してこの子を手放さないだろう。
しかし重宝されているように見えても、もし名家の娘が輿入れしれたならば、ただの人間の女児であるこの子は、一気に【ペット】に転がり落ちる。だから寂しくて、自分に嫉妬している自分を「お姉ちゃん」なんて呼んで、魑魅魍魎を「お友達」として扱っているのだ。それなりに賢いし、それを薄々でも理解できていないはずがない。
「私がお姉ちゃんになって、ずっと傍にいてあげるから、貴女も私と天白を守ってくれる?それなら、【妹】にしてあげる」
「わかった。……ぎゅってしてほしな」
「もちろんよ」
弟と自分のために、あの恐ろしい土地神に本格的に輿入れするかもしれないこの子の孤独を利用した。自分が最悪過ぎて、吐き気がしそうだった。同時に自分達よりもずっと厚待遇でありながら、仔犬のように愛らしい人間の子が自分に縋ってくるるのに、ゾクゾクすした悦びを感じた。
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