第24話 結婚契約書の書式……が無い!

 いざ結婚しましょう、と言ってその運びになってから、私はずっと準備に追われている。


 バラトニア王国には宗教は無い。教会もだ。その代わり、王族がその役割を果たしている。王室にいきなり入ったので市井の感覚もあるバルク卿に聞いてみると、王様はちょっとした神様扱いらしい。


 確かに、自分たちの生活を管理し、運営し、かつ紙という物が無くとも、もしくは過去あった物を持っていて広く知られていない事を知っている。その上、清潔な生活と、口伝で受け継がれてきた医療を行える医者がいるから、国の平均寿命より長く生きられる。


 フェイトナム帝国では平民でも当たり前の事だったが、植民地化されるまでは公衆浴場がなかったのだから、冷たい水で体を拭く位が関の山では……確かに、よくあの時まで病が流行らなかったと思うような感覚だ。


「バラトニア王国についても勉強してきたつもりですが、実地でなければわからない事も多いですね」


「持ち込みの禁止は持ち出しの禁止にもつながりますから。書面に起こさない慣習などは持ち出せないでしょう。これだけの国土があって、人民がいて、それを治めているというのはクレア様が思うより民には神の行いのように見える事でしょう」


 王族が神と同一視されている国は他にもあった。ただ、そこは小国であったり、識字率がものすごく低い国だったりしたが。


「食べ物を扱うからでしょうが、平民もかなり清潔には気を遣っていますよ。髪にシラミがわくような生活をしている者は殆どいません」


 扱っているのが、穀倉地帯なだけあって食べ物だから……というのは納得できた。


 運河と呼べるものは無いが、枝分かれしたそれなりの川は国中に行き渡っている。でなければ農作物は育たない。


 そこにフェイトナム帝国の介入で上下水道の完備と公衆浴場ができた。より一層人々は生活に気を遣い、確かにこれなら大国とも言えるだけの人民を有して時を待てばフェイトナム帝国に勝つ事も可能だったろう。


「戸籍は管理してるんですよね?」


「もちろんです。今、書式の印刷された紙に写しているところでしょう。ただ、戸籍の管理はそれぞれの地方の役所に口頭で届け出て、式は集落や親族で宴会をするというのが一般的です。王族はそれに加えて祭を催し、広く国民に知らせます。——人民が証人であり、証書のような物はありません」


「無い……?! け、系図はどうしているんです?」


「王族は辛うじて、羊皮紙に残してます。ただ、貴族や平民はしませんね。役所への申し入れ、それが木簡で届いて国で管理、それだけです」


「……結婚契約書が無いなんて……」


「気軽な物ですよ。別れたらその旨を役所に、子供が産まれても役所に届け出さえすればいい。しかし、今回紙の流通が始まった……、どうでしょう? クレア様がこの国の、新しい結婚の形を作るというのは」


 確かに、役所に申し入れてそれを管理するのが国というのはいいと思う。王族の結婚は人民が証人という形も悪くは無い。


 だが、貴族がくっついたり別れたりするのに何の契約も誓約も無いとなれば……管理されている領民にとっても、頭がすげ変わったり、当主が亡くなって婿をとって誰の家名なのか混乱したりと不便もあるはずだ。


 民はまだいい。管理側に不便がある。


 全てを変える気はないけれど、私は真剣に結婚契約書の内容だけでも考え、王族、貴族、平民の管理を容易く、さらに言えばもっと繋がりを強くさせる仕組みを作りたいと思った。


「……全く新しい事をする気はありません。ですが、今後は雇用や職業の幅も増えます。職人も今は外国から引っ張ってきたからいいですが、国内からも跡を継ぐ人を育てていかねば続きません。まずは、結婚、という家と家……人と人との繋がりを強くしませんと。辞めたいから辞める、が罷り通るようでは、産業が続きませんから」


 私の言葉にバルク卿は目を伏せて頷き、後日どんなものが必要か、改めて勘案をあげる事として総務部での話し合いを終えた。


 まさか……結婚する仕組みに手を加える所からになるとは、思っていなかった。

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