第2話 まさかの迎え

 国境で馬車を乗り換える。


 当然ながら、互いの国の首都というのは離れていて、私は長旅の旅装に荷物を持ってきていた。


 身一つで、とも言われていたが、着替えすら無かったら困るので、そこはやはり皇女でもあるし、たくさんの服と靴、宝飾品は持ってきた。


 本当は本の一冊でも持ちたかったが、数代前に植民地化した時、フェイトナム帝国はバラトニア王国に一切の知識の持ち込みを禁じた。つまり、書物の持ち込みだ。


 植民として入った人の口伝と、元からあったバラトニア王国の知識でバラトニア王国は大きくなり、兵法や戦術を身に付け、自由を勝ち取った。


 もし、もしもバラトニア王国で自由に本や資料が見られるのなら、私はこの婚姻に自ら立候補したに違いない。


 そんな事を考えているうちに荷物の積み替えが終わり、私はいよいよバラトニア王国に命を握られる馬車に乗り込んだ。


「え……」


「よく来たね。クレア、君ならきっと我が国に来てくれると思っていた。待ちきれなくて迎えに来てしまったよ」


 使用人にしては身なりがよく、ついでに見た目もいい。白い肌に赤毛の短髪で、瞳も夕陽のような色をしている。私は17歳だが、彼はもう少し年上に見える。


 座っていてもその長身と引き締まった体躯は隠せない。話し言葉も訛りのないフェイトナム帝国語だ。


 私が馬車の入り口で固まってしまったのを見て、彼は軽く私の手を取り、不思議なくらいあっけなく腰に手を回して私を持ち上げ向かいに座らせた。


 なんの負荷もない、変な感覚だった。ふわりと浮いたような。そして、目の前にしっかり座ってしまった。


「申し遅れたね。私はアグリア・バラトニア。この国の王太子で、君の夫になる男だよ。よろしくね、クレア」


「………………理解が追いついてないのですが、アグリア殿下でいらっしゃる? 王太子の? 私は王太子妃になるのですか?」


 てっきり王位を継がない方と結婚するのかと思ったが、なんとまぁ未来の王妃である。教養の類や愛想には全く自信がない私は、目の前の美しい男性と結婚すると聞いて驚いた。


 これならば姉のビアンカや妹のリリアが喜んで嫁ぎたかっただろうに。というか、なんだかとてもニコニコとして歓迎されている気がする。


 私は、人質なのでは? もしくは、和平を破ったら次は一族郎党皆殺しにするぞ、という意味で殺される生贄なのでは?


 そしてまるで私が来ることが分かっていたような口ぶり。


「あのう……、なぜ、私が来るとお分かりに?」


「クレアは我が国では有名人だからね。本当は指名したかったんだけど、まぁ、ほら、うちの国からもそちらの国の情報が入る訳だし。君の国からもうちの国に入れているでしょ? そういう人」


「えぇ、はい、あの……暗黙の了解ですね……。えぇ?」


 馬車は私の戸惑いなどお構いなく進み始めた。この辺りは国境近くで戦場にもなった場所なので(もちろん、土地もある程度バラトニア王国に取られている)まだ土を固めたような道だけれど整っている。


 何なら私を送り出した馬車より上等だ。あまり揺れない馬車の中で、私の夫になる男性……らしい、王太子のアグリア殿下に、下手くそに笑いかけた。


「数日かかるけれど、不自由はさせないからね。クレア、ゆっくり馴染んでくれればいいから。とりあえず私とお喋りでもして、お互いのことが知れたら嬉しいな」


「ありがとう、ございます……?」


 はて、私は人質でも生贄でも無いようだ。なのに、私を指名したかった?


 意図が掴めないが、とりあえず、私は歓迎されているようだった。

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