第44話 アレックス・シェリルの功績
王宮から人が遣わされ、アレックス・シェリルのお茶会の日取りと、以前使ったテーブルクロスなどの貸し出しを行った。一点物でもあるし、私にとってもメディア様との出会いの思い出のクロスでもあるし、アレックス・シェリルのファンとして一生懸命刺繍したものなので、きちんと洗濯して返却されるように書面を交わした。
こういう事はちゃんとしなきゃだめよ、と同席していたお義母様に言われたので、緊張しつつも『ミモザ・シャルティ』とサインをし、一枚を控えに貰って大事にしまっておく。
そうして当日、招待客はお義母様の指名だったので、前回のアレックス・シェリルのお茶会にいた人と、王妃様、それから見知らぬ文官のような方が一人いた。
「メディア様……! 今日もご一緒できて嬉しいです」
「私もです、ミモザ様」
私は慣れない王宮のお茶会で、友人になったばかりのメディア様と再会できて喜んで手をとった。
今日の彼女のドレスは、前回お義母様が贈った物だという。濃い藍色の髪に紫の目をしているメディア様に、光沢のある薄灰色のスカートの上から、レースの白いスカートが覆い被さっていて、胸元や襟の飾りも白、という素敵なドレスは、昼でも夜でも彼女をとても魅力的に見せている。
お義母様のセンスもいいが、それを着こなして、共布で作ったヴェールのついた灰色の小さな帽子を頭に乗せたメディア様は本当に美しい。
「素敵ですね……、よくお似合いです」
「ありがとう。どうしても、今日着てきたかったの」
そんな私たちを、王妃様とお義母様が並んで眺めていたらしい。不意に声を掛けられた。
「可愛い蕾さんたち、そろそろ席につかないか? せっかくだから、アレックス・シェリルの著作の話をしよう」
「も、申し訳ございません」
「もちろんです、すぐ着席します」
私とメディア様がそっと会釈をして慌てる様子がおかしかったのか、声をあげて笑った王妃様が席に促す。
今日は王太子殿下はいらっしゃらないようだ。一応、城内を歩く時には王妃様が人を付けてくれることになっている。
今日は出会わないでいたい。次のお茶会こそが、私の反撃の時だから。
そんな物騒なことを考えながら席に着くと、さっそくアレックス・シェリルの作品をモチーフに刺繍をしたテーブルクロスの話から、それぞれの作品への想いや、どんなセリフが好きか、シーンが好きかという話が広まり、世代を超えて楽しいお喋りの時間になった。
サロンの中には窓から風が入ってくるし、お喋りも楽しい。しかし、アレックス・シェリル……いえ、お義母様は前回も会議のようなお茶会にも呼ばれていた。
一体お母様はどんな仕事をされて(いえ、作家業なのは分かっているのだけれど)、どんな功績があるのか気になった。が、楽しいお喋りを中断させてまで聞く必要もないか、と思っていると、王妃様が「そうだ」と声をあげた。
「皆、アレックス・シェリルの本のファンだから先に教えよう。外国での翻訳出版が決まった、アレックス・シェリルの全作だ。現在、4つの国に卸す予定で話が進んでいる。もちろん翻訳家の雇用に始まり、この国に移り住んだ者への高額給与の働き口になることは間違いない。さらに、此方からだけではなく、他国の本が翻訳されて販売されるようになる。物語だけではない、技術書、医学書、図鑑、といったものがだ」
ぽかん、としたのは私だけではないようだ。随分年上のマダムから、メディア様まで、王妃様とお義母様以外は皆一瞬息も殺し、次いで歓声をあげた。
「すごいですわ! おめでとうございます、アレックス先生!」
「それに、先生の本を皮切りに本の交流ができるのですね! 大きな功績ですわ!」
「おめでとうございます!」
私も思わず感極まって口許を押さえたが、ニコニコと穏やかに笑ったお義母様はアレックス・シェリルとして、裏でこんな功績を残していた。
言語を超えて、その国の生活様式や常識を超えて、他人に感動を与える物語という分野だからこそ始まる「知識の交易」に、私はもう、何と言っていいのかわからず、喉に声を詰まらせながらやっと「おめでとうございます」と呟くので精いっぱいだった。
他人と自分、という単位ですら交流は難しい。だけれど、お義母様……いえ、アレックス・シェリルは、それを国と国との間でやってのけた。
「今日はファンの集まりだからな。皆、決してこのことは外に漏らさないよう。正式決定すれば、翻訳家という新たな職業の雇用、他国との本の細かい品目の取り決め、翻訳家を目指して他国の言語を勉強する貴族の令息令嬢も出て来る事だろう。その為の留学などもあり得る。――我が国を本で他国とつないでくれたアレックス・シェリルという偉大な作家に」
そう言ってティーカップを掲げた王妃様に、みな同じようにティーカップを持って乾杯をした。
お義母様は終始にこにこ笑って、ありがとう、と言っていただけだけれど、その顔が、姿勢が、いつもより誇らしそうだったのが、私はとても嬉しかった。
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