第30話 お父様たちのその後と、私のその後と

 お父様からの手紙が届いたのは、あの日から、1週間程経ってからだった。


 私はお父様の字をちゃんと見たのはこれが初めてかもしれない。細かく、少し神経質そうで、丁寧で綺麗な細かい字で、便箋5枚に渡って詳細にその後の事が綴られていた。


 内容を少し要約すると……お母様との離縁の成立、これまでの浪費分は全て子爵領の予算に手を出さないように帳簿が別で付けてあり、お母様とお姉様の浪費した分の半額を請求。


 ドレスや宝飾品は本人たちに合わせて誂えたものなのでそのまま一緒に、お母様の実家の商家に送ったという。その宝飾品やドレスを売れば商売を畳まなくても払える金額ではあるが、もともと子爵のお父様にお母様を嫁がせることで信用を買う契約結婚だったことから(お父様も社交が苦手で嫁が見つけられなかったらしい、私はどこまでもお父様似だ)今後貴族相手の商いはできないだろう、と。


 お父様の気持ちは、未だ整理がつかないとも書いてあった。


 妻として、社交に精を出すというのはそういう物だと受け止めていたが、一方でカサブランカと私の扱いに差が出ていた事を、数字の上では知る事ができなかった、ちゃんと家庭に目を向けるべきだった、と。カサブランカを実の娘だと思えばこそ、母親に似て社交に精を出す彼女のためにお金を惜しまなかったし、逆に私の事は自分に似て社交が苦手なのだろうと思い本や教養のお金は惜しまなかった。


 明確に私はいじめをうけていたわけでは無い。使用人は分け隔てなく接してくれていた。ただ、お母様とお姉様に圧されて、私とお父様には発言権が無かったのも確かだ。


 お父様は子爵だ。爵位で言えば、低い方。領地は持っているわけではなく、国王陛下の直轄地であるノートン領を管理するのが仕事で、そのほかにも王宮で文官として働き、女性2人の社交と、もう一人の娘……私の本や刺繍に使うお金、恥ずかしくないドレスを揃えるために働いてくれていた。一人でだ。家庭内の金銭のやりくりも、お母様ではなく文官を一人雇って予算を取り仕切ってくれていた。


 そして、カサブランカへの婚約前の申し込み……身元調査により、お父様はどれだけのショックを受けただろう、と思う。


 カサブランカが悪い訳じゃない。お母様が不義を働いた事が一番……悪い。けれど、働きづめのお父様は、家庭内の予算の扱いまで人を雇って最後は自分で目を通して自分で管理して、その上で姉妹に不公平が無いように取り計らい、好きなことを……させてくれていた。


 お父様は「もっと自分が家庭内を省みるべきだった」と文末に書いていたが、誰も完璧な人間など居ない、と私は思う。


 私はカサブランカにいいように追いやられて反抗もしなかった、その代わり、本や刺繍の世界に逃げ込んだ。でも、その刺繍を褒めてくれる人がいて、同じ本を好きな人達に出会えたから、一概に悪いとは思えない。


 カサブランカは……今はどう思っているのか、もう知る由もないけれど。社交は貴族の女性の義務ではあるけれど、かといって、馬鹿な真似をすれば簡単に居心地の悪い場所になる。そういう怖い所でもある。その場所の上手な渡り歩き方を、平民出のお母様が上手に教えられたかと言えば……やったことを考えると、無理だったのだろうな、と思う。


 王室主催の夜会での淑女としてはやってはいけない蛮行、子爵令嬢が伯爵家で茶器を投げつけるという暴力沙汰、これらを考えれば罪に問うには充分だが、シャルティ伯爵家と私はそれを罪には問わなかった。


 陛下への取り計らいをしてくださったシャルティ伯爵には感謝しかできない。全て、ノートン子爵家、及び、ノートン子爵領を思えばこそ、離縁という醜聞だけで済むように、建前上『カサブランカが病の為に療養するため母親の実家へ』ということにしてくれた。領主の醜聞は、そのまま領民にも跳ね返る。本当に……大事にしてくれていると感じる。


 私はシャルティ伯爵家に来て、変わった。環境が違えば、導いてくれる人が違えば、こんなにも人と接するのは胸がときめく事だと教えてくれた。自分を守る方法や、自分を守らないと誰かが傷つく事も知った。……アレックス・シェリルに筆を折ると宣言させてしまったけれど、それは私が好きな物……アレックス・シェリルのために戦ったからだ、と思う。


 そして、今日はその戦ったことで得た、得難い人がハンカチを返しに来てくれる日だ。


 私は手紙を封筒に戻した。その人の為に刺繍を施したハンカチをしまった箱を開けてみる。


 メディア・ロートン伯爵令嬢。彼女の濃い藍色の髪とアメジストの瞳。そして気高い淑女としての振る舞い。最初の印象は悪かったけれど……私は、彼女とお友達になりたい。


 そんな気持ちを込めて、蒼い薔薇と金の蔓草に縁取られたアメジストを意匠に豪華に刺繍したハンカチを贈ろうと思う。あの日、シャルティ伯爵夫人が送り届けてくれた後、予定を伺う手紙が来て、今日に約束している。


 喜んでくれたら嬉しい。同じ作家のファンとして、助けてくれた恩人として、初めて真向からぶつかった相手として。


 プレゼント用の箱を閉めて、膝にのせたプレゼントを見て私が微笑んでいると、部屋がノックされた。


 ロートン伯爵令嬢が到着したらしい。私は、お通しして、と告げて準備のサロンに向かった。

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