習得、取得、またの潜入
あれから数週間、いや、数ヶ月か。
俺は、王国の城壁にほど近い場所にある池に潜伏し、能力を磨いていた。
『硬度』『粘度』そして『形状』
自分の体を、かなり狙った通りに変化出来るようになっていた。
これには、長老の知識や経験が大いに役に立った。老体の生み出した効率的な体の動かし方、若い俺には余分なほどだ。
ちなみに、池の水と同時に飲み込んでしまう微生物の類を除き、他の生物は食らっていない。長老のポリシーを受け継いだ訳ではないが、飢えに対する慣れをつけたかった。
今では、水から酸素と栄養を補給し、余分な水分を放出できる。水中でも難なく生活できるほどだ。
精霊を取り込み、能力を得た暁には、こんなことが空気中でも可能になるのだろう?
早く、精霊の居場所を知りたかった。
しかし、長老の記憶には、精霊に関する情報がほとんどなかった。
それだけ秘匿された、神秘的な存在なのだろう。
となれば、王国に潜入し、情報を得るしかない。
今日、その計画を実行に移す時が来た。
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「ん? なんだ?」
池の水面付近で跳ね回り、王国へと向かう行商人の男の注意を引く。
そして、不審に思った男が馬から下り、池を覗き込んだ瞬間。
「ウグッ!」
体内に溜め込んだ水圧を使い、体の一部を、男の顔目掛けて撃ち出す。
硬度……柔らかめ
粘度……強め
形状……薄め
飛んでいった塊は、空中で広がり、顔にピッタリと張り付き、そのまま男を窒息させる。
俺は倒れる男を放置し、馬に近づいて荷物を物色する。
食料、替えの衣服、交易証、そして扱う商品は……香辛料がメインのようだ。粉末状の唐辛子、空の小瓶に、吸引防止のためのマスクまである。
「至れり尽くせりとはこのことだな。よし、こいつで決定だ。身分を含めた、お前の全てを貰う」
俺はそうつぶやいて、彼を頭から捕食する。
夜になるまでに、ほとんどの消化は終わるだろう。
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「他国から来た行商人だな? 交易許可証を見せろ」
「……はい、どうぞ」
俺は男の服を見に纏い、馬に乗って王国の門へと辿り着いた。
手はグローブ、足はブーツ、首はスカーフ、頭はフードですっぽりと覆い隠している。
これで、俺の正体がバレることはない。門兵も、まさか人に擬態したスライムを相手にしているとは思わないだろう。
「結構だ。最後に、素顔を見せろ」
「素顔?」
「そうだ、最近人型モンスターが人間に扮し、王国内に侵入した事件があった。そんなことをするモンスターがそうそういるとは思わないが、念のためだ。協力してくれ、一瞬でいい」
どこのどいつだ、そんな命知らずなことをするモンスターは、全く迷惑な話だ、せめてバレずに行って欲しい。
そのせいで、俺が、少々無茶をする羽目になった。
俺は、腕を動かし、フードをズラして見せる。
「結構だ。協力感謝する……随分と顔色が悪かったようだが、大丈夫か?」
「ええ……実は来る途中にモンスターに襲われまして、命からがら逃げ出しましたが、非常に疲れているのです」
「そうか、それは災難だったな。長く呼び止めて済まない。通ってくれ」
「どうも」
俺は馬を進める。こうして、王国内への侵入に成功した。
この行商人の男を消化した際、二箇所、消化を避けた部位がある。
一つは、全身の骨格。『硬度』と『形状』をある程度操作できるとはいえ、長時間、人間の直立二足歩行の動きを再現するのは骨が折れる。スライムには、骨がないからだ。そこで、体を支える骨組みとして、そのまま男の骨格を流用した。
もう一つは、男の頭部。こんなこともあろうかと、内側だけをくり抜き、ヘルメットのように利用した。目玉や表情や口の動きはある程度再現できるものの、明るい場所で直視に耐えるよう代物ではない。これ以降の働きには、あまり期待できないだろう。
ともあれ、一番の関門であった、王国への関門の突破を果たした。
あとは、計画通り、王国内で商人として活動しよう。
今日から俺は、ローション売りのスライムだ。
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