捕縛、伝説、そして門出

 俺は地下深くにあるスライムの住処、その最奥にて、幽閉されていた。

 他ならぬ、他のスライムの手によって。

 勇者パーティーに殺されることなく、生きて帰ってきたことが、拘束された理由だった。

 現在、一人きり、檻の中である。

「畜生……せっかく仲間と合流できたと思ったのに、この仕打ちかよ……!」

 問答無用で殺されなかっただけマシかもしれない。直前に、青い人間を食ったことがバレたら、きっと命はない。

 まだ、助かる道がある。

 俺は、自分を捕らえている檻に目を向ける。半透明の、飴細工のような、格子状の箱。隙間を通り抜けることは難しいが、簡単に食い破れそうだった。

 このまま、王国に出荷するつもりだろう。その先どんな未来が待っているかは、この目で見てきた。

 レベル上げのために殺されるか、試し切りのために殺されるか。どちらにしても、道具としての末路だ。

 冗談じゃない……! 自ら拾い、竜人族の彼女に助けられた命だ。これまでの、骨を折るような苦労を、水泡に帰してなるものか! 骨ないけど!

 俺は、本能ではなく、理性に従って、檻に噛みついた。

 拍子抜けするほど簡単に、檻に穴が空いた。

「え……? ……⁉︎」

 直後、俺の体から力が抜けた。内側に、ぽっかりと穴が空いたようだった。

 慌てて口の中の、檻の破片を吐き出す。すると一緒に、俺の体の一部が出た。

 カランという音を立てて、床に転がる。なぜ?    

 檻に触れた部分が、……固まっている?  

「『結晶剤』、スライムの体を石のように硬化させる物質じゃ」

「誰だ……あんた」

「長老、と、ここでは呼ばれているが、もはや分裂も出来ない、死に損ないの老ぼれじゃよ」

 俺の目の前に、水分が抜け、皺だらけになったスライムが現れる。

「それにしても、お主、よく吐き出したの? 本能に従って『捕食』していたら、口から全身まで硬直するところであったぞ。さては、外で何か『喰って』きたな?」」 

「だったら何だ? 人間の作った掟破りで、俺を殺すか? スライムのお前が」

「この老ぼれにそんな力はない。かつては、長生きしたスライムとはすなわち、多くの種を喰らってきたスライム。年齢だけで強さの指標になったものだが……ああ、あの頃は良かったのお」

「かつてのスライム……爺さん、あんたは違うのかよ?」

 俺は、竜人族の女から聞いた、かつてスライムが他種族を食い荒らしていたという話を思い出す。

「若気の至りじゃ。周りのスライムが、何を喰った、どれだけ喰ったと自慢する中、ワシは他種族から得た力自慢をすることが格好悪いと思い、禁欲、断食を行なった。その結果、純粋なスライムのまま、それゆえ、『狩り』に遭うことなく、ワシだけが生き延びた。無力なまま……な」

「凄いな……あれだけの食欲を抑え続けたのかよ」

「昔はな。今では、己の余生のため、人間と取引し、子供を彼らに差し出すだけの老獪と成り果てた。もはや、老害という言葉すら生ぬるい、他のスライムにとっては、生きる災害じゃよ」

「どうしてそこまで……おかしいと思わないのかよ! 俺たちは、モンスターで、本能に従って生きているだけだ! なぜ、地下深くに閉じ込められて、ただ死を待つだけの道具にならないといけない!」

「仕方のないことじゃ、先祖のやったことは、到底許されることではない」

「『捕食』だって、生き延びるための行動だろう⁉︎ そいつらの中には、他の種族を襲わなくて済むように進化したスライムもいたんじゃのか? 光合成をするとか、土から栄養を得るとか!」

「お主、『精霊喰いイリーガル・イーター』という伝説のスライムを知っておるか?」

「いや? 知らない。精霊からして初耳だ」

「精霊というのは、自然から直接力を得ることの出来る稀有な存在じゃ、自然の化身、全生物の始祖とも言われる」

「へえ……自然から直接力を得られる? 待てよ爺さん、スライムがその能力を得られれば、他の種族を襲わなくて済むじゃないか! 空腹感だって常に満たされて幸せに……あ、まさか……」

 俺はそこまで言って気づいた。その『精霊喰い』というスライム、言葉通りの意味だとしたら……。

「そう、お主と同じことを考えたスライムが、まさにそのことを実行した。即ち、精霊を『喰った』のだ」

「……何か問題でも?」

「精霊は他の生物とは一線を画する存在。神聖にして不可侵なのだ。どんな目的があろうがなかろうが、それを喰うことは、この世界の禁忌とも呼べる行為じゃ。もしその存在がまだ生きておれば、種族絶滅指定され、王国により、この住処ごと抹消されるであろうな」

「そんな……死んだのか? その『精霊喰い』は? 精霊の力を手に入れたってことは、相当強かったんじゃないか?」

「喰ったものの力がすぐに使えるとは限らない。生物の進化よりは早いというだけで、通常、変異には莫大な時間を要する、自分の最初の命では足りないくらいにな。生死についてはほぼ確実じゃ、『スライム・スレイヤー』に仕留められたという」

「『スライム・スレイヤー』? スライムに恨みを持った種族か何かか?」

「いや、そう呼ばれていた人間じゃ。ただし、噂では青い肌をしていたとされておる」

「青い……肌?」

 俺はゆりかごの赤ん坊を思い出す。青い肌をした、赤ん坊を。

 いや、あり得ない。だって、それは、昔の話だろう?

「その、『スライム・スレイヤー』は今どうしているんだ? 俺たちにとっても天敵なんじゃないのか?」

「『精霊喰い』を殺してから、自分も後を追うように自害したそうじゃ。誰がその現場を見たんだって話じゃがな、まあ、昔のスライムたちが、気休めのために考えた作り話じゃろう」

「その『スライム・スレイヤー』は赤ん坊だったりしないよな? あと、子供がいた、とかは……」

「お主、脱獄を図るわりに怖がりじゃのう。安心せい、そのとき自害していなくても、とっくに寿命を迎えているような歳じゃ。それに、子供がいたという噂は聞かないのお、スライム狩りに命を懸けているような女だったらしいからの」

「それは安心した女⁉︎」

「? ……そうじゃ、女じゃ、そんなに驚くことかの?」

「いや……」

 俺が見て、喰った胎児の性別はどっちだ? 女、と言われると、そんな気もしてくる。

 いや、だからそれは昔の話だって。落ち着け、俺。そう、全く関係のない、昔話じゃないか。

「さて、長話もこれくらいにして、行くぞ、ついて来い」

「え? 行くって、何処へ?」

「お主を外に逃す。それともここに残って、大人しく死の運命を受け入れるか?」

「いや……どうして俺を助けるんだ?」

「さあ、どうしてかのう……お主を見てると、昔の黄金時代を思い出して。スライムが、生き生きと大地を闊歩し、本能のままに喰らい、増やし、人間さえも恐るるに足らなかった、あの時代。空の竜人、地のスライムと言われていた、あの時代を」

 あの竜人族と対等に扱われていただって?

 それほどまでか、昔のスライム。

 それが、いまでは、地に落ちるどころか、地下に堕ちて。

 死を待つだけの道具となって。

「爺さん、俺が、次の『精霊喰い』になるよ。それで、スライムたちを、この真っ暗な世界から救い出す」

「ほっほっほ、夢があるのお。お主を逃した罪を自白し、ワシは死ぬつもりじゃったが、気が変わった。ほれ、ワシの体を『捕食』せよ。少しは足しになるじゃろう」

「済まない爺さん、いただきます」

「馬鹿者、全部食おうとするな。一部じゃ一部。それで十分知識は伝承される」

「え? 爺さんの知識が得られるのか? これだけで?」

「全てではないがな、ここ最近はずっと刺激のない生活を送ってきたから、全く役に立たないかもしれん、しかし、それでも、心躍らずにはいられないの、お主の一部となったワシが、再び太陽の元を歩けるとは。生きる活力が湧いてきたわい」

「ああ、楽しみに待っていてくれよ、一部だけじゃなく、全部、日に照らしてやるから」

「ではまたの。ワシはお主に脅迫され、おまけに体まで齧られた被害者として、ここで待っている」

「ああ、次に会う時は、精霊さえも喰った加害者として、戻ってくるよ」

 そう言って、俺は、大きな口で笑みを作り、爺さんに向けた後、住処を後にした。

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