侵入、泣訴、あわや駆除

 勇者パーティーは、日が暮れた頃に馬車に戻り、真っ直ぐ王国へと帰る。

 次に馬車が止まった時には、日は沈み、辺りは閑散としていた。

 俺は、周りに人が居なくなったのを確認し、荷台の裏から剥がれ降りる。

 スライムの体は、ある程度の粘着力も持つと、初めて知った。

 便利だ。汚れるけど。


 勇者パーティーと共に王国内を凱旋して分かったことがいくつかある。

 勇者パーティーの人望が熱い。国民からは英雄扱いで、黄色い声援が飛び交い、握手を求める者もいるほどだった。

 スライムの扱いがひどい。アイテムショップには、生け捕りにされたスライムが値札と一緒に『ちょっとしたレベル上げに』などと書かれて、売られていた。武器屋には、『試し切りにどうぞ』などと書かれた看板とともに、台に縛り付けられたスライムが並べれていた。

 誰かに見つかった場合、最低でも、ペットとして持ち帰り、育てられることはなさそうだった。最悪、ペットの餌になる。

 この国でのスライムの扱いは、生物未満、奴隷以下、道具そのものだった。


********************


 俺は馬車の停泊所から人通りの少ない通りを通り。かくして、身を隠すのに最適な場所を見つけた。

 教会だ。

 さらに、その中に、電話ボックスほどの大きさの箱を見つけた。

 棚のようだが、中身は空である。

 これの用途は分からない。しかし、この暗い中、この狭さ、黒いカーテンまで付いている。身を隠すにはうってつけだった。

 俺は迷わずカーテンの隙間から中に入り込み、ちょうど良い高さの台の上でひと段落する。


 はたして、この国に、俺が人間に戻る手助けをしてくれる、物好きの者はいるだろうか。

 そもそも、人間の姿に戻る手立ては、存在するのだろうか。

 まずは、知らなければいけない。この国のこと、そして、自分の体のこと。

 こんなことなら、スライムの生態について、生前にもっと調べておくべきだった。

 しかし、誰が予想できるだろう? 

 転生したら、スライムになるなんて。


 その時、人の気配を感じ取った。真正面だ。自分と同じように、向かいの箱に入り込んだ者がいるのだ。

 何者だ? ホームレスか何かか?

 俺は息を潜め、気配を消す。

 しばらくの静寂の中、向こうから声が聞こえてきた。

「大丈夫、焦ることはありません、自分のお好きなタイミンングで始めててください」

「……は?」

「おや? 貴方はここに罪の告白をしにきたのではないのですか? 浮浪者の類ですか? だとしても、いいえ、だからこそ、懺悔なさい。それだけでも気分が楽になり、明日への希望が開かれるでしょう」

 思わず漏れ出た声を抑え、俺は今さらながら気づく。

 ここは、神父に罪を告白し、赦しを乞う、いわゆる懺悔室という場所だ!

 まさか神父も、殺される運命にあるスライムが、窮状を訴えに来るとは思わなかっただろう。

 どうする? このまま黙秘を決め込むか、それとも、素直に、現状を曝け伝えるか。

 しかしどうやって伝える? 

 姿を晒す? いや、神父は、そんな行動に出た俺を、相談者だと認識することないだろう。

 声さえ出せれば、このまま相談できるのに……。

 ってあれ? そういえばさっき、神父からの反応がなかったか?

「あの、突拍子もない話ですが、聞いて頂けますか?」

「誰にも出来ない相談をするのがこの場所で、どんな話でも真摯に受け止めるのが私の仕事です。どうぞ、好きなだけ、好きなように、述べるのです」

 言葉が発せる! しかも通じる!

 なぜ? どうやって? 

 いや、そんなことはどうだっていい!

 最高の幸運だ。まさか、こんなに早く協力者が見つかるなんて。

 ありがたい、心置きなく話させて貰おう。

「実は私はスライムの形をした人間なのです。どういうわけか、前世からこの姿に転生してしまったようです。他のスライムと一緒に野原を飛び回っていたところ、勇者パーティーに襲われ、命からがら逃げ出して来ました。このままでは命がないと思い、危険を冒してまで王国に潜入しました。神父さま、私が元の人間の姿に戻れるよう、どうかお力添えして頂けませんか?」

 神父からの返事がない。ただのしかばねのようだ。

 それもそうだ、急にこんな相談をされて、すぐに最適解を出せるはずもない。

 きっと、今頃神父は、持てる知識を総動員して、俺を助ける手段を考えているに違いない。

 

 それから長らくの沈黙を破り、神父は選び抜いたであろう言葉を発する。

「ええと……迷える子羊よ、其方の名前は何と言う?」

「名前……は」

 思い出せない。生前なんて名乗ってたんだ? 

 ダメだ、偽名でもなんでも良いから早く名乗らないと、頭のおかしい人間だと思われ、相手にされなくなってしまう。

「ス、『スロボロウ』です」

「スロボロウよ……其方が辛い経験をしたことはよく分かった」

 どうやら上手くいったようだ。

 名前の由来は、スライムの体を借りているからスライム・ボロウ、それだと長いからスラボロウ、語呂が悪いからスロボロウとした。

 さて、どうすれば俺は人間に戻れる? 

 俺は、神父の言葉に、耳を傾けた。物理的(生物学的?)にも。

「人は誰しも信じられないような悪夢を経験するものです。それらは大抵、心の底に眠る、恐怖や、憎しみ、不平不安が、姿を変えて現れたものなのです」

「はあ」

 よく分からないが、精神分析の一手法である、夢診断見みたいなものか?

「しかし、どれほど実体を伴っているように思えても、それらは虚構に過ぎない、そう、全ては其方の頭が生み出した妄想に過ぎないのです」

 何だって? そんな馬鹿な話があるか。

 俺は……実は人間の姿の人間だったと言うのか⁉︎

 思えば、転生してから、これまで一度も自分の姿を見たことがない。つまり、観測していない。

 シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーのスライムだ。

 きっと勇者パーティーの連中は、モンスターを狩すぎて頭がおかしくなっているに違いない。全く、人の顔を見て、青いとかヘビだとか気持ち悪いだとか、最低だよ、あの女神官。 

 つまり、神父がこの俺を姿を見て、『人間だ』と認識することで、俺の姿が人間だと確定する!

「神父さん、俺、これから貴方に姿を見せたいと思います。本当に人間だって、信じてくれますか?」

「無論だ。どんな姿であっても、其方を人間だと言おう。神に誓って」

「では、セーので部屋から出ましょう、せー……のっ!」

 カーテンを跳ね除け、俺は神父の目の前に飛び出す。

 先に部屋を出ていた、位の高そうな、白髪の神父は、俺の姿を見るや否や目を見開いて、神の下で叫ぶ。

「うわあああああああああ! スライムだああああああああ!」

「はああああああああああ⁉︎ このクソ神父がああああああ!」

 神にも背く背徳行為に、俺は怒りを露わに叫んだ。こうなっては仕方がない。この神父を脅迫してでも身の安全確保する。

 ザッ、と、目の前に何かが落ちた、手のひらサイズのロザリオだ。神父が動揺して落としたのだろうか。

 ではどうして、石の床に刺さっている?

 神父に目を向ける。両手の五指の隙間に銀のロザリオを挟み込み、肘から先を、十字架を描くように交差させていた。

 何、その、構え?

 もしかして、そういうタイプの神父ですか?

「神聖なる教会に踏み込んだ、不遜不浄の化け物よ、生命の最期の輝きをもって、その罪を禊ぎたまえーー『重方形の十字架クローテェ・デル・モンテ』ーー」 

「え? それって死ねってこと……」

 本能的な恐怖を察知し、俺は高跳びし、シャンデリアに着地する。

 下を見れば、八本のロザリオが正八角形を描くように地面に並んで刺さっており、その中心が、黄色く光っていた。

「……! ここまで届くのかよ⁉︎」

 俺はシャンデリアから飛び出し、教会の、天井付近のステンドグラスを突き破って外に逃げる。

 背中に生み出した目はハッキリと見た。

 直前までいた金属製のシャンデリアが、影も形も音もなく、蒸発するのを。

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