転生、自由、そして鏖殺

 どうも、スライムです。

 俺は今、萌々としたのどかな野原で、悠々自適に飛び跳ねています。

 体が弾みでできているかのような、無限の弾性を発揮する動き。

 飛べば水滴、落ちれば円盤になる形。そして、水というには不自然な、半透明の青い色。

 鏡がないので自分の体を見る由もないが、俺の周りを飛び跳ねる、俺に仲間意識を向けてくるスライムたちの容姿が、写し鏡となっている。

 みな一様に同じ体、同じ動き。ということは、俺も例に漏れず、こんな姿になっているのだろう。

 なぜこんなことに。分からない。この国で生まれた気もするし、全く別の世界から来たような気もする。

 しかし、一つ確かなのは、俺は前世は人間、少なくとも、高い知性を有する、汎用人型哺乳動物だったということだ。

 自分の存在を疑うこの思考こそが、実在の、唯一確かな証拠である。と、どこかの哲学者の言葉を引用するまでもなく、俺は、自分の存在を確証する。

「おい、ここはどこだ?」

「あー? ああー」

 周りのスライムに、言葉は通じる。しかし、会話にならない。

 全員(匹?)に話しかけたが、ダメだった。

 スライムには、意思疎通を図れる能力がないのか? それとも、ここにいるスライムたちは、言語を獲得する前の、生まれて間もない個体なのか。

 俺が単なるイレギュラーなのか? 実は、自分を本当は人間だと思い込んでいる、哀れなスライムに過ぎないのか?

 分からない。

 考えても仕方がない上、特にすることもないので、俺はまた飛び跳ねることにした。

 慣れてしまえばこの体、存外に悪くない。バスケットボールをつくように安定して、それでいて、スーパーボールを落としたように軽やかだ。

 ……この世界には、最低でもスライム界には、そんな名前の球体が存在しないことを、切に願う。

 この知識を持っているということは、やはり俺は、人間じゃないか? 人間として体と尊厳を有するべきじゃないか?

「……ん?」

 一際高くまで飛んだ俺は、遠くに、男二人、女二人の四人組を見つけた。

 はいはい、どこかの有名なゲームで見たような、あるいは、後世のファンタジー系作品に、ボコボコになるまで踏襲されたビジュアルだった。

 男その一。金の鎧を着て、剣と盾を装備している。王の命令を受けて馳せ参じた、あれが勇者だろう。

 男その二。動きやすさ重視の簡素な防具を纏い、肩に手斧を担いでいる。大概にして勇者の親友、戦士だ。

 女その一。全身を覆う緑のローブに、馬鹿でかい三角帽子を被り、手には木製の杖を携えている。困った時の何でも屋、魔法使いか。

 女その二。薄手の純白の生地に、青や金の模様の入ったローブ、それに帽子を身につけ、手には金属製の錫杖を握っている。もっと困った時のなんでも(アリ)屋、女……神官?

 彼ら四人が、馬車から離れ、まっすぐこちらに向かってきている。

 どうする? 

 逃げる、当然だ。

 奴ら、殺したそうにこちらを見ていた。

 俺は跳ねるのをやめ、体を限界まで薄く伸ばし、地面と一体化する。

 スライムには、骨や五臓六腑といった固定の器官がないからこそ、できる芸当だ。

 しかし、人間時代の体とのギャップから生じる違和感だけは、払拭できない。

 一番の違和感は、こんな水溜りのような姿になっても、意識は途絶えず、目も鼻も耳もついていなのに、周りの世界を認識できるということだ。

 単細胞生物は、一般には、馬鹿を揶揄する言葉として使われているが、一つの細胞内で生命活動に必要な装置を全て兼ね備えているため、実は生物として非常に優秀だという。

 なるほど、俺は今、身に染みて実感している。というか、体感している。

 基本不定形。器官は、必要に応じて、必要な分だけ、その場で構築できる。

 寝るときは目と耳に当たる器官を分解して、完全なる静寂な漆黒に身を委ねることもできる。発光や騒音に快眠を邪魔される、寝苦しい夜を経験することも、もう二度とないのだ。

 この思考を生み出す脳さえも……分解、できるのだろうか?

 しかし、それだけは怖くて出来ない。これまでの、知識・記憶を失うかもしれないのだ。


 気づけば、勇者パーティーが目前まで迫っていた。

 さっきまで一緒に飛び跳ねていた仲間が、まるで遊び相手でも見つけたように、武装した人間たちに跳ね寄って行く。

 勇者は、そんな敵意のないスライムたちの、可愛らしい動きを見て、微笑み。

「始めるぞ」

 虐殺、鏖殺が始まった。

 勇者は切り、戦士は叩き、魔法使いは燃やし、戦闘力のまるでなさそうな女神官でさえ、錫杖で容赦なく、スライムを殴り飛ばしていた。

「セイナ! 殴るよりも叩き潰した方が確実に倒せるぜ?」

「分かったアギト君、やってみる!」

 戦士の指南通りに、女神官は錫杖を振り下ろす。跳ねた直後のスライムが、地面へと叩きつけられる。

 その体の構成要素と同時に、命を飛び散らせる。

「やった! うまく出来た! アギトくんすごい!」

「へへ、まあ、あいつには敵わねえけどな」

 火炎放射で周囲を薙ぎ払う魔法使いの奥で、勇者が、目にも止まらぬ速さで動き、剣を振り、触れたスライムを粉微塵にする。

「なんか、ブレイズのやつ、いつもより気合入ってねーか?」

「そりゃあもうすぐ大事なクエストだもん。私には、少し緊張しているように見えるな。マジェスティーの魔法も、スライム相手には過剰な火力の気がする」

「お前……よく見てるのな」

「え? そりゃあまあ……ね」

「終わったぞ、二人とも何を話している」

 いつの間にかすぐ近くに来ていた勇者に声をかけられ、セイナという名前の神官は、肩を跳ねさせ、声を上擦らせて返答をする。

「いや! 大したことじゃないの」

「そうか、アギト、これで全部か?」

 そんな様子を気に留めることなく、勇者は、アギトという名の戦士に確認する。

「ああ、ちょっと待て、今気配そ探る……ん、近くに、もう一匹いるな、多分、その辺だ」

 戦士の男は、地面に同化し、微動だにせず潜伏していた俺を、的確に指差した。

 嘘だろ? その脳筋みたいな見た目で、索敵も得意とか卑怯だろ。

 野生のカン、みたいなものか?

「では……」

「ちょっと待て、ブレイズ。少し離れた場所に、でかい気配がある! かなりのレアモンスターだ! 逃げられるぞ!」

 ブレイズという名前の勇者は、剣を下ろし、戦士に振り返る。

「ならばそちらを優先しよう。アギト、マジェスティーそれにセイナ、行くぞ」

 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。

「ねえ、ブレイズ、私、残りのスライム倒して行ってもいい? 少しでも、レベルを上げたいの」

「……俺たちは先に行く、すぐに終わらせろ」

「うん! もちろん」

 女神官がこの場に残り、俺の方へとまっすぐ向かってくる。

「強くならないと……それで、ブレイズに認めてもらうんだ。じゃないと、アギトに頼み込んでパーティーに入れてもらった意味がない」

 まだ姿は見られていないが、あと数歩で、錫杖の射程に入る。 

 どうする?

 このまま隠れることは難しいだろう、逃げても、スライムの足などたかが知れてる。というかそもそも無い。

 生やしたところでキモいスライムになるだけだ。

 戦闘力は言うまでもない。多分、カエルに勝ててヘビに負ける程度。

 どうすれば生き残れる?

 待てよ、キモい? それに ヘビ? 相手は女。

 これなら……見逃してもらえるかもしれない!

「いた! ってうわあ……何これ、青いヘビ? 気持ち悪い……近づくのも嫌だなあ」

 良し、上手くいった。

 俺は体を紐状に変化させ、蛇に擬態した。いくら勇者パーティーのメンバーとはいえ、女は女。躊躇なく蛇を叩き潰すのは難しいだろう。 

 さあ逃げるか、それとも、俺を見逃してくれ。

「でもこの程度のことでへこたれてちゃダメだよね! 頑張れ私! 逃げるな私!」

 そう言って女神官は、錫杖を振り上げた。

 頑張るなよ! 逃げろよ! 俺を倒したところで大した経験値にならないし、お前の頑張りを、誰も見ていないんだぞ! 

 俺は内心そう毒づきつつ、咄嗟に横に跳ぶ。

 逃げ遅れた尻尾の先が、千切られる。痛みごと、体から離れる感覚があった。

「む! しぶとい、でも次はないよ……」

 女神官はすぐさま体を捻り、俺を捕捉する。

 ああ、終わった。

 着地した場所は土が露出し、茂みに逃れることも出来ない。

 再度振り上げられる錫杖を見ながら、俺は、最後の晩餐とばかりに、周囲の土を貪り食った。

 それは、死に直面した際に発現する、スライムの本能的な行動だった。

 それが、結果的に俺の命を繋ぎ止めた。

「うわあ……気持ち悪い! 絶対潰したら破裂するやつじゃん。それはやだなあ、潔癖なブレイズに避けられちゃう、もういいや、倒したことにして合流しようっと」

 砂を取り込んでパンパンに膨らんだ俺から目を逸らし、女神官は立ち去った。

 俺は全ての土を吐き出し、地面に転がった。


 俺は、偶然、死ななかっただけだ。

 もし、勇者パーティーが、他のモンスターに気を取られなかったら? この場に残ったのが、勇者や、戦士や、魔法使いだったら? 女神官が、服の汚れを気にするよりも、レベル上げを優先していたなら?

 死んでいた。多分、次はない。

 このまま、この体のままでいるということは、それだけで、地獄の淵に足を踏み入れているようなものだ。足、無いけど。

 人間の体を取り戻さなければ。


 俺は、そのまま地面を転がって移動し、勇者パーティーの乗り捨てた馬車に忍び込んだ。

 教会が、偉大な賢者か、それとも俺がスライムの形をした人間であると気づき、匿ってくれる者か、誰でもいい。

 俺は、助けを求めに、王国内に向かった。

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