第3章

第48話 森のおうちへ

 ドンドン、ドンドンドン


 誰かがお店のドアを叩いている音がした。


「ちょっと見てくるね。マルルカはメイちゃんのそばにいてあげて」


 オルト兄ぃは私たちにそう言って、1階のお店に下りて行った。

 低い男の人の声がするけど、何を話しているかは聞き取れない。メイちゃんはノックの音でびっくりしたのか泣き声をひそめた。


(メイちゃん、きっとすごく不安なんだろうなぁ……)


「大丈夫だよ! オルト兄ぃがいるからね」


 私は、メイちゃんの横にぴったりとくっついて座って、メイちゃんの頭をそっと抱いた。


 少しして、オルト兄ぃが私たちのところに戻ってきた。


「教会の神父さんだったよ。窓が開いていたから、メイちゃんの様子を見に来てくれたみたいだ」


「神父さんって、役場に行ったとき、メイちゃんのことを審問官さんから隠そうとしてくれた人だよね?」


「そうだったね。街はいま混乱しているから、メイちゃんは少し街から離れたほうがいいって、神父さんが言ってた。

 行くところがないのなら、メイちゃんに教会でしばらく過ごしてもらおうかと思ったみたいだよ。

 よかったら、街が落ち着くまで僕たちのうちに来ない? 今の季節は、森のほうがずっと涼しいし過ごしやすいしね!」


「メイちゃんおいでよ! 王都にいるお兄さんのところに行くことにしても、少し気持ちを落ち着けてからのほうがいいと思う……。

 うちでのんびりしたらいい。森は気持ちがいいよ!

 それに、お兄さんはまだ何も知らないのでしょう? 手紙をまだ出していないんじゃない?」


「あたし…… なんにも考えてなかった……

 教会よりマルルカちゃんのおうちがいいな。行ってもいいの?」


 目を真っ赤に泣き腫らして途方に暮れているメイちゃんを見ていると、背丈は同じくらいでも2つお姉さんの私がしっかりしなくっちゃ! って思う。


「いいよぉ! オルト兄ぃがおいしいごはんを作ってくれる。

 私が、代わりにお手紙を書こうか? メイちゃんはオルト兄ぃといっしょに、少しおうちを離れる準備をしたらいいよ。オルト兄ぃがなんでもしてくれる!」


「僕って、マルルカの召使いなの? まぁ、執事だったか……

 手紙を書いたら、東の門に持っていったらいいよ。王都へ行く人がいるかもしれないし、門番さんが王都方面にいく商人に手紙を託してくれるよ」


 オルト兄ぃは、ちょっと苦笑いしてた。


 私は手紙を書いてメイちゃんにその内容を確認してもらった。スーおばさんが亡くなったことと、しばらく森のおうちにいること、それからお兄さんの住む王都にいくかもしれないことを書いたけど、読んでいるうちにメイちゃんは、泣きだしてしまった。

 おかあさんが亡くなったことを文字で見るのもつらいよね・・・・・・



 手紙や書状は、使用人や召使を雇っているような人なら命令することもできるけど、普通の人たちは、街を出る人や商人に手紙を託す。街の門番に手紙を渡すのが一番安心で、門番は信頼できる商人に手紙を運んでもらうようにお願いしてくれる。


 依頼料を払えば、街を行き来する商人は手紙を運んでくれる。手紙を送りたい場所に行く商人がいなくても、到着した先の街の門番に手紙を渡してくれる。

 時間はかかるけれど、商人の人たちが行き来する街に住んでいる人には手紙を届けることができる。街を守ってくれる門番の人たちは、手紙のやりとりもしてくれるのだ。ただ、依頼料はそんなに安くはないから、手紙は大事なことを伝えたりするときに書くものだった。それと、商人があまりいかないような場所に手紙を届けるのは、すごく難しい。断られるか、ものすごく高い依頼料がかかったりする。


 私は手紙を書き終えると、東の門まで急いで手紙を持って行った。王都までは5日間くらいはかかる。手紙が届くのはもっとかかる。


 東門からもどってくると、メイちゃんの準備はできていた。



 森のおうちに帰る前に、私たちは教会へと向かった。神父さんにあいさつをして、メイちゃんが森のおうちでしばらく暮らすことを伝えるためだ。


「それがいいでしょう。審問官様は御使いみつかい様のことを報告するために、王都の教会に行きました。報告を受けた教会の人たちがやってくるでしょうから、その間、メイちゃんは街にいないほうがいいでしょう。

 私には何の力もありませんが、私のできる限りでメイちゃんを守りますから」


 神父様は少し寂しそうに笑って、メイちゃんを見つめていた。


 神父様はオルト兄ぃに話があるらしく、神父様のお部屋へ案内されていた。その間、私とメイちゃんは教会の中で待っていることになった。


 外は、少し日が傾いたとはいえ、まだ暑い。

 教会の中は少し薄暗くて、外よりずっと涼しかった。ステンドグラスが外の日の光を和らげてくれている。

 ステンドグラスに描かれているのは一重の蔓薔薇。

 それをモチーフに放射状に広がっている円形の薔薇窓が、祭壇に光を投げかけていた。

 祭壇にある薔薇窓をずっと見ていると、心が落ち着いてくる。


 セリス教では、神様の絵を描いたり形作ったりすることを禁じている。絵や偶像は神様じゃないからだ。それに祈りを捧げたりすることは、人が作った神様じゃないものに祈ることになるから……


 それはヤービスのエクレシア教会と同じだ。エクレシア教会には、神様の名前もない。アル兄様やオルト兄ぃが詳しいだろうから、そのうち教えてもらおう。



 オルト兄ぃが戻ってくるまで、メイちゃんと私はおしゃべりもしないで、祭壇の薔薇窓をぼーっと見ていた。


「少し待たせちゃったね。でも日もだいぶ落ちてきたから、歩くにはいいかもね。日が落ちないうちに森のおうちに帰ろう」


 オルト兄ぃと神父様のお話は終わったみたいだ。


 早く森のおうちに着けるように、少しでも早くブリドニクの街から離れられるように、私たちは、ほとんど言葉も交わすことなく歩いた。


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