第21話 レーサーの処刑

 執行シャ警察ルフに促され大型車両は執行シャ警察ルフのマシンと繋ぐ架け橋を受け取っている。執行シャ警察ルフのガジェットには、マシンを空中で固定できるワイヤーつきの電磁石がある。


 そこに折りたたみ式の板がかけられ、橋ができる。大型車両の運転席に執行シャ警察ルフが乗り込む。運転手を拘束して出て来た。運転手は、あのレースにも参加していたレーサーの一人だ。助けるか? 


 マルコなら当然突っ込んでいくだろう。レーサーに悪い奴はダニー・モーレイ以外にいないという考えの下にだ。だが、俺はただ呆けたように見ている。スモッグで歪んだホールの空に青いランプが酩酊している。


 マルコを殺したのはUコードシステム。アンヌ・フローラ。じゃあ、執行シャ警察ルフも標的か。


 拳を握っていた。ただ明確な対象が俺には鈍っていると、客観的に思えた。執行シャ警察ルフは顔をマスクで覆っている。あいつらに個性なんてない、撃ち殺してもただのチェスの駒にすぎないのだ。


 俺の憎悪はシステムにある。だが、システムなんてどうやって憎めばいいんだ。俺はアンヌ・フローラにだって会ったことがない。テレビで見るだけだ。


 なら、俺はこの執行シャ警察ルフも何もかも全てひっくるめて憎むべきだ。ただ、悔しかった。


 今この瞬間だってマルコは傍にいない。相談するにも、止めてくれる人間も、全てがマルコだった。


 イザークなら、俺を笑うだろう。だが、それでいてイザークは憧れの人のままだ。俺の内面が冷たい炎で焼かれていようとイザークは気にしない。マルコなら、全部分かってくれる。イザークに憧れる俺を止めたりもしたが、それでもマルコは俺の革命への憧れそのものを否定はしない。


 いつしか、執行シャ警察ルフに捕まった人間がどうなるのかとざわめいた野次馬が集まっていた。


 レーサーは、電子手錠をかけられ、わざわざ野次馬の見える方向へと向きを変えられた。


 執行シャ警察ルフは二人でレーサーを挟むように橋に立った。超高圧水弾ウォータージェットのノズルで男の背を小突いて、橋にひざまずかせる。そのまま落とすだけでも怪我は免れない高さだ。


 レーサーが何かを察したのか執行シャ警察ルフを横目でちらりと見やり自分の車両に近い執行シャ警察ルフの脇を抜けようと立ち上がる。その瞬間、反対の執行シャ警察ルフが男の首根っこをつかむ。


 シャツの伸びる音が聞こえた気がした。レーサーは上着が剥がされるのも構わず負けじと執行シャ警察ルフに食い下がる。が、ノズルで顎を脳天へ殴打。そのがらんどうな胴への突き。倒れる男を羽交い絞めにした反対側の執行シャ警察ルフが、任務を遂行せよと頷く。


 レーサーの悟った声が断末魔に変わる。執行シャ警察ルフは超高圧水弾ウォータージェットのノズルを男の口に突き刺し、喉まで押し込むと、トリガーを引いた。


 喉から血を押し破って水が吹き出る。弾けた水はただの水で、目を剥いたレーサーの服を濡らすだけだが、垂直に正されたジェットは男の胃袋も貫通して、胃液のような黄色い液体も撒き散らす。


 それだけじゃ飽き足らず、容赦なくノズルから噴出される水は大きな槍のごとく男の腹まで到達した。口に入りきらなかった水と逆流する血液。飛び散る歯や歯茎の血肉。男の顔から表情が消えてからは身体は人形のようにジェットに揺られている。


 あごに空いた穴が広がり、引き抜かれたノズルが男の口から去り際、下あごを吹き飛ばして処刑は終わった。


「レーサーは反逆者に然り」


 執行シャ警察ルフの電子音声がそう告げた。執行シャ警察ルフは、逆恨みなどで個人を特定できないよう、全員同じ合成音声でスピーカーから声を出す。


 やりやがった。革命グループでなくても公開処刑に踏み切った。レーサーなら誰でも殺すつもりだ。


「アンヌ・フローラ最高司令官総長の権限により抜き打ちのエリア隔離調査を行う」


「このホールにはレーサーのダニエル・ディールスもいるはずである。見かけたものは執行シャ警察ルフに通報を」


 執行シャ警察ルフはこの一組だけではなかったのか。エリア隔離調査は一つのホールを隔離して複数の執行シャ警察ルフが行う。このホールはすでに封鎖されたと考えるべきだろう。何故これだけ的確に居場所が知られたのか。とにかく、ここをすぐに離れなければ。踵を返した勢いで思わぬ人物にぶつかった。ダニー・モーレイだ。

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