第三話「思い出にドリル」
「お前何だよ」
「まあお前らの言うところ、妖怪になるな。
人間が名付けた名前とかよく知られたタイプじゃない、俺は俺だ。
人間界に姿見せるのは初めてなんでな」
ドリルはゆっくり立ち上がる。
小柄な全身からカチャカチャと乾いた木材が溢れる音が響き渡った。
「あのお方の指示であんたはここに閉じ込めておく。
何をしてもあんたは出れないし、隣の幽霊姉ちゃんの力でも無理だからな」
「・・・あのお方って誰だよ」
「けけけ、あんたがよく知ってるお方だよ。また明日ここに来るからな」
そう言うとドリルは瞬間的に渦を巻いて姿を消した。
「あれ、何なんだ?」
浩人は呆けた。
ドリルと名乗ったそれは、明らかに生きている雰囲気を出していなかった。
木と木が擦れ合う独特の渇いた音、顔はピエロだが布地のような見た目で目にしただけで温度というのが感じられない。
「名乗ったの初めてだけど、あいつは妖怪。
あんなのでも普通の人間には太刀打ち出来ないよ」
カナメが答える。声が冷ややかだった。
「悪戯好きって自称してるけど、本当に悪戯好きならどんなに良かったか・・・。
あいつのせいでここに閉じ込められた人達なんて、生きて帰れなかったんだから」
カナメの言葉に、浩人は血の気が一気に引くのを感じた。
ドリルは確かに、俺が閉じ込めたと言った。
そのドリルに閉じ込められたとなると、俺は生きてかえれるのか?
「大丈夫、明日頼りになるのが来てくれるから。ランクで言えばあいつよりは上よ」
「・・・その頼りになるのって、やっぱ人間じゃないよな?」
「うん、妖怪だけど何故か人間には好意的だよ。
浩人の話したら、明日来てくれるって。
ヤツに対抗する準備するのにどうしても今すぐには無理って言ってた」
まだ味方がいる事に少し安心するが、浩人はどうにも落ち着かなかった。
夜が明けた。
朝方になるとドリルら妖怪は日光のせいで行動が出来なくなるそうだが、脱出出来ないか確認しに、浩人は部屋を出て団地の前の車道に出た。
ちょうど公道との境目になるが、どうやら目に見えない障壁が本当に存在しているようだった。触れても特に痛みを与えられたり何かしらダメージを被ったりする事はなかったものの、目に見えない壁があって、物を使ってぶつけてもヒビすら入らなかった。
前日に買い出しを多めにきて良かったと安堵するも、今後ここから出る事は出来ないのには変わりない。
脱出は無駄だと悟り、ここは呑気に故郷巡りする事にした。
かつて三百世帯近くもここに住んでいたとは思えない程の荒廃ぶりだった。
まだ二、三年前まで人が住んでいた事もあり、除草などのメンテナンスは最近までされていたようだが、本当に生活音が聞こえない。
鳥の声や、遠くから車が走ったりする音は聞こえるものの、各部屋にカーテンがなく空っぽなのが遠目でもわかった。
かつてここに住み、育ち、旅立った。不思議な雰囲気だった。
浩人は公園に立ち寄った。
団地が落成した当初から存在した公園だったが、浩人が十歳の時に造成し直され、ストレッチベンチが三基あるだけのただの広場となっていた。
古永が言うには、どうやらこの公園は残されるらしい。
「私の知ってる風景がもうなくなるのね」
付き添いしていたカナメが寂しそうに言った。
ただ、自身が空中でフワフワして変にはしゃいでいたので、言葉と態度が微妙に噛み合っていなかった。
「時代の流れだろうよ。こんなに手狭だと誰も借りないし、耐震の問題で建て直ししなきゃとも言ってたぞ」
浩人はカナメに答えるが、浩人もカナメと同じく、感傷に浸っている口だった。
「ここがなくなったら、アンタどうするつもりだよ?」
浩人が呟く。自然に出た疑問だった。
ここに居続ける理由は何なのだろう?
「呪いで縛られてるって言うのもあるけど、家族を待ってるかな。
妹だけど、もし元気なら結婚しててもおかしくないけど」
カナメの答えに浩人は面食らった。
昨日から驚きの連続だったが、呪いで縛られてると言うのは相当に衝撃だが、家族の存在を口にされた事で随分と緩和された。
「二歳下で、ちょっと気が強かったけど、今どうしてるかな」
二人は団地の北西、外れに足を進めた。
ここは、浩人が望んで向かっていた。
浩人の居る棟と違い、住宅が少し建ち並んでいるのを除けば、田んぼが広がる田園風景が広がっている。
「ここは何があるの?」
カナメが聞くが、浩人は少し赤面した。どうやら恥ずかしいらしい。
「初恋のコだったりして?」
「う、うるせえ!」
カナメの弄りに浩人は声を張り上げた。
浩人は、その田園風景が見える、眺望の良い棟に思い入れがあると話した。
そこの三階に浩人の初恋の同級生が住んでいた。
シングルマザーの家庭で少し苦労していたようだが、活発で、そんな苦境を感じさせない大人びた雰囲気だったのに恋心を抱いた記憶があった。
今はどうしてるのかは知らない。
確か氷魚野涼子と言う名前だったか。
「まあ、ガキの頃の良き思い出、てなだけだよ」
浩人は誤魔化して足速に立ち去った。
更に歩いた二人は、不思議な場所に居た。
今度は南西の方角、古い団地と新しい団地が並び立った場所である。
朝方に来た公園が造り直されて以来、団地に住む子供達の遊び場はこの新旧団地の間にあるアスレチック公園が専らの遊び場になっていた。年代が色々入り混じり、携帯ゲーム機を持って来たり、機械仕掛けのヨーヨーを振り回したり、ローラーブリーダーで滑り回ったりなど、本当の意味で子供の遊び場だったが、ここも今は誰もいない。
何が不思議なのか。
障壁の位置があやふやなのだ。
どこでその壁に当たるのかまるで検討がつかず、浩人は抜け道がないかアスレチックの中に潜り込んだりしたが、アスレチックの中で障壁に頭をぶつけたのだ。
抜け穴が見当たらない。
「あいつの事だから、そんなに適当な事していないと思うよ」
カナメの嗜めに、浩人は流石に肩を落とした。
一日かけて団地一帯を巡ったが、やはりただの故郷巡りで終わった。
抜け穴はもちろんながらどこにも無く、団地内にももちろん誰もいない。
ただよく分からないのは、団地の敷地外にいる通行人や車は、浩人を認識していないようだ。
取り壊し決定の公共団地に誰かが住んでいよう者なら誰かしら立ち止まってヒソヒソ話しそうな案件であってもおかしくない。
しかし、誰も団地に目を配らないどころか存在を無視している、否、団地の中の事に気付いていないようである。
カナメが言うには、障壁によって外部からは都合良く人が居るか見えないようになっているらしく、外部から助けを求める事も出来ないとの事。
外部から助けて貰うと言う手段すらも潰された。
文字通りの陸の孤島になっていた。
「じゃあ、私これからあの人迎えに行って来るから、何があってもこの部屋から出ないようにしてね」
カナメに念を押された。
「部屋にいてれば安全なのな?」
「私の力なら、ドリルぐらいのレベルなら入って来れないよ。
ヤツは難しいと思うけど、まだ動く気配がないから、私が戻って来るまでは大丈夫だと思う」
そう言われても、どうにも安心出来ない。
ドリルで俺が太刀打ち出来ないなら、ヤツはどれぐらいのレベルなのか。
全く想像出来ない。随分面倒な事になった。
「わかった、暇潰しの動画編集でもしてるよ」
カナメが発って二、三時間は経ったろうか。
浩人は動画編集すらも終えてしまって、暇を持て余していた。
食事も風呂も済ませてしまい、本当にする事がなくなった。
かと言って今寝てヤツがまた夢に出て来られてもそれもそれで面倒臭い。
と考えつつも、浩人は今度は部屋の細かいところに目配せをし、更に物思いに耽った。よく考えたら、この間取りによく家族五人も住んでいたものだ。
押入れを一時期、ベッドのようにして姉が寝ていた時期もあったが、ブラウン管のテレビの音が下から響いて寝れないとの事で元の押入れに戻った。
南側の部屋は、大型の衣装箪笥と本棚が壁を埋め尽くし、その限られたスペースに布団を敷いて父と寝ていた。
台所も、普通なら一戸建てに置くと十分に活用されるサイズのダイニングテーブルを僅か四畳程度のキッチンに無理矢理置いていたので、飯時も犇めき合っていた。
風呂も風呂で、今時のボタン一押しで済む代物ではなく、触ったら火傷するような煙突が付いた風呂釜である。
全てが古いが、全てが懐かしかった。
部屋にはもう何もないが、今はここに何が置いていたのかはっきりと思い出せていた。
「よくこんな狭い中で五人も住めたな」
浩人は呟いた。すると、
「不思議と来客はいただろ?こんな狭い中に」
軽薄な声が聞こえた。ドリルだった。
「あのお方が少し話したいと仰ってたから、来てもらったぜ」
ドリルの答えに、浩人は緊張した。
ヤツが?夢にしか出て来なかったヤツが?
「おい、ソイツは俺の夢にしか出て来なかったから、そもそも存在するかどうか怪しいだろ」
「ケケケケケ!そんな信じられない存在するか分からないのが今いらっしゃるんだなこれが!ほれ!」
ドリルの合図と共に、部屋の灯りが一斉に落ち、常備灯だけになった。
「は?どう言う事だよ、これLEDだから常備灯とかないぞ!?」
浩人は照明のリモコンを雑に握り、何度もスイッチをONにしようとするが、何度押しても切り替わらない。だが、
「ち!あの悪霊のなり損ない、変な結界貼って行きやがったな、残念だがあのお方は入る事が出来ねえ」
どうやらカナメが施した何かが発動したのだろうか、ヤツは入って来れないようだ。だが、
「だがどうしてもアンタには会ってもらうぜ!」
ドリルの声と共に、浩人の意識が強制的に暗転した。
どれぐらい時間が経っただろうか、目を覚ました浩人は外にいた。
浩人の部屋のある六号棟のバルコニー側、駐輪場の前で寝転がっていた。
「何だ・・・?」
浩人は呻いた。
殴られたわけでもないのに頭痛がして、立ち上がるのも億劫だった。
視界がハッキリしてくる。しかし、
「どうもあのお方が姿をお見せするのに今日は無理なようだが、昨日以上のご挨拶はさせて貰うぜ」
駐輪場の屋根の上にドリルがいた。
全身をカチャカチャと音を立てながら、手にククリナイフを持っていた。
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