第一話「廃墟に入居」

九月九日 若永団地六号棟一二三号室


 一ノ瀬浩人は新居に越して来た。新居とは言っても、誰一人として住んでいない団地にである。

 理由は、幼少期に悩まされた悪夢が、大人になって再び見るようになってしまったからである。

 住宅公社には、動画撮影の体裁で無理を言い、旧知の仲である古永の尽力もあり、一ヶ月限定の条件で入居出来た。

 実際に浩人は、動画投稿サイトで配信収入を得ており、数十万再生も得た知名度もあって可能となった事である。

 しかし、当然ながら撮影がメインではない。確かに撮影はしなければいけないが。


 入居した部屋は、かつて自身が十年以上前に住んでいた生家とも言える場所だった。当時の記憶を思い返しても、家具が全くない分印象が随分変わっていたが、柱などに幼かった自分がつけたであろう引っ掻き傷などが残っており、局所では懐かしさを感じれた。


 きっかけとなったのは、その夢である。

 幼少期にずっと現れ続けていて、嫌でも忘れる事が出来ない。

 それは、血に塗れた包帯を全身に巻いた、身長二メートルはあろうかという男。

 男なのだろうか、人間とは思えないオーラも感じ取れた。


 最初に現れたヤツは、どこか知らない家の廊下にて、そいつと強制対面させられると言う、シチュエーションもよく分からない状況。幼かった浩人には、とにかく怖かった記憶しかなかった。

 そいつは、包帯の隙間から真っ赤な血をドロっと垂らしており、包帯は辛うじて白かったと思える程血濡れている。

 どうやら皮膚がないのだろうか、目蓋に違和感があったのを覚えている。

 思い返せば、あれは目蓋がほぼなくなっていて、目が閉じないのだろう。

 唇はあった。何故覚えていたのか、異様な釣り上がりを見せた笑みだったからだ。


 それが最初の夢。


 この次は、強制対面させられた家と同じ場所で、今回は一人ではなく、何故か西洋人の、自分と同じ年頃の子供達が七、八人いた。

 リビングで遊んでいたであろう時に、誰かの親らしき大人の叫び声で、浩人を含めた全員がリビングの先の廊下を見る。

 そこは強制対面させられた廊下。

 そこにヤツがいた。

 これに全員が一斉に、何故か二階へ避難する。

 この時はここで目が覚めた。


 何度かこの夢を繰り返し見、気付けばヤツが現れてから半年は経っただろうか。

 夢の中とは言え、遂にヤツは自分の自宅にまでも現れた。


 ちょうど今いる北側、四畳半の部屋。仏壇とアップライトピアノが置かれ、実質三畳もない広さに座卓テーブルが置かれていて、その中で浩人は隠れていた。

 父、母、姉に隠れるようにと言われたからだ。

 テーブルに隠れると、何故か部屋の照明が常備灯になり、不気味な暗い暖色となった。同時に周囲の音が何も聞こえなくなった。

 そして、ヤツがテーブルの下に顔を覗かせて、浩人と視線を合わせてあのネットリとした笑みを浮かべたところで目を覚ました。


 これに飽き足らず何度も夢に現れ、一人で眠ることが出来なくなっていた。

 最後に見た夢は、地元の大型ショッピングセンターの屋上駐車場にて。

 家族と買い物に行った帰りのようで、車に乗り込もうとした際に、二百メートル先に異様に幅が広い戦車のような鉄の塊が鎮座していた。

 中央の砲手用ハッチからヤツが半身を出し、浩人を指さして何か喋っていた。


 ここで目を覚ましたが、この戦車のような物が現れたというチープさに、浩人は肩透かしを食らった。

 今まで苦しめていたけど、最終的にこれ?

 どうにも腑に落ちない気分だったのを覚えていた。


 そう思って以来、夢を見る事はなくなった。

 しかし、二十歳を回ってから、ヤツは再び現れた。大人になってから、ヤツに対して怖い、と言う感情はそこまでなくなったが、ヤツ意外にも、よくわからない不気味なものが複数現れていた。

 どうにもこれには厳しい。夜も寝付けない。


 浩人は配信動画はそこそこ知名度を誇っていた。

 故にこんかの無茶な要望も通りやすかったと、古永に鍵を渡された際に伝えられた。だが、浩人にとっては流石にら動画ネタより悪夢の根源解決が目的だったので、特に気にしていなかった。

 撮影はあくまでおまけである。


 夜、日が沈み出す頃には、周囲は真っ暗で異様な雰囲気を帯びていた。

 いくら今いる部屋が通電しているとは言え、カーテンでも閉めないと不安になりやすい。誰か一緒に来て貰えば良かったか。浩人は少し滅入っていた。


 一ヵ月のみの滞在なので、家電などは布団にPC二台、ネット機器、撮影用カメラ、数日分の着替えとサイコロ型の冷蔵庫にカセットコンロ。

 洗濯に関しては、廃団地より徒歩五分圏内にコインランドリーがある為、その心配はいらなかった。

 食料品も昼間の時点で購入していて最低限は揃っていたが、どうにも落ち着かない。廃団地に一人でいると言うこの異様な状況である。

 まず誰にも経験はないだろう。


 撮影と同時進行に、自身の配信アカウントで生放送を行った。

 解体前提とは言え、解体完了するまでは名前の公開は御法度となっている。役所側にそう釘を刺されている。

 視聴者から物凄く名前や場所の詳細を求められたが、断るのに少し苦労した。

 まあ、これでもいい暇潰しと言うか、変な気分を紛らわす事が出来る。


 配信を終えた頃には少し眠くなりはじめ、そのまま眠る事にした。

 布団に入り、浩人は天井を見つめる。


「この部屋、今見たら意外に広かったんだな」


 浩人は何気なくつぶやく。

 外が余りにも静か過ぎる為、PCで動画サイトの音楽を連続再生させている。

 陽気なポップロックで、普段なら寝付けないが、ここまで静か過ぎるなら逆にちょうど良いだろう。


「・・・久しぶりね」


 声がした。

 浩人は慌てて飛び起きた。

 この部屋はおろか、このエリアには人一人いない。

 まさかいきなりヤツが・・・?


 否、にしては声は女の子?のようだった。そう言えば居たっけな。


「俺は初めまして、かな」


 浩人は、かつて姉と妹が居た三畳間の小部屋に向かう。

 引き戸は撤去されていて部屋には何もない。かつてこの中に、無理矢理詰め込んだような二段ベッドがあり、本棚と座卓テーブルがあり超狭小子供部屋だった。


 そこに、いた。

 十代後半ぐらいの、和装の少女がそこに居た。

 グレーの髪色で、薄紫の和服を着ている。

 一見すると美少女だが、全身が半透明になっている。

 どうやら生きた人間ではないようだ。


「姉貴と妹から、話だけは聞いている。俺はアンタを見れなかったからな」


 少女は懐かしそうに、少しにこやかに微笑んだ。


「お姉さんは元気?」


 少女は問う。そうだろうな、姉とは十年もの付き合いだったそうだから。


「夢叶えて看護師になったのは知ってるよな?まだちゃんと続けてるよ」


 浩人の問いに、少しホッとしたようである。


「俺がここにいる理由、わかってるよな?」


 更なる浩人の問いに、少女の顔から笑みが消えた。


「わかってる。だから、あなたに、私の知ってる事を全て話そうと思って出て来たの。

 私はカナメ。あなたが探している"ソレ"に殺されたの」

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