エクスターナル・ゴッド 《THE CYCLE:Ø》

ぱんのみみ

零章 インターナル・ヒロイック

第1話 インターナル・ヒロイック《 Ⅰ 》

 雄叫びが荒野に響く。

 それはまるで、沸き立つ歓声のようだった。

 響き渡る破裂音。金属の織り成す甲高い悲鳴。


 砂埃が視界を覆い、悲鳴ひとつ漏らせずに人々が倒れていく。砂と岩でできた荒野に点在する砂と血の混ざった泥が足を取る。

 水の代わりに何が混ざってるとも知れぬ汚泥を啜り、時に友の死体を打ち捨てながら、兵士達は行軍していく。


 西方より攻めてきた兵士は旧京都である古都だ。対する軍は東から攻めている帝都の軍勢である。

 どちらの目標もただひとつ。この砂漠化した大地に新設された長野軍部基地だ。


 数年前、第五次食料戦争の折に、当時政治的拠点であった東京でクーデターが発生以来、東西は分断。旧関東圏は軍の支配下に置かれ帝都と名称を改めた。それに対し旧関西圏も古都と名を改め、二つの都市はたびたび激突してきた。


 その末に東西戦線が築かれ、それは十年来維持されてきた。その一端を担っているのがこの長野基地だ。


 帝都の軍の上空。黒い帝都軍のヘリコプターがふらりふらりと雲に隠れながら接近していた。もし帝都軍が自惚れておらず、その正体不明のヘリに警戒をしていたなら何かは変わっていたかもしれない。

 だがそうではなかった。

 古都から仕掛けられた戦だが、その古都は押されていたのだ。それらの誤認、ある種の慢心が帝都の認識を狂わせた。まるでそう、甘美な堕落の毒を啄んだ鳥のように。


「はっ。こう見るとまるで獣の群れが衝突してるみたいだな」


 クツクツと喉を鳴らしながら唇に加えていたシガレット型の精神安定剤を踏み砕く。黒髪のショートカットの少女は愉悦に顔を歪ませる。

 ヘリを運転する部下は不安そうに顔を曇らせた。


「本当に大丈夫なのか!?」

「平気だ。お前は私が降下を始めたらできるだけ早く離脱しろ。私のせいで部下が撃ち落とされたとか笑い話じゃあ済まなくなるからな」

「いや、命あっての金なんでアンタが降りたら高速で旋回しますけど」

「しばらく遊覧してからのがいいぞ。急速旋回をしたら私が帝都の兵士なら撃ち落とす。いくら怠けててもな」

「……それもそうかあ」


 少女兵である獄幻 胡蝶こちょうはヘリの扉を開いた。


 高度千百メートル。眼下に広がる世界はとても全てが馬鹿馬鹿しくなるほどにすべてのスケールが小さい。今の大きさならば握りつぶせそうだ。


「おい、もう少し高度をあげろ。戦闘機の上につけ」

「はあ!? 無茶を言うなよ!」

「無茶なわけあるか。なんのために私自ら血液で魔法刻んでやったと思ってんだよ。活用しろ」


 装甲に血で綴った紋様を叩けば部下の男はため息をついて更に上昇した。あまりの広大な風景に胡蝶は口笛を吹く。


 ……自殺をするにはうってつけだろう。

 だが今日の目的は同じ楽しい楽しい死出の旅路でも自殺ではない。

 これは立派な奇襲だ。胡蝶は戸惑いを一切持たずに一歩、足を踏み出した。見えない空気の塊に足が乗り、下から噴き上げる風に髪が揺れる。


 ゆっくりと旋回し始めたヘリコプターを見送り、下にある幾つかの戦闘機を確認した胡蝶はニヤリ、と笑った。

「よし、んじゃまあ、楽しい楽しい死出の旅路と行きますか」

 指を一つ弾くと同時に彼女を支えていた透明な足場が突然消滅した。


 ――魔法。

 そう呼ばれる力が見つかったのは東西で分断される原因となった人災がきっかけだった。それが存在した証拠はそれ以前から発見されていた。あくまで公になったきっかけがそれだったのだ。


 それは星の力。神々の力。

 科学とは根幹から異なる、人間が扱うには強大すぎる力。


 胡蝶は無数の魔法陣を展開して戦闘機の上に降り立った。


「やっほー、楽しい楽しいお仲間さんたち」

「なっ、貴様は……一体どこから!?」

「あは、空の上からに決まってんだろ」


 腰に携えていた拳銃で防弾ガラスを破壊する。パイロットが必死に連絡したせいでやってきた戦闘機は胡蝶の足元の影から伸びる黒い枝に掴まれて二台で衝突させられた。戦闘機は残り三台だ。できれば後顧の憂いは絶っておきたい。


 黒い枝を伸ばし上空へと移動し始めた戦闘機にぶら下がる。それに気がついた別の機体のエンジンに向かって数発弾丸を放った。うちの一発が見事にヒットしたらしく落下していく。捕まっていた機体をそれに向けて放り投げて胡蝶は最後の一機に飛び乗った。


「ひ……」

「最期の時は楽しく過ごせた? 神への祈りは済ませたか?」

「な、なんで、こんな!!」


 泣き言を言うパイロットに思わず情けない笑みが溢れた。


 ――そう言いたいのは胡蝶も同じだ。

 胡蝶だって言いたい。なんでこんな。こんな風に人を殺さなければならないのか、皆目検討もつかない。それでも。


「でもさ、これが戦争なんだよ」


 黒い水晶でできた枝を足元の影から広げていく。その指先が戦闘機の内部から破裂した。フロントガラスに飛び散った血液が付着し、内部が見えなくなった。

 操縦者を失った機体が崩落していく。

 胡蝶はその側面を蹴り飛ばすと、腰布の影から取り出した水銀のようなもので捕食した。


 飛び散った機体を全て捕食しながら落下する。

「目標補足」

 襟についた小型マイクにそう呟く。

「これより、特攻を開始する」

 彼女はくるりと足を下に体制を変えると、足元に展開した防御壁である魔法陣を自らの手で蹴破った。

「第一層突破!! 問題なしだ!」

『……了解。こちらも目視できた』

 二層目も突破する。


 地上の舞台はまだ誰も気がついていない。

 等間隔に自らが展開した魔法陣のもっとも地上に近い位置に設置したものまで残り五枚。


 魔法で作られた防御壁の仕組みは衝撃の吸収とその反射にある。防御壁の展開により致命傷を防ぐのが目的だ。だが今回彼女が作ったのは違う。小手先で細工を施したものだ。


 兵士長が上空に展開されたその魔法陣に気がつき、目を見開いた。


「全員!! 伏せろ!!」


 その叫びが行き渡るよりも前に、激しい衝撃波が広がり吹き飛ばされた。砂埃が視界を覆い塞いだ。飛び降りてきた胡蝶は魔法陣を破壊すると同時にガーターに挟んであったアイクチを引き抜き手直にいた人間の口を塞ぎ、喉笛を掻き切った。

 砂埃が晴れてくるよりも前に別の人間の口を塞ぎ、喉の刀身を当てながら息を殺す。


 視界が明瞭になると同時に見えてきたのは無数に並んだ銃口だった。


「さすが、帝都の軍人は腐っても戦上手だな」

「そう言う貴様も元帝都軍だろう――元特殊部隊・叢雲ムラクモ


 腰に巻いている濃紺の軍服を見ながら告げられた言葉に胡蝶は笑いそうになった。


 どうやらこの軍人は自分のことをらしい。この腰布だけで出身を判断するのは危険だと言うことすら知らないらしい。


「いかにも。オレは先日離反した特殊部隊・叢雲の団員だ」

「……どれほどお前さんが優れてるとはいえこれじゃあ多勢に無勢だろう?」


 投げられた言葉に耳を疑った。

 多勢に無勢?

 この自分が?


「は、ははは。はははははははは!! オレが! このオレが多勢に無勢? おいおいおいおいおい、まじで言ってんのかよ!! はっ、はははは!!」


 体を丸くして笑いながら胡蝶は顔を上げた。ぎらつく瞳が殺意に満ちていたことに気が付いた兵士の銃の引き金が引かれる。


「“アトゥ”」


 地面を割って伸びた黒水晶のような物質で構成された枝が銃口を串座にする。それだけではない。後方で警戒していた兵士の身体に枝が纏わりつき、拘束している。


「あー、なんだっけなあ、多勢に無勢? これでもまだ言うか?」

「お、前は……!! 黒死の魔女!? 名前持ちネームドの魔法師ッ…………!!」

「抵抗したやつから殺す。大人しく降伏しろ」


 数名が銃をおいて後ろに下がった。彼らを匿うように水銀で覆い隠す。


 必要なのはこの身と最低限の武具。

 アイクチと拳銃さえあれば、弾丸すら必要ない。それが獄幻 胡蝶だ。


「じゃあな。神に祈るのを――忘れるなよ」


 魔力が体内から吹き出る。


 屍の饗宴。鴉の讃美歌。骸達の舞踏会。明日生きるために今日という日を謳歌せよ。

 死は常に汝と共にあれり。故に――。


 空に魔力で構成された赤く煌めく十字架が編み出される。胡蝶はニヒルな笑みを浮かべて杖を振り下ろした。


「“汝、死を想えメメント・モリ”」


 その言葉と共に抗おうとした兵士達は、降り注ぐ十字架によって串刺しにされていく。


 兵士達を捕虜のための宿舎に送り込んだ後、戦闘を何度か交えながら繰り返すこと数分。砂漠の真ん中。不用心に岩の上に座る銀髪の青年が見えた。


「おい、しの」

 略称を呼んでやれば黄昏の瞳がこちらを向いて嬉しそうに細くなった。

「やあ、胡蝶。迎えに来た」


 青年であり胡蝶のお目付け役である神之瑪しののめ かいは楽しそうに足元の死体を蹴飛ばしながらこちらに向かってあるいてくるのだった。

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