Another side 19

 朝日が降り注ぐ庭に面した渡り廊下で、真っ青な顔のレンは同じく調子の悪そうな顔してるサラに声をかけた。


「……おはよう、サラさん」


「おはよ、レン……」


 二人は同時に、フゥーっと深く息を吐く。

 しばらく沈黙した後、レンがポツリと言った。


「昨夜のアレ。ヤバかったな」


「ええ、ヤバかったわね。ごめんなさいね、私が余計なことを言ったばっかりに」


「サラさんのせいじゃねえさ。それにしても、本当にひどかった!」


「あの、微妙に外したリズム感。精神に食い込むような不思議な音程。耳をつんざくソプラノから、内臓に響くバリトンまで、豊富に襲い来る音域の多彩さ……」


「そしてなにより、声のデカさだ! 聞いてるだけで、頭がグワングワン揺れまくったよ」


「ジャイアンのリサイタルをリアルで聞いたら、あんな気分になるのかしら? 私、途中で耐え切れなくて、自分に精神魔法かけて気絶しちゃったもん」


 レンがポンと手を打った。


「ああ、なるほど! 『あまりにすごすぎて気絶する者がでる』って、そういう意味かよ」


「エルフなら、魔法はお手の物だしね。彼らは耳も良いだろうし、余計に耐えられないでしょう」


 レンが感心した顔で言う。


「ヴァナロの人たち偉かったよなぁ。あの歌声を前にジッと我慢して、誰一人退出しなかった」


「この館に呼ばれるような人たちって、みんな一通り剣の修行してるからね。精神統一で乗り切ったのだわ。だけど本当にすごかったのは、一番近くで演奏してたシェヘラザードよ! ダークエルフも、エルフ並に耳が良いはずなのに……」


「ダークエルフが青ざめると、あんな顔色になるんだな。元の曲は知らねえけど、演奏ミスはなさそうだった。でも途中、何度か白目を剥いて震えてたよ」


「さすがね! 彼女たちはもともと、『苦痛に対して我慢強い』って種族特性があるのよ。魔法への耐性もあるから、洗脳魔法もほとんど効かない。実際、百年ほど前にとある手法が開発されるまで、ダークエルフに情報を吐かせるのは、どんな拷問にかけても無理だと言われてたそうよ」


「リンスィールさんの歌をぶっ続けで聞かせたら、なんでもベラベラ喋りそうだけどな。ちなみに、そんなダークエルフから、どうやって情報を聞き出すんだ?」


「そりゃもちろん。苦痛で落ちないんだから、反対を使うしかないでしょう。媚や――」


「おーい! レン、サラ殿、おはよう!」


 と、廊下の向こうからカザンに先導されたリンスィールがオーリを連れて、元気いっぱい手を振りながら歩いてきた。

 一行は互いに挨拶を交わすと、途中でジュリアンヌを回収し、朝食を食べに客間へ向かうことになった。

 彼女は昨夜の被害にあっていないので、元気そうだった。


 案内役のカザンに先導されながら、リンスィールはちょっと誇らし気に言う。


「なあ、レン。昨夜の私の歌はどうだったかね……? 人に聞かせるのは久しぶりだが、密かに練習していただけあって、なかなか良い声が出せたと思うのだよ!」


「あ、ああ、うん。なんていうか、他では聞けない類の歌声だな。とにかく、スゴい歌だったと――」


 彼は言いかけて、リンスィールの顔をジッと見る。

 それからフッと笑った。


「やっぱ血縁者だな。ララノアさんとリンスィールさん、よく似てるよ」


 リンスィールはキョトンとした顔で言う。


「えっ、そうかね。私の目元は母に似て、ツリ目の伯母上とはあまり似てないと言われるのだが」


「いや。顔の話じゃなくってな」


「顔の話ではない。では、なんの話だ?」


「ま、なんでもいいじゃねえか! それより、今日からいよいよラーメン作りに取り掛かるぜ! リンスィールさんにもたっぷり手伝ってもらうから、頑張ってくれよ」


 リンスィールは不思議そうに首を傾げていたが、ラーメンの話題になるとすぐ乗ってきた。


「う、うむ。任せておきたまえ。なあ、オーリ」


 そう言ってリンスィールは、爽やかな笑いをオーリに向ける。


「……あ、あああ。頭が……頭が割れそうにイテえやっ」


 ゲンナリ顔のオーリは、そう呻く。


「なんだ、なんだ。二日酔いか? だらしないぞ! あの抜けるように青い空を見たまえよ。なにか、素晴らしいことが起こりそうな予感がする……きっと、ヴァナロのゴトーチラメン作りも大成功するに違いない!」

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