背徳の『ラメン』

 ううむ、不思議だ……チャーシュといい、スープといい、こんなにも脂塗れなのに、見た目ほど脂っこさを感じないのは何故なのだ?

 プルプルとした小さな脂身を舌で押し潰すと、脂肪の味が弾けて広がる。なのに、スープやメンと一緒に食べると、脂の味は少しもしつこくなく、喉にスルリと落ちるのだった。

 濃厚なのにクドさはなく、甘いのにしつこくなく、こってりしてるのにいくらでも食べられてしまう。

 ドンブリに口を付けてズズウッっと啜ると、スープに浮かんだ背脂の粒が、いくつも口に飛び込んでくる。まろやかな背脂の向こうから、トンコツ・ショーユのしょっぱさがドッと押し寄せる。


 ああ……じんわりと……脳が……痺れる……ッ!


 これはたまららぬ。あらがえぬ美味さだ。

 このラメンの脂は、極上の味わいだ!

 こいつはいけない。キケンな脂だ。中毒性がものすごい!

 こんな脂に慣れきったら、もう普通の脂では満足できなくなってしまうに違いない。


 人は本能的に、脂を求めるものである。

 油脂ゆしは生きていくのに、なくてはならぬ栄養素だからだ。

 脂身は美味い……ただし、強すぎる油脂は毒となる。

 本来ならば、こんな大量の脂にまみれたラメンなど、身体が受け付けぬはずなのだ。

 でも、食べれちゃう。なんでって? 美味しいからだ!

 とっても美味しい。手が止まらない。きっと、スープまで飲み干しちゃう。

 私はひたすらメンを啜り、スープを啜り、背脂の旨味に酔いしれた。

 けれど大量の脂と塩分など、身体に良かろうはずもない。

 こんなラメンを毎日食べたら、あっという間にブクブク太り、病気になってしまうだろう……。


 だがしかしっ!

 人は、『身体』だけで生きるのではない。身体の他に『心』がある。

 羽目を外さず、冒険もせず、現状を維持することだけに集中する人生に、なんの面白みがあると言うのかッ!?

 いざ、我は行かん。背脂の雪原を!

 勇気を持って渡ろうじゃないか。ラードの大河を!

 身体が傷つくことを恐れては、冒険はできないのだ。


 とまあ。深夜に身体に悪そうなラメンをむさぼる罪悪感から、ついつい言い訳を重ねてしまったが。

 すでにメンと具は食べ尽くし、ドンブリの中では白茶色ににごったスープに、大量の背脂がタプタプと揺れるばかりである。


 ……どうしよう。これ飲んじゃったら、絶対身体に悪いよな。

 でも、たくさんモヤシが入ってたし。メンマはタケノコだし。ヤクミも野菜だしね。

 スープも栄養たっぷりだから、そこまで不健康ってもんでもないだろう、きっと。たぶん。そんな気がする。

 そうだ。明日のお昼は抜きにして、バランス取ろう。

 よし、大丈夫。飲んでも平気。いっちゃえ、いっちゃえ!


 私はドンブリに口を付けると、ググーっと持ち上げてスープを口へと流し込んだ。


 ズズズズーっ。音を立てて啜ると、


 ……うっっっっま!


 ドロッドロのスープの中に、シルキーな口当たりの小粒状の背脂が広がって、甘くてまろやかでしょっぱくて、それが喉をゴクゴク通っていく!

 そのまま飲むとさすがに少々脂っこいが、ギトギトと言うほどでもない。

 底には濃い味が溜まっていて、飲むほどに塩分濃度が上がっていく……。

 いやー。脂、飲んでるなぁ!


 ジロウケイのスープも身体によくなかっただろうが、あの時は未知の美味を味わうことに集中してて、そこまで頭が回らなかった。ゲキカラケイの時は「身体に悪そう」とは思ったものの、トランス状態でコントロールが効かなかった。

 今回は……自分の意思だ。

 自分の意思で、全部わかったうえでスープを飲んでる。

 スープの美味うまさもさることながら、背徳感がものすごい!


 それに『身体に悪そうだから』と一度スープを諦めかけたことが、スープの美味さをさらに高めている気がする……。

 例えば、レストランで「これが食べたいけど手持ちが足りない」とか、「目の前でちょうど売り切れてしまった」なんてシチュエーションがあったとしよう。その後、改めて同じメニューを注文してみると、最初に諦めた分の期待値がプラスされ、味わった時の感動もひとしおになったりするだろう?

 口に溢れるこってり背脂には、一度は手放しかけた羨望せんぼうの味が込められているのである。


 などと取り留めのないことを考えながら、私は心の『美味さ』と舌の『美味さ』、両方がないまぜになった脂たっぷりのスープを飲み干して、『セアブラチャッチャケイ』を完食したのであった!

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