『ラメン』の秘密

 レンは大きく頷くと、口を開いた。


「俺や、ブラドのラーメンに足りなかったもの……それは、『化調』だッ!」


 言いつつ、レンは真っ白の粉の入った容器をカウンターにドンと乗せた。

 ブラドが身を乗りだす。


「カ、カチョー……なんですか、これは!? なにから、どうやって作られるんです?」


 レンは腕組みをして、顎を上げながら言う。


「化調ってのは、化学調味料の略だよ。主にサトウキビを発酵させることで作られている……こいつはな、どんな料理でも『入れれば必ずウマく』なっちまう、とんでもねえ魔法の粉だ!」


「ど、どんな料理でも……必ずウマくなる、魔法の粉だってぇーっ!?」


 私もオーリも驚いて声を上げる。

 レンは真面目な顔で頷いた。


「ああ、その通りだ」


 私は喉の奥でうなった。


「ううむ、とても信じられん! そんな神の如きアイテムが、まさか現実に存在するとは……ちょっと、舐めてみてもいいかね?」


 レンは、親指をグッと立てる。


「いいぜ。ブラドも、オーリさんも、マリアもほれ……舐めてみてくれ!」


 私たちはドキドキしながら粉をつまみ、舌をとろかす『天上の味』を期待して口へと入れる。しかし……、


「……???」


 味らしい味がない。

 いや、若干のしょっぱさや、その向こう側に風味のようなものは感じられるのだが……私たちは顔を見合わせ、首をひねった。

 その様子を見て、レンが笑う。


「どうだい? ほとんど味しねーだろ?」


「あ、ああ。決してマズくはないのだが……とりたててウマくもない。とても君の言うような魔法の粉には思えんよ!」


 しかし、ブラドが真剣な顔をする。


「いや……リンスィールさん。一概いちがいにそうとも言い切れませんよ」


 ブラドは、真っ白い粉をジッと見つめて言う。


「目立った色もなく、大してしょっぱくも甘くもない。匂いもほとんどしない。なのに、舌には旨味が残る。これだけ雑味がなければ、どんな料理に入れても味を壊しません」


 レンが膝を打つ。


「そう! そうなんだよ、さすがはラーメン職人だぜ!」


 一斉にレンの顔へと、みなの視線が集中する。

 レンは怖い顔をしながら言った。


「こいつは、入れれば入れただけ料理をウマくする。おまけに価格も安い。つまり、どんなに適当に作ったラーメンでも、こいつを大量にぶちこむだけで『それなりに食えるラーメン』になっちまうってわけだ! そりゃあ、たましい削って作り上げたラーメンの仕上げに化調を足すのと、最初からなんも考えないでドバドバ入れたの、客を感動させられるのは前者だけだがな」


 ブラドの顔が不機嫌なものになる。


「適当に作ったラメンでも、お客さんが満足してしまうんですか……? そんなの、バカらしくてやってられませんね!」


 レンが苦笑する。


「そうだな。特に俺たち料理人は、手間暇かけた分だけ料理が美味くなるって強い信念があるしな……だから一時期、俺の世界でも『化調を食べると身体がしびれる』とか、『舌がバカになる』とか『健康的じゃない』なんて噂が流れたことがあった」


 マリアが眉をひそめる。


「……それ、本当なの?」


 レンは首を振った。


「そりゃ、なんでも食べすぎは身体に毒だよ。化調を入れすぎると、単調でベッタリした味になっちまうしな。だけど、化調ってのはグルタミン酸……生き物の体内に普通にあるもんを、塩の形にしただけの調味料なんだ」


 レンは痛しかゆしといった表情で、後頭部をガリガリと掻く。


「もちろん、『無化調』を売りにしてるラーメン屋は沢山あるし、俺も修行したことがある。そういう店は化調なしで『濃ゆい旨味』を出すために、出汁を工夫したりコストをかけて、大変な努力をしてるんだぜ。それを否定するわけじゃねえし、尊敬もするが……やっぱ安くて美味いラーメン作りには『化調と上手くつきあう』ってのが、俺の持論じろんだな」


 彼は、愛し気にヤタイを撫でながら言う。


「俺の親父も、上手に化調を使ってたよ。今みたいに店を構えて、こだわりのラーメン一杯で千円もとれる時代じゃなかったからな……親父は凄かったぜ。お客さんに安い値段で美味しいラーメンを食ってもらうため、抜群のセンスで単調になる一歩手前、素材を殺さないギリギリの量を調整してスープを作ってたんだ」


 オーリがゴクリと喉を鳴らす。


「つ、つまり……俺たちが求めてたのは……?」


 レンは大きく頷く。


「ああ。みんな、親父のラーメンを何年も食い続け、親父が消えた後は親父のラーメンだけを、ずーっと求め続けてきたんだろ? 頭には、親父のラーメンへの思い出と憧れが強くこびりついてる……その親父のスープにゃあ、化調によってスッキリした味わいとは裏腹に、普通に作ったんじゃ出せないような強烈な『旨味成分』が凝縮ぎょうしゅくされていた。つまり皆が足りないと感じてた何かは、『化調の味』ってわけなのさ!」


 な、なんとぉーっ!?

 我々が欲していた『何か』は、『カチョー』だったのか!

 なるほど。我々の世界でいくら『ラメン』を追求しても、答えに辿り着けないわけである。なにせ、味の秘密はレンの世界にしかない粉だったのだから。

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