第16話

 アンダーソン侯爵夫人にチョコレートを托して、王家からチョコレートの催促が来たので王妃にしか渡さないスタンスを取りました。

 だって陛下や王子・寵姫に渡してもメリットがないんだもの。

 王妃教育のために来ていたアンダーソン侯爵夫人が、

「チョコレートのお陰で、王妃様の発言権も力が付いてきましたの」

と報告がきた。

「陛下とはどうですか?」

「以前よりは良い関係を築いているようですよ。お出し出来る数が限られているから、毎晩のように王妃様のお部屋を訪れているようですわ」

 ほうほう、それは良いことだ。

 チョコレートを横流しする数も制限しているので、二日に一度一粒食べれるくらいに調整している。

 食べ過ぎは体に悪いしね。

 政務で神経をすり減らしている陛下に、甘いチョコレートを出して癒す妻という構図を態々作り上げたのだ。

 甘えるだけの寵姫よりも献身的な正妃に心を揺り動かされてもおかしくはない。

「では、次の段階に行きましょう。新しいお酒を造っておりまして、チョコレートに合うと我が家の料理番のお墨付きを頂きました」

 手を叩くと、アリーシャが薔薇の透かし彫りを入れたワイングラスを運んできた。

 アリーシャは、アンダーソン侯爵夫人の前にワイングラスを置き部屋の隅に立っている。

「どうぞ、試飲して下さいませ」

 アンダーソン侯爵夫人は、ワイングラスを持ち香りを嗅ぐと首を傾げた。

「白ワインかと思ったのだけど、別の香りがするわね」

「はい、それは米という穀物から作られた清酒ですわ」

 この世界では雑草の分類に入っていたので、庭で見つけた時は小躍りしたと同時に地面をバンバン叩いたのは黒歴史である。

「米ねぇ。聞かない名前だわ」

 まあ、この世界では雑草だしね!

「麦とは違った穀物で御座います。新芽のような爽やかな香りが特徴で、角のない口当たりに芳醇な味わいが楽しめるお酒です」

「……リリアン様、お酒を飲んだのですか?」

「舐める程度ですよ。私が指示を出して試験的に作らせたものです」

 米を発見した時に酒を一番最初に思い浮かべたんだよ!

 ワインとか飲めないが、未知の酒なら飲めるチャンスがあると思って監修という名のもとに試し飲みした。

 本当に舐める程度しか飲ませて貰えなかったのは不服だが、全く飲めないよりはマシと思うことにしている。

「チョコレートを食べながら飲んでみて下さい」

 アンダーソン侯爵夫人は、チョコレートを食べた後に日本酒を一口含みカッと目を見開いた。

 チョコレートと日本酒を交互に食べては飲んでいる。

「あ、あの…アンダーソン夫人?」

「はっ! 私としたことが……んんっ、失礼しました。これは癖になる味ですわね。ほろ苦いチョコレートを引き立たせるお酒ですわ。他の料理にも合うのではないかしら」

「合う料理は沢山あるでしょうが、何分試作段階なので改善の余地があるのですよ」

 あくまでチョコレートに合う酒を造ったので、料理に合う酒は別物になる。

 食に煩いのは元日本人の性だからだろうか。

「これでも十分完成度は高いわ」

「そのお酒は、敢えてチョコレートに合うように作ってあります。料理用の日本酒は模索中なのです。王妃様が甘いお酒をお好みになられるなら、果実酒もご用意しております。こちらもチョコレートの味を邪魔しないように調整しておりますのでどうぞ」

 アリーシャに視線を送ると、ワゴンから切子硝子に注がれた梅酒を出した。

 魔法で作った氷が入っているので、溶けることもなく常に冷えて味が薄まる心配もない自慢の一品だ。

「こちらは飴色なのね。とても食欲をそそる香りだわ」

「梅の実を使って作りました。梅酒と言います」

「梅の実は薬よ」

「はい。美味しい薬で御座いましょう?」

 梅を見つけた時は、梅酒作成と一緒に梅シロップと梅干しも作って出来上がりを待っている。

 出した梅酒もまだまだ漬けておきたいものではあるが、お酒に関して好みが分かれるので二通りを作ってみたのだ。

「リリアン様は、変わったことを考えますのね。これも前回と同じで良いのかしら?」

「はい、お願いします。王妃様以外には献上いたしません」

「貴女は何を企んでいるのかしら?」

 探るような目で私を見るアンダーソン侯爵夫人に、私は満面の笑みで言った。

「是非とも王妃様にお世継ぎを生んで頂きたいのですよ。正直、殿下に期待出来るものがないのです。正室の子が有能であればあるほど、アルベルト殿下の評判は落ちるでしょう。あのまま成長したら暴君になります。挿げ替えられますよ?」

 誰にとは言わないでおくと、その言葉の意味を理解したアンダーソン侯爵夫人は成るほどと頷いている。

「この入れ物も素晴らしいわね。見たことがない模様だわ」

「そう仰ると思って用意しております」

 アリーシャが桐箱を持ってアンダーソン侯爵夫人の前に置いた。

 桐箱には割物・逆様注意を漢字で書き、大公家の花押を小さく彫ってある。

 中には先ほどの薔薇のグラスと切子硝子の二セットが入っている。

「王妃様宛の献上品で御座います」

「本当にどこまでも徹底しているわね」

 下手なことは言えないのでニッコリと笑みだけ作る。

「貴女の思惑は王妃様にお伝えしても?」

「ええ、結構ですよ」

 むしろ伝えてくれたまえ、とは言わない。

「分かりました。これらは、わたくしが預かり必ずお渡し致しますわ」

「よろしくお願いします」

 王妃教育係なのに、今は私と王妃の連絡係になりつつあるアンダーソン侯爵夫人。

 彼女は多分、私の思惑に気付いているんだろうなぁと思いつつも口には出さない賢い人だ。

 これで王妃様が懐妊してくれれば、私の株も上がるなと細く笑みを浮かべた。

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