第57話 『釣りバカ二人』
ジョルジオ支配下のロイース王国がアルバトロスにスパイを送り込み、首都で暗躍しているとは知らずに、キラ達はそのロイースを目指して馬車で南へ向かっていた。
秋もそろそろ終わりを告げ、冬の季節がもうじき訪れる。
その前に北国であるドラグマから離れられたのは、幸いと言うべきだった。
新たにパーティに加わったロイースの若き騎士オーウェンの道案内があるということで、一行は魔法大学から王都カヴェナンターへ一直線に最短距離を突っ切る。
オーウェンの知る反大臣派の将兵と連絡を取り、ただの旅人ということで道中は通してもらう予定だった。
「それでも万が一ということが考えられます。殿下の生存は、ギリギリまで秘匿することにしました」
大臣に反発しているとは言え、どこから情報が漏れてしまうか分からない。
この作戦は、敵の大将であるジョルジオが王家の生き残りが居ると知らないことが前提だからだ。
もしジョルジオがキラの存在を知れば、死物狂いで刺客や兵隊を差し向けて始末しようとするだろう。
「もし発覚した場合は、計画を変更してアルバトロスへ亡命する……これがプランBよ。いいわね?」
改めて作戦を確認するソフィアに、野営中の仲間達もうなずいた。
ロイースとの国境はもう目前。
まずは国境警備隊をうまく通り抜けなければいけない。
「国境の部隊にも、我々の味方は居ます。ひとまずは、大臣に反発する派閥への補給物資を運ぶ、という名目で協力を要請してあります」
「直接会ってないのに、どうやって連絡取ってんの?」
適当な枝で竿を作り、釣りの準備を進めているレアは、疑問をオーウェンにぶつけた。
「伝書鳩だ。大学に居る時から、鳩を使って本国と連絡をやり取りしていた」
通信機も無いこの時代、離れた場所との連絡手段と言えば早馬に乗った伝令か、伝書鳩が鉄板だった。
伝令は確実に情報を伝えられる代わりに、時間がかかる上に陸路なので敵に捕捉されやすい。
その点、空を飛ぶ伝書鳩は素早く、捕まるリスクも少ない。
更に足に括り付ける手紙の内容も暗号化してしまえば、まず情報が漏れることはなかった。
「鳩ねぇ……。ボク、鷹なら撃ち落としたけどね」
「ほう、鷹を……。今度、話を聞いてみたいものだ」
興味を示すオーウェンに、まるで自分一人の手柄であるかのようにしたり顔で胸を張るレア。
そんな彼女を、今日のもう一人の釣り当番のディックが引っ張っていく。
「ほらチビ助、さっさと川に行かないと晩飯までに間に合わねーぞ!」
「チビ言うな!」
今回の野営地は川の近くで、いい機会だからとディックは好物である魚を釣って来ることを提案した。
そこまではよかったのだが、ディック一人だけでは心許ないからともう一人釣りに加わることとなり、何の因果かレアがその当番に当てられた。
「やれやれ、やかましいチビ助が一緒じゃ、せっかくの釣りが台無しだぜ……」
川に到着し、水面に釣り針を投げ込んだディックはあからさまにため息をつく。
「ボクも、何でこんなおつむの軽いチャラ男と組まなきゃいけないんだか」
隣に腰掛けるレアも、負けじと憎まれ口を叩いた。
「言ってろ、チビ助。釣りの経験でも俺の方がずっと上なんだからな!」
「はぁ? ロクに釣れない下手っぴの癖して? ちゃんちゃらおかしいわ」
同レベルの言い合いが続くが、この時ディックは22歳、レアは15歳という年齢差である。
実年齢はともかくとして、両者の精神年齢はほぼ同じだった。
先に魚がかかったのは、レアの釣り竿だった。
「おっしゃ! 来た来た、来ましたよ」
手応えを感じたレアは、釣り糸を引っ張っていく。
まだディックの針には何もかからない。
「どうよ、チャラ男! ボクの方が上だって、そろそろ認めたら?」
勝ち誇ったように言いながらレアが釣り上げたのは、川底にあったと思われる小石だった。
「ぎゃははは!! 何つー美味そうな魚だ! お前天才!」
笑い転げるディックに、フードの色のように顔を真っ赤にするレア。
「くっそー! 見てなさいよ、今度こそ大物釣り上げてやるんだからね!」
小石を外してレアが再び釣り針を投げ込むと、入れ替わるようにディックの竿に反応が来る。
「ふっ、来たか……。これは石じゃないな、ちゃんとした魚だ」
針から逃れようと抵抗する感触を確かめたディックは、格好をつけながら糸を手繰り寄せた。
ディックが釣り上げたのは、小振りながらもちゃんとした川魚だった。
「どうだ、見たかチビ助! これがディック様の実力ってやつよ!」
「何が実力よ。そんな小さい魚でお腹が膨れるわけないでしょ! ボクが本当の魚ってやつを見せてやるわ」
次にレアの釣り針に魚がかかり、喜び勇んで釣り上げると彼女の宣言通りそこそこの大きさの魚だった。
「このボクに土下座するといいわ!」
対抗意識を燃やしたディックは一度針を引き上げて餌を取り替え、もう一度川に投げ込む。
「今に見てろよ?! 俺がもっとでかい獲物を釣って、格の違いを分からせてやる!」
「はん! 小魚しか釣れない雑魚が何言ってんだか。やーい、ざーこざーこ!」
「こんにゃろー!」
やかましく騒ぎながら、競うように釣りに励むディックとレア。
果たして、この人選は正しかったのだろうか。
一方その頃、焚き火の近くではキラとルークが二人で模擬戦を行っていた。
まだキラは聖剣を起動する感覚を掴めておらず、王都に到着するまでに扱えるようにしたいと考えていた。
ルークも付き合いがてら、新しい魔法剣を手に慣らすいい機会でもある。
「あっ、光った!」
旅を再開してからも何度か模擬戦形式で訓練し、聖剣の力を引き出すことにはある程度成功していた。
だがやはり任意では起動できず、模擬戦とは言えピンチにならないと聖剣は反応しない。
焚き火と同じく、まずは意図したタイミングで着火できるよう、火のつけ方を覚える必要がある。
聖剣が光を放ったら成功と見なし、一度休憩を挟んで聖剣を休眠させてからまた訓練を再開するという方法で、何度も起動しては寝かせてを繰り返していた。
「どうですか? 何か、掴めましたか?」
キラの持つ聖剣の白い光に目をやりながら、ルークも休憩に入る。
「うーん……。もうちょっとで、何かコツが分かりそうなんだけど……」
彼女は困り顔で、徐々に光が薄れていく聖剣を見つめていた。
今手に持っているのが現存する古代の魔剣の一振りで、自分がその力を引き出せることは確かなのだが、使い方のマニュアルなどもう残っていない。
古代の魔剣についてもいくつか文献を読んだことがあるというソフィアも、具体的な扱い方までは知らないと言う。
もしかしたら、とんでもなく非効率的な訓練を行っているかも知れないのだが、今はこうやって起動を繰り返す他にいい方法が見当たらなかった。
「焦らず、地道に訓練を続けましょう」
聖剣の光が収まるまでの間、しばし休憩していた二人だが、ふとキラはルークが自分の魔法剣を眺めている様子を目に留める。
キラのような特別製ではないとは言え、彼の注文通りに仕上がった新品の剣のはずだが、どこかルークは不満そうな表情を浮かべているようにキラには思えた。
「ルーク、どうかした? その剣、あんまり馴染まない?」
キラにそう聞かれ、ルークははっとしたかのようにうつむいていた顔を上げる。
「いえ、そのようなことは……」
口ではそう言うものの、まるで気に入っていたおもちゃを失くし、同じ物を買って貰ったはいいがどうも気に入らないような様子だった。
「前の剣に、愛着があったとか?」
「そうですね、無いと言えば嘘になります。あれは……家族の形見だったので」
魔法大学での戦闘で、謎のゾンビに奪い取られてしまった魔法剣。
剣のグレードとしては今の魔法剣の方がワンランク上の物なのだが、前の剣はルークにとって思い入れのある品だった。
「家族って、お姉さんの?」
「ええ。姉も同じ物を使っていました」
姉に強く憧れていたルークは訓練の末に一人前と認められ、彼女から同じ型の魔法剣を贈られた時は大変喜んだものだった。
その姉が戦死し、祖国も焼かれた今となってはルークにとって唯一残された形見であり、自分にも家族が居たということのたったひとつの証明でもある。
(あの仮面の女は、何故私の剣を……。魔力に引かれたのか?)
魔法大学で新たに打って貰った魔法剣に不満があるわけではなかったが、何度握ってもどうも違和感が残る。
ずっと使い続けてきたというせいもあるだろうが、やはり強い思い入れがそう錯覚させるのだろう。
「お姉さんってどんな人だったか、聞いてもいい?」
ルークから姉が居たと聞いた時から興味を持っていたキラは、遠慮がちにそう尋ねた。
「そうですね……非の打ち所がない人でした。武術と知略の両方に長け、任務に忠実で、それでいて部下の面倒も見れる、模範的な将軍でした。もちろん、私人としても」
遠くの空へ視線をやりながら、ルークは過去を振り返る。
「両親から見放された私を決して見捨てず、ずっと稽古をつけてくれました。両親が居なくなってからは、親代わりとして面倒を見て貰って……。10歳くらい歳が離れていたので、本当に姉弟と言うよりは親子に近かったでしょうね」
「思った通り、いいお姉さんだったんだね。そのお姉さんも、戦争で……」
我が事のように、ルークの姉の死を悼むキラ。
「やっぱり、戦争は起こしちゃいけない。ルークみたいに悲しむ人をこれ以上増やさないためにも」
そう言って気合を入れ直したキラは、待機状態に戻った聖剣を握り、立ち上がる。
「そろそろ訓練に戻ろっか」
「はい」
ルークもうなずいて腰を上げ、新調した剣を構え直した。
(こうしていると、姉さんに稽古をつけて貰っていた頃を思い出すな……)
今はどちらかと言えばルークが教える側なのだが、立場が逆転してもあまり感覚は変わらない。
二人が訓練をしている間、オーウェンとメイは調理当番として馬車の荷台から下ろした食糧で夕食を作っていた。
オーウェンは一人でも大丈夫だと言っていたが、メイは手伝いがてら念の為の監視である。
「野営料理も久々だ。魔法大学に行ってからは、毎日食堂だったからな」
そう言いつつ、オーウェンは手際よく鍋に干し肉と野菜を入れて煮込み、葡萄酒で味を整える。
塩は干し肉に既についているので、もし塩気が足りなければ後から足す。
「本来ならば、殿下に野営料理を食べさせるなどあってはならないのだが……今は辛抱して頂くしかない」
やはりロイースの騎士としては自分の国の王女であるキラに軍隊飯を出すのは気が引けるようだが、今は贅沢を言っていられない。
本来は王族だったとしても、国を取り戻すまではただの旅人一行という体だ。
「キラはもう慣れてるよ」
料理を手伝いながらメイはそう言った。
王女だと分かる前、記憶を失った平民だった頃からキラは旅に順応して、携帯食で腹を満たす野宿にも慣れていた。
記憶を取り戻してからも、フルコースが食べたいなどと贅沢を言わずに、今まで通りに過ごしている。
(毒とか、変なものは入れてない……うん、大丈夫)
オーウェンの調理の一部始終を監視していたメイだが、怪しいところは何ひとつ見受けられなかった。
最後に出来上がったスープを味見という名目で毒味をしたが、当たった時の舌にピリッと来る感覚は無い。
夕飯の支度が終わった頃合いを見計らって、仲間達も焚き木の場所へと戻ってきた。
ギルバート、ユーリ、エドガーは越境する前の段階から、野営地の周囲を警戒して見回りをしていた。
まだドラグマ帝国領とは言え、何が襲ってくるか分からないからだ。
人間でなくとも、冬が近付いて腹を空かせた肉食獣が寄ってくる可能性もある。
川へ釣りに行っていたディックとレアも帰ってきて、二人共大漁の様子だった。
「わぁ、凄い! いっぱい釣れたんですね」
二人の様子を見て、驚きの声を上げるキラ。
直前まで訓練をしていた彼女だが、それよりもディックとレアは息が上がっていた。
「はぁ、はぁ……。キラちゃんのために、釣れるだけ釣ってきたぜ」
「ふぅ、ふぅ……。ボクの方が、あんたより2匹多いわよ」
互いに睨み合い、目線で火花を散らすディックとレア。
「な、何かあったのかな……?」
「何でしょうね?」
キラとルークは首をかしげるばかりだった。
「ガルルル……!」
「シャーッ!」
いつまでも張り合う二人を置いて、オーウェンは魚を受け取って串を通していく。
「お仲間の分も、自分がやりましょう」
キラを含め、全員分の魚を焚き火で焼くオーウェン。
ここにも怪しい動きは無い。
魚を焼く間に、出来立てのスープを取皿に分ける作業も彼がやった。
「自分がよそります。どうぞ、殿下。粗末な料理ですみませんが」
「そんなことないですよ。このスープ、とても美味しいです」
キラの反応にほっとした様子で、オーウェンは他の仲間の分も皿によそっていく。
キラが飲む瞬間までずっとオーウェンのそばで見張っていたメイだが、全ては杞憂に終わった。
「ほら、君達の分だ。そろそろ魚も焼けた頃だな」
今までは仲間同士で分担してこういったことをやっていたのだが、張り切っているのかオーウェンは一人で片付けていった。
ディックとレアが競争しながら釣った魚もちょうどいい焼き加減で、一行は舌鼓を打つ。
「どうじゃった、今日の様子は?」
焼き魚とスープを食べつつ、ギルバートは小声でメイにオーウェンについて尋ねた。
「うん、問題なし」
少々張り切りすぎのようにも見えるが、キラや仲間に害為すような行動は見られない。
魔法大学を発ってから数日、交代でオーウェンを見張ってきたが、メイの言うように問題は無かった。
「本当に、信用してよさそうね。案内も任せられそうだわ」
ソフィアもほっと一息つく。
今までの仲間は、キラの身分を知らずに集まってきた。
付き合いも長くなり、警戒する要素は特に無い。
オーウェンはキラが王女だと分かり、彼女を取り巻く複雑な状況の中で名乗り出てきた男というだけあって最初は皆半信半疑だったが、騎士としてキラに尽くそうとする姿勢は本物だと思われた。
「そうかぁ? 俺はどうも気に入らねぇな」
焼き魚を頬張りながら、ディックが口を挟む。
ちなみに今彼が食べているのはレアが釣った魚なのだが、そんな見分けがつくはずもない。
「何か、怪しい点があったかのう?」
「怪しいとかそういうんじゃなくってよぉ……。あいつ、新入りの癖しやがって、キラちゃんに近すぎ。いい奴なのが余計にムカつく」
不審な箇所でもあるのかと案じたギルバートだが、根拠の無いディックの私情だった。
彼としては、オーウェンの登場で自分のお株が奪われるのではと、内心嫉妬していた。
こみ上げてくる不快感が嫉妬心だということは、ディック本人ですらもよく理解していない。
「……数日ですぐに信用しない方がいいだろう」
そう言ったのは、相変わらず食事は全て毒味を行ってから口をつけるユーリだった。
彼の警戒心の強さはパーティの誰もが知るところであり、新入りのオーウェンをすぐには信じないであろうことは簡単に想像がつく。
「信じられるかどうかは、行動で見せてくれるだろう。ここであれこれ言っても無意味だ」
エドガーもオーウェンを見張ったことがあるが、やはり怪しい動きは無かった。
それでも傭兵をしてきた経験上、信用を得てから裏切るという相手を何人も見てきた。
少なくとも大臣との戦いに勝つまでは、何事にも油断はできない。
彼らは、そういう世界に足を踏み入れてしまったのだ。
仲間達が小声で話す間、オーウェンはルーク以上にキラに気を使い、世話を焼いていた。
彼はルーク以上に気が回り、かつ行動も早いため、ルークの出番はほとんど無くなっている。
そのオーウェンが怪しい動きを見せた時はすぐに対処できるよう、ルークは常にキラの側に控えていたが、オーウェンが信用できると分かればそれも必要なくなるかも知れない。
やがて無事に夕食が終わり、交代で見張りを立てて就寝、やはり何事もなく一行は翌朝を迎えた。
その翌日、キラ達はロイース王国の国境へと差し掛かる。
馬車で街道を進んでいるため、当然国境警備隊が駐屯していた。
王国領に潜入するなら、馬車を降りて人気がなく警備の手薄な場所を通るものだが、オーウェンは既に内通者に話を通していると言う。
「味方には、旅人に扮して反大臣派閥へ向けての補給物資を運ぶと伝えてあります。殿下はお顔を隠して、荷台に座っていてください」
そう言い残してオーウェンは馬車を降り、代表者として国境警備隊の隊長と話した。
「これが、例の輸送物資だな? 手はず通り、ノーチェックで通す。後はうまくやれ」
「感謝する」
声を潜めて確認し合うと、警備隊の隊長は部下に指示を出す。
「問題無い、通せ!」
こうして、最初の関門である越境は無事に終わった。
「一安心ですねぇ。僕はヒヤヒヤしましたよ」
ヤンはほっと胸を撫で下ろす。
「俺もだよ……。詰め所の馬を見たか? 騎馬隊に追いかけられたら、馬車じゃ逃げ切れねぇ」
同じく、背だけでなく気も小さいカルロも緊張の糸が解れて、変な汗が額を伝う。
「これも、オーウェンさんのおかげですね」
顔を隠していたフードを外したキラが、そう言った。
事実、オーウェンの協力が無ければ国境を越えるだけでも一苦労しただろう。
少なくとも馬車で通れるような、しっかりした道は通れなかったはずだ。
馬車を置いて、徒歩での移動になっていたかも知れない。
「自分は、すべきことをしたまでです」
それからも次の中継地点である街までの間で何度か巡回中の兵士と出会したが、オーウェンがうまく誤魔化してくれたおかげで怪しまれることはなかった。
このまま何事も無く王都まで行ければ、と誰もが願っていた。
To be continued
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