第18話
「ま、とりあえずジゼルは、女王を張ってくれ」
「え、ええええええ⁉︎」
何だよその反応は、とローガンが美しい瞳を細める。
「文句あんのか?」
「ある……と言いたいけど無い。でも、どうして私が!?」
「その紙、よく見てみろよ」
言われて、ジゼルはローガンから渡された宮廷への招集の紙を見る。そこには、正式に宮廷画家として、女王お付きと書かれていた。さっとジゼルの顔が青ざめる。
「ちょっとちょっと待って。今さっきの話をまとめると、謎の連続殺人の犯人って、女王陛下が一番怪しいわけでしょ? そんな人のお付きの画家になって、機嫌でも損ねたら……」
「まあ、殺されるだろうな」
ジゼルは言葉もなく目を見開いたまま、思わず紙を落とした。ジゼルの反応をずいぶん楽しんでから、ローガンがこらえきれずに笑った。
「あははは、安心しろよ。いくら女王だって、気に入らないからって、稀代の巨匠を堂々と打ち首にはできない。ましてや、俺の恋人という設定だぞ。何かあったとしても、王宮から追放くらいで済む」
「生きた心地がしないんですけど」
大丈夫だ、とローガンが自信たっぷりに眉毛を上げた。
「俺が守ってやる、安心しろ。だから心おきなく、ジゼルは女王の動きを追ってくれ」
妙に言葉に重みを感じて、ジゼルは不安を抱えつつも「わかった」と呟いた。
「エスター王子を見つけてしまえば、済むことのように感じるけどなあ。だって、正統な後継者だもの」
「カヴァネルはそれを望んでいる。正統な後継者に継がせるということをな。だから、そっちはカヴァネルに任せて大丈夫だ」
そう、とジゼルは椅子に座って自分もお茶をすすった。ローガンはジゼルの描いたデッサンの数々を見つめて、へえ、と面白そうに口の端を持ち上げた。
「これ、昨日の会場のデッサンか、全て」
「そう」
「ずいぶんと、細かく描けているな……記憶力がいいなんてもんじゃないぞ、これは」
それにジゼルはじっとりとローガンを見つめた。そしてから、まあいいかと口を開く。
「瞬間記憶能力よ」
それにローガンが、ジゼルへと視線を向けた。
「見たもの全て、全部記憶してしまうの」
「そりゃ便利だな」
「便利なもんですか」
ジゼルはむっとしてローガンをにらんだ。
「もしかして、記憶すると忘れられないから……こうして絵に描くしかないとかか?」
ローガンの答えに、ジゼルが今度へえ、と目を見開いて「正解よ」とお茶を飲んだ。それに、ローガンはなるほど、とうなずく。
「記憶の蓄積に、耐えられないの。だから、こうして吐き出すしかなくて。描けば、そのおおかたは忘れられるのよ。それでも、この間の密造酒みたいに、残ってしまっている記憶もあるし、ひょんなことがきっかけで思い出すこともあるけど」
「だから、描かないと死ぬ、というわけか。さすがにこれは、冗談じゃなさそうだな」
「勝手に脳が記憶しちゃうの。認識している記憶もあるけれども、勝手に記憶していることがほとんどだから、知らないうちに脳がパンクしそうになるの」
ローガンは山盛りのデッサンの紙の束を見つめてから、そして眉根を寄せた。
「意外と辛いな」
初めて言われた言葉に、ジゼルの方が驚く。実際問題、便利な反面と同時に、記憶の蓄積やフラッシュバックに悩むことも多い。だから、なるべく人と関わらないようにひっそりとするのは、全て記憶してしまうからだった。
そんな悩みを人に話したことはない。だから、たいがいの人はジゼルの記憶力の良さを称賛するし、便利でいいと言う。しかし、ジゼルとしては死活問題だ。
まだ出会って間もないローガンに、それを見破られるとは思っておらず、ジゼルは何とも言えない気持ちになった。
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