第2話 亡国の真実

「まぁまずは、そうだねぇ……。どうしてヴェレッツァ王国が滅んだのか、からかね」


 順を追って話そうか、と。そう言ったお婆さんは、最初から衝撃的な事を口にする。


「ヴェレッツァ王国が滅んだ理由?アグレシオンが攻め込んだから以上に、何が理由があると言うのか?」

「あるねぇ。大アリだよ。なんたって当時の王族たちは、全員がそのことを知った上であの未来を選んだんだから」

「王族が……選んだ!?」


 それはつまり、滅びる未来を、という事なのか。

 あまりの衝撃に言葉も出ない私とは違い、預言の魔女と会話を続ける殿下。

 セルジオ様も当然衝撃は受けているのだろうけれど、それでも一切言葉を発しようとしないのは従者に徹しているからなのか。


「ヴェレッツァアイは、英雄のお気に入りだったんだ。その瞳を持つ一族を、世界が特別扱いしないわけがない」

「だが、それならば何故……」

「困ったことに、ヴェレッツァの王族はみーんな英雄が大好きでねぇ。英雄が望んだ未来が来るのならって、それはそれは世界に対して協力的だったさ」


 何でもない事のように、少し呆れたような声色で話す喋り方とは裏腹に。

 その瞳は、どこか悲しそうにも見えて。

 その理由になんとなくがないわけでもないから、私は何とも言えない気持ちになってしまう。


「しかも王族が民を見捨てるわけにはいかないって、結局自分たちだけ逃げることは決してしなかった。たとえ命を落とすと分かっていても、ね」

「……世界からの、預言で?」

「そうだね。あの子らには何度も言い聞かせたんだけどねぇ……。結局一番下の子を死んだことにして、聖地に逃がしただけだったよ」


 ま、ドゥリチェーラの坊やとも連携は取っていたみたいだけどね。と。

 肩を竦めたお婆さんが、セルジオ様が淹れた紅茶に口をつけた。

 たぶん今言った坊やというのは、当時の国王陛下のことなのだろう。


「確かに、王族である以上民を見捨てるわけにはいかない。が……」


 話が長くなると予想しているのか、お婆さんがカップを戻すのを待ってから殿下が話し始める。

 逆にセルジオ様はお婆さんのカップの中身が減ったことを確認して、すぐに横から紅茶のお代わりを注ぎ足していた。

 本当に、こういう所主従揃って出来る人たちだなぁと感心する。


「あの子たちにとってはね、英雄の望みを叶えるのは悲願だったんだ。何代も続く、ヴェレッツァの王族にとっての、ね」

「命を賭してまで、か?そこまでして叶えたかった英雄の望みとは、一体……」

「英雄の子孫とヴェレッツァアイを継ぐ者の婚姻」

「…………は?」


 あ、殿下。私も今同じ気持ちです。


 いや、だって……王族が命を落としてでも叶えたかった英雄様の望みが、子孫たちの結婚って……。

 と、いいますかね……?


「それ……私たちのことじゃ……」

「そうだな。間違いない。ヴェレッツァの王族の悲願でもあり、英雄が望んだからこそ世界が何においても叶えたかったもの」


 え、いや……私たちの結婚って、そんなに大げさな事だったんですか!?


「実際には、初代ヴェレッツァ王が零した言葉に英雄が乗ったからだな。しかもそうなったら、もう一度この世界に訪れてもいいとまで言うほどに気に入って笑うほど、な」

「もう一度……」

「この世界に……?」

「英雄が別の世界の住人であることは知っているだろう?だから今この世界にはいない。だが、まぁ……この世界にとって英雄はまさしくだからな。自分を救った相手にもう一度会いたいと思っても、不思議じゃあない」

「いや、だが……」

「そのために必要だと判断すれば、世界に躊躇などあるはずがない。世界が生み出した人間たちに、最初から拒否権など存在しないんだよ」


 でも、それは……逆に言えば、私達はように仕向けられていたということで。

 もちろんだからと言って、私たちの感情が偽物だなんてことは思わないけれど。


「あぁ、勘違いしなくていい。最初の頃に無理矢理結婚させればよかったのに、世界はそうしなかった。そのあたりの分別は、ちゃんとついてるってことさ」

「つまり……」

「ちゃーんと惹かれ合ってくれないと、意味が無いだろう?まぁだからこそ、どこかの誰かさんは王族にもかかわらず婚約者の候補すらいない状態にさせられてたわけだが」

「っ!?!?」


 え?え?つまり……なに?

 私と出会って、結婚するために。

 殿下にはずっと、決まったお相手がいなかったと……。

 そういうこと!?!?


「おかげでドゥリチェーラの坊やとオルランディの坊やを犠牲にしてくれたがね。全く、酷い世界だ」

「なっ……!?」

「まさか、そんな理由で陛下と宰相を!?」

「世界にとっては必要な犠牲だったんだろうさ。私は彼らに預言を与える事すら禁止されてたしね。余程、そっちの坊やに女を近寄らせたくなかったらしい」

「なんと……まさか…………」


 絶句して口元を手で覆って少し俯いている殿下と、思わずという風に呟くセルジオ様。

 私は当時の状況を知らないので、そんな二人を交互に見やることしかできなかったけれど。

 ドゥリチェーラにとって大きすぎる人物の死の真相は、きっと計り知れないほどの衝撃のはず。


「そこら辺の貴族の死では、王族の婚約話がとん挫するなどあり得ないからな。よほどの大物で、かつ国そのものが忙しくなる必要があった、と。そういう判断だ」

「だがっ……!!…………いや……そう、だな。それほどの大事でなければ、王族に婚約者不在などという状況は作れぬな……」


 反論しようとした殿下が、すぐに何かに気づいたようにそう呟いて。

 珍しく丸まっていく背中は、きっと何かしらの葛藤と一人心の中で戦っている証拠だろうから。

 私はそっと、その背中に手をあてることしかできなかった。
















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