第22話 王家に仇成す者には鉄槌を -王弟殿下視点-

 緊急の使いだと告げられて、招き入れた執務室の中で。


「カリーナが!?」


 何者かに薬を盛られたようだと聞かされた瞬間、飛び出していきたい衝動を堪え自分を抑えられたのは、悔やむべきか褒めるべきか。

 後にカリーナにもセルジオにも。果ては兄上にまでそれで正しかったのだと言われたので、確かに王族としては褒められるべき事だったのだろうが。

 男としての私は、一人悔しい思いと共に打ちひしがれていた。




「カリーナ……」


 眠る横顔にかかる髪を、そっと手で払えば。途端ふわりと微笑む寝顔は、ひたすらに愛らしく。

 この控えめな妃が、私を求めてくるのが嬉しくて。昨夜は私もつい、夢中になってしまった。


 苦しんでいると分かっているのに、それでも止められないのは男のさがなのか。

 だが実際楽になるには、一番手っ取り早い方法だったのも事実。


 そうは、思うのだが……。


「済まなかった……」


 薬に侵されたまま、泣き叫ぶかのように吐き出された言葉を思い出す。


『殿下ぁっ…!!もっと…!もっといっぱい触ってください…!!前みたいにっ…!もっとっ…!!』



 それはきっと、媚薬とは関係のない。


 彼女の、本音。



 以前私が媚薬に侵された際、しばらく彼女に触れるのを躊躇っていたことがある。

 その時に彼女から、抱擁や口づけを求められたのが嬉しくて。


 つい、その後もあまり積極的に触れようとはしなくなっていた。


 しかも、意図的に。



「私の……利己的な欲求で、君を傷つけ続けていたのだな……」


 時折突拍子もない言動はあるが、それでも基本的に彼女は控えめで大人しい女性だ。

 加えて頭も良く、飲み込みも早かった。


 だから貴族令嬢らしく、王族らしく、王弟妃らしく。


 主張せず、傍に控えて。自分の意見を無理に通す事もしようとはしてこなかった。

 もちろんそれは、側仕えとして登用した時からずっとだが。


「だからと言って、何でも君に甘えていいわけではなかったな。気づかずにいた自分が情けない…」


 どうしても私は、殊彼女の事となると鈍く盲目になるらしい。

 本来ならばすぐに気付くべきだった彼女の変化に、彼女の抱える不安に。

 彼女自身が薬に侵され、熱に浮かされて口にして、初めて気づかされたのだから。


「だが、容赦はせぬ」


 確かに媚薬のおかげではあるのだろう。

 だが同時に、私がそうなっていたのもまた媚薬のせいだ。


 結局は毒にしかならぬのだ。あんなもの。


 そして今回はわざと、カリーナだけを狙った。

 既に王族となっている彼女を、ただの貴族ごときが。


 詳しく話を聞いてみれば、どうやら口にしたマカロンは開けた時点で一つだけヒビが入っていたらしく。

 どれを口にしても同じだからと、王弟妃には決して出せないそれを毒見役は口にしたらしい。


 だが。


 そのマカロン、なぜか中央あたりの物が一つだけ、ひび割れていたとのことで。


 その時点でなぜおかしいと気づけなかったのかと、思わなかったわけでもないが。

 現在カリーナに送られてくる菓子の数は、かなりのもので。

 傷みやすいものから急いで口にしなければならない以上、一人では限界があった。


 それにも、私が気付くべきだった。


 気付いて人数を増やすのが、最適だったというのに。

 それ怠ったがために、今回このような事態を引き起こしたのだ。


 当然送り主は既に特定するよう指示を出しているし、何より店の名前は既に判明しているのだ。そちらにも兵を向かわせてある。

 包装は開けられていなかったとのことなので、店側が加担しているのは間違いない。

 王族への反逆罪でしかない行為だと分かった上でなのか、それとも知らずに脅されたのか。

 いずれにせよ、罰は与えねばなるまい。


 指示した貴族は、特定出来次第処罰。当然死罪は免れない。

 そして薬の出どころも調べさせねばな。


 前回の時の出どころは、その界隈では"薬の魔女"などと呼ばれている怪しげな存在にまでたどり着いたが…。

 結局薬のレシピはあるのに作れないと、訳の分からないことを言って泣き喚いていたからな。

 自分が作ったと認めているのに、作れなくなったなどと……本当におかしなことだ。


 だが不思議と、今回使われた媚薬も以前から知っているものと同じだった。


 私が気付かないほどの媚薬だ。あれが出回れば恐ろしい事になるとかなり警戒していたのだが。

 結局、あれ以来報告は一切上がってこない。


 薬の魔女なる人物は、そもそも本物なのかも判断がつかないので牢に繋いだままにしているが…。


「いずれにせよ、私の最愛に手を出したのだ。何者であろうと、許しはせぬ」


 満足気に眠る彼女の頬を、優しく撫でて。その滑らかで柔らかな肌のぬくもりを堪能する。



 カリーナは既に私の、王弟の妃なのだ。

 王族に嫁いだのだから、彼女は既に王族。王家の一員。


 王家に仇成す者には鉄槌を。


 主犯が誰かなど、関係ない。

 疑わしきは罰せよ。

 一族郎党、親戚にまで罰は及ぶ。


 そうして、また一つ邪魔な貴族を消し去り。

 城の中の風通りを良くし、兄上の治世をより盤石な物とし。

 民が笑顔で日々を過ごせる国を、実現するためにも。


 まずは私のカリーナを苦しませた者達へ、慈悲のない鉄槌を与えねばな。







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