第17話 一口サンドウィッチとフレーバーティー

「本日のお食事と飲み物の用意は、私がさせていただきました」


 湖とは反対側。小高い丘があるそこは、ピクニックに出かけるにはちょうどいい場所で。

 殿下ってピクニックするのかなぁなんて思った事もあったけれど、こういう野外での食事と言うのも気晴らしとしてはアリなんだとか。


 それを聞いて、私が黙ってみていられるはずがないじゃないですか…!!

 今こそ前に殿下が望んでいた、気晴らしに出かける際の軽食を作る時…!!


 王弟殿下のお茶くみ係としての血が騒いだ私は、早速それを実行に移して。

 さわやかな風が吹き抜けるこの場所で、ピクニックに来たというわけだ。


「これは……サンドウィッチ、か?随分と小さいが…」

「一口で召し上がって頂けるようにと思いまして、この大きさにいたしました」

「カリーナ……今は、執務の間の休憩時間ではないぞ…?」

「存じております。ですがやはり私が作るとなれば、今後もお出しできる形の方がよいのではないかと思いまして」


 あと、私も一緒に食べるのが分かっていたので。

 普通のサンドウィッチだと、色々な味があっても全部は食べきれないじゃないですか。

 その分これだと、たくさん楽しめるんです。


 と、殿下にだけ伝わるように見つめていれば。


「……なるほど、な。確かにそうだ。何よりこの大きさであれば、今後の茶会などにも出しやすいだろうな」


 なんて。

 完全に意図をくみ取ってくれたらしい殿下が、ふわりと微笑んでくれるけれど。


「殿下?今はお仕事の話はなしにしましょう。純粋に、楽しんでいただきたいのです」


 流石に王族が直接地面に座るわけにもいかないので、木陰にイスとテーブルをセッティングしてあるけれど。

 その上に並ぶのは何もサンドウィッチだけじゃ、ない。

 口直しの意味も込めて、チーズとトマトのピンチョスと。


 それから。


 今回挑戦してみたいと思っていた、フレーバーティーの入ったポット。



 実は今までポットは白い陶磁器ばかりだったのだけれど、ここ最近ガラスで出来たポットと言うのが出てきたと王妃様に教えられて。

 「気になるでしょう?」という問いかけに頷けば、なんと一つ譲っていただけることになったので…!!

 今回、満を持しての登場なのです。



 で。


 せっかく中身が見えるのだから。


 目でも楽しまないと、という事で。


「紅茶も普段とは趣を変えて、あえて切った桃を中に入れてフレーバーティーを作ってみました」


 すりつぶして混ぜても良かったけれど、今回はそれをせずに。桃の形を残して、目で見える形にしてみた。


「何とも…………本当に君は、新しい事を次々と思いつくものだな……」


 感心したようにそう呟く殿下に、ふふふと笑ってポットに手を伸ばそうとしたら。


「妃殿下。ご用意いただくまでは構いませんが、給仕はどうか私共にお任せいただけませんか?」


 横からセルジオ様に止められてしまった。

 しかも。


「折角の休日ですから。殿下との時間を、楽しんでいただきたいのです」

「ベルティーニ侯爵……」


 後ろに使用人たちを従えてそう言われてしまえば、頷く以外に選択肢なんてあるわけがない。


 ちなみにその後ろにいる使用人たちの中で、私付きの女官になってくれた人たちは。

 以前殿下の視察の際に支度を手伝ってくれた侍女の方々で。


 この避暑地に来る前の準備が終わった私を見て、殿下が「やはり、いい仕事をするな」と一言呟くくらいには仕事のできる凄い人たちなのだ。


「えぇ、そうですね。折角ですもの。お任せしますね」


 だから私も信頼できる彼らに、給仕は全て託して。

 お城や宮殿以外で初めての、避暑という名の殿下との小旅行を楽しむことにした。


 何より珍しい殿下の長いお休み。

 むしろ私が殿下と出会って、初めてと言っても過言ではないくらいの長いお休み。

 結婚してすぐもらえた三日間のお休みを抜いてしまえば、連続でのお休みなんてそもそもなかったから。

 ようやくゆっくりできる時間が出来たのだと、実は私も内心ほっとしていたのだ。


「ん…これはチーズと生ハムか?」


 第一こんなに楽しそうな殿下を前にして、会話に夢中にならないはずがなくて。


「はい。生ハムは塩気の少ないものを選んでいますので、食べやすいとは思いますが…どうでしょうか?」

「美味い。簡単な組み合わせであるにも関わらず、一口でしっかりと主張してくるな」

「他にもレタスとチーズとハム、一口なのでプチトマトを挟んだものなどもありますよ」

「こちらは……なるほど、卵か」


 男性が満足するような、具沢山のサンドウィッチではないけれど。

 その分飽きが来ないまま食べ進められる上、何が入っているのか楽しめるというのも利点だと思う。


「そこにこのフレーバーティーか、なるほど。これは……良いな…」

「ふふ。お気に召していただけたようで、何よりです」


 香りは移っているけれど、味は紅茶のままだから。

 モモの甘味と酸味が僅かに感じられるだけで、媚薬のような甘ったるい匂いとは程遠い。

 だからこそ、殿下にも楽しんでもらえるだろうと思ったのだ。



 殿下が私をこの場所に連れてくることがようやく叶ったと言うならば。

 私は私で、ようやくお菓子以外を殿下にお出しすることが叶ったというわけで。


 穏やかに、時間が流れるこの場所で。


 さわやかな風に吹かれながら。


 一口サンドウィッチとフレーバーティーを楽しむ殿下に、私は頬が緩みっぱなしになるのだった。













―――ちょっとしたあとがき―――


 殿下、食べ物が絡むと食レポっぽいことをし始めますね…。

 流石に食感とかを詳しく書くのは、やめました。それだとただの飯テロになるので……(汗)


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