第15話 旦那様がさっそく食いつきました

「今日は何やらレシピを書き留めていたと聞いたが、作業は捗ったのか?」


 二人で優雅に食事をとりながら、そう尋ねてくる殿下。

 今は殿下が一番信用できるという王弟殿下付きの筆頭執事の方だけの給仕だけれど、それでも二人きりではないから。


「はい。まだ試作はこれからですが、きっと殿下にもお気に召していただけるものになると思います」


 この時間はまだ、名前は呼ばない。

 なんとなく、まだ他の人がいる前で呼ぶのは気恥ずかしいから。


「ほぅ?ちなみにどんなものが出来るのか聞いても?」

「殿下は王妃陛下のお茶会の際に私がお出しした、一口大のドーナツの事は覚えておいでですか?」

「あぁ。セルジオにジェルソミーノと共に試食をさせたあれだろう?覚えている」

「あのドーナツの応用のようなものです。甘いドーナツではなく、中にチーズをたっぷりと入れて串で刺して食べやすくしたものを、と思っているのですが――」

「なんだと…!?」


 旦那様がさっそく食いつきました。


 珍しく殿下がナイフとフォークを持ったまま、椅子の上で動作を止めてこちらをジッと見つめてくる。

 マナーは完璧な殿下が、ここまで反応するなんて……流石、チーズの力は偉大だわ……。


「……その話、後でゆっくりと聞きたいのだが…?」

「あら。ふふっ。えぇ、そうですね。まずはちゃんと食事を終わらせてからにいたしましょう」


 咎められるほどではなかったけれど、ほんの僅かに王弟付き筆頭執事の方が殿下に視線を投げた。それだけで、殿下はそう判断したらしい。

 流石に信頼しているというだけあって、セルジオ様と同じくらい以心伝心なのかもしれない。


「あぁ、そうだ。君に先に告げておかなければな」

「何でしょうか?」

「今回のように食事の際に薬を盛られる事の無いよう、無理に協力をさせられていた者達をこちらに引き込んだ。今後は彼らからも情報が得られるので、同じ事はそう何度も起こさせぬ」

「それ、は……」


 媚薬を盛るように指示していた貴族たちは処罰されたけれど、犯罪の片棒を担ぐしかなかった人たちは無事だったという事、ですよね…?


「もとより彼らが容易く手に入れられる代物ではないからな。流石にこれで二度も同じ事をするようであれば、その時には温情などかけるつもりはないが…」

「いいえ、殿下。十分すぎるほどです」


 お城で働けるからと言って、全員が全員身分が高かったり家がお金持ちだったりする訳ではない。

 きっとその辺りを脅しの材料に使われたのであろう人たちは、王族を害するなんてこと望んでいなかっただろうし。


 それでも。


 私が知っている貴族と言うのは、自分よりも身分の低い者達には容赦なんて一つもなかったから。

 平民だった頃、それを嫌というほど見てきた。街中だろうとお構いなしに。


 もちろん殿下やセルジオ様、それに陛下もお兄様たちだって、そんな方ではない。

 分かってはいるけれど、それでもそんな貴族が多かったからこそ、殿下は城内の改革を急いだんだろう。あれだけ忙しかったのだって、そのせいだったのだし。


「身分の低い者にとって、王家からの温情は何よりも得難いものですから。それを裏切るなど、普通であれば考えられません。元平民の私が言うのですから、間違いありませんよ」

「カリーナ……」


 貴族ですら、王家からと言われれば手を出せない。それは何よりも強い切り札になるし、目に見えないお守りのようなものだろう。

 だから笑顔でそう告げれば、どこかホッとしたような表情の殿下が同じように微笑んでくれて。


「今はまだ、城内だけだが……いずれは市井の声も聴いて、更に国をより良くしていきたいものだな」

「出来ます。陛下と殿下のお二人ならば、きっと今よりも素敵な国になりますよ」

「今後はコラードも宰相として手腕を振るう予定だしな?」

「ふふ。そうですね。お兄様にも、頑張っていただかなくては」


 そのために、孤児院の子供たちを教育していると聞いたから。

 そしてそれを実行したのが、前陛下と前宰相。


「お母様の気持ちが、今なら少し分かります……」

「ん?カリーナ?何か言ったか?」

「いいえ。楽しみだと、そう思いまして」

「そうか」



 愛した人が、国を動かし良くしていこうとしているのを知っていて。

 それでどうして、同じように国を愛せないなんてことがあるのか。


 確かに私達は、この瞳だけではなく。

 考え方も、紛れもない母娘なのだと。

 それが証明されたような気がした。



「ところで、私はカリーナの新しい菓子が楽しみなのだが?」

「まぁ…!そのお話はお食事の後にする予定ではなかったのですか?」

「そのつもりでいたのだが、どうしても気になってしまってな」

「ふふっ。でしたら明日にでも試作を作り始めましょうか?」

「む……まだ無理はせずとも良い」


 食いついている割には、そこは譲れないらしい。

 ただ私も、そろそろ動きたいのが本音。


「一日中横になっていては、今度は動くための筋肉が衰えてしまいます」

「では……そう、だな……」


 ここで引くわけにはいかない。何とか殿下にベッドから出る許しをもらわなければ、本当に色々とつらい。

 腕を組みながら必死に考えているらしい殿下を、じっと見つめながら答えを待つ。


 待って、待って、待ち続けて……。


「はぁ……。分かった。まずは私の私室で、ダニエルと軽く戯れるくらいだ。それで良いか?」

「はいっ!ありがとうございます!!」


 ようやく出たお許しに、さらにそれがダニエル君のもふもふを堪能できる時間だという事に、私は思わず素直に笑みをこぼしていた。


「っ……。……どうにも私は、カリーナには弱いな…」


 殿下が小さな声で何かを呟いていたけれど。

 不思議に思って首を傾げても、何でもないと返されてしまって。


 けれどこれでベッドの中の住人から、殿下の私室の住人へと進歩した。

 何よりダニエル君と戯れていれば、きっと動けるという証明にもなるだろうから。


 殿下も楽しみにしてくれているようだし、早く次の新作を作れないかなと。

 その日を心待ちにしながら、和やかに夕食の時間は過ぎていった。











―――ちょっとしたあとがき―――


 イメージはチーズボールで。

 白玉粉がないので、あそこまでモチモチではないですが。


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