第10話 甘さ控えめはどのくらいからですか?

「ぁ、ぅん……あるふれっど、さまぁ……」

「はぁ……カリーナ?そのように可愛らしい声で、私を誘わないでおくれ?」

「ぁ、ン……さそって、なんか……」

「誘っているよ?可愛い可愛いカリーナ。私の妃」

「ん、っふ……」


 真昼間なんです、今。

 信じられます?殿下昼間っから、こんな感じなんですよ。


 ちなみに言うと、ここは王弟殿下の執務室。

 ちょっとお呼ばれされて席を外しているセルジオ様のせいで、殿下のキスが止まらない。


 セルジオ様がいれば…!!何とか止まってくれるのに…!!


「は、ぁ……」

「どこもかしこも……吐息すら甘いのだな。私のカリーナは」

「ぁ、ふ……」


 離されたと思ったら、また塞がれて。

 合間に少しだけ言葉を零したかと思えば、すぐに甘い口づけが再開される。


 優しい、けれど。強引では、ないけれど。


 止まらないそれに、頭がくらくらして。


 私の限界は、すぐそこまできていた。


「ぁ、だめ……んっ……も、むりぃ……」

「無理ではない。いっそ私に身も心も全て委ねてしまえばいいのだ。ほら、カリーナ?」

「っ……」


 背中が震えそうなほどの色気を伴って、唇が触れ合ったまま囁かれる。



 あぁ、もう、だめだ……おちる…………



 そう、思った瞬間。


「殿下!?一体何をされているのですか…!!」


 聞こえてきた声に、ようやく正気を取り戻した。


 私も、殿下も。


「……セルジオ…いいところで邪魔をして……」


 ごめんなさい、訂正します。

 殿下は正気じゃなかった。


「何を仰っているのですか!!あぁっ…!!妃殿下がぐったりしておいでではないですか…!!いくら何でもやりすぎです!!」


 あぁ、常識人。常識人がここにいる。


「ソファでも仮眠室でも、カリーナを休ませてやれる。問題はない」

「問題あります!!時間通りに妃殿下がお戻りにならなければ、他の者達が要らぬ心配をしますよ!!」

「私に愛されているせいだと正直に言えば良い」

「いいわけありません!!この間の事といい、殿下はいい加減妃殿下のお体の事も考えて下さい!!」


 セルジオ様、それは言わないで下さい。恥ずかしくて顔を上げられませんから。


 この間のお仕置きと言う名のあれやこれやで、すっかり参ってしまっていた私は。

 その後も、いつも以上に、その……あれですよ、あれ……。く、口にするのも恥ずかしい状態に、なってしまっていて……。


 結果、翌日の休憩時間は全て取り消し。

 殿下は当然のように休憩なしで働いていたそうです。


 そこは殿下が自分で蒔いた種だから、仕方がないとして。


 私が休む理由を、当然のように全員に知られているという事が。

 もうどうしようもなく恥ずかしくて恥ずかしくて。


 しばらく外に出たくないと、拗ねた私に。

 それなら他の男に見せなくて済むからいいと、割と本気で殿下が言い出したので、私の方が先に折れたという経緯があったりする。



 というか、そもそもなぜこんなことになったかと言えば。



「アルフレッド様の甘さ控えめはどのくらいからですか?」


 という、ごく普通の問いかけが発端だった。


「甘さ?ふむ……」

「甘いものが苦手なのは知っています。なので逆に、どの程度であれば口にできるのかと思いまして…………」


 途中で言い淀んだのは、驚いたようにこちらを見ている淡い瞳と視線がぶつかったから。


「あの……?」

「気付いていたのか?私が、甘いものが苦手だと……」

「え?あ、はい、まぁ……。なので私、ハチミツの件以降甘いものをお出ししたことはないと思いますが……」

「…………そう言われてみれば……確かに、そうだったな……」


 え、むしろそっちに気付いていなかったんですか!?殿下が!?


「珍しいですね」

「……いや、そうでもない。殊カリーナに関して言えば、私はかなり盲目になるらしい」

「……そう、なんですか?とはいえチーズがお好きなのは割とすぐに分かりましたけど、甘いものは媚薬の件を知るまで気づきもしませんでしたよ?」

「…そう、だったな……。好みを早い段階で知られた事には、気付いていたが……。私としてもその方が何かと便利だったので、何も言わずにいたな…」


 今ならどうして食べ物の好みを知られないようにしていたのか、特に嫌いなものを知られないようにしていたのか分かる。

 そもそも甘いものが苦手だから、甘い香りの媚薬を簡単に避けられるのであって。それが知られてしまえば、今度はどれに薬を盛られるか分からないから。


 だから、誰にも悟られないようにしてきた。


「だが、まぁ、そうか……甘いもの、か……」


 この時、私は気づくべきだったのだ。

 この殿下の言う"甘いもの"が、既に食べ物の事ではなくなっていることに。


「はい。なので教えていただけませんか?アルフレッド様の思う、甘さ控えめを」


 でも気付かない私は、無邪気に問いかけた。


 問いかけて……。


「ふむ…。なるほど、いいだろう。私にとっての甘さ控えめとは……」

「甘さ控えめとは…?」

「……この程度、だな」


 唇に降ってきた、触れるだけの口づけ。


「…………え……?」

「だが菓子はともかく、君と言う甘さであれば……控える必要など、私には一切ない」

「え、ちょ、まっ……!!」


 遅かった。

 そう、既に遅かったのだ。


 気づくのも、止めるのも。


 すぐにおかしいと思うべきだった。

 お菓子の話なのにと、抗議すべきだった。



 それを、しなかったから。



「妃殿下への負担を減らしてくださいと申し上げているんです!!」

「毎回ではないのだ。たまにくらい許せ」

「一度の限度を超えないように調整してください!!」


 今、こんなことになっているわけで。



 と、いうか、ですね。


 セルジオ様、それじゃあ結局同じ事です。


 分散するか、一度に来るか。


 その違いしか、ありませんよ…?



 本当は違う目的で聞こうと思っていたのに、結局分からずじまいだった。



 殿下の思う甘さ控えめって、本当にどのくらいからなんだろうか……?


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