第52話 ちゃんと見ている人
「今回の件は私一人の力ではありません。みんなの力があってこそなんです。お言葉は嬉しいですが、課長代理というのはちょっと」
「別に今回の件だけで関野くんや君の人事を決めたわけではない。日頃の業務を見ての判断だ」
「え? そうなんですか?」
「関野くんのやり方に問題があるのは以前から分かっていた。まあ業務が回っているのでそのまま任せてしまっていたのは私の怠慢だ。済まなかった」
社長は平社員の俺なんかにも頭を下げる。
その辺りが関野元課長とは大きな違いだ。
「一方茅野くんの勤務態度はとても真面目で誠実だ。丁寧な対応で顧客からの信頼も厚い」
「いえ、そんなことは」
「謙虚なところもいいところだ。だけどちょっと覇気がないというか、ちょっと元気が足りないところが残念だなと感じていた。だから君が離婚したときは本当に心配したよ。今以上に覇気がなくなるんじゃないかと思ってね」
自分の特徴を見抜かれていてドキッとする。
口だけじゃなく本当に俺の日常業務を見ていたようだ。
「だがなぜか茅野くんは離婚後、明るくなった。それまでとは違い、よく笑うようになった。はじめはやけになって空元気で無理しているのかと思ったが違った。よく笑い、声にも張りが出て逞しさを感じるほどに成長した。離婚して吹っ切れたのかな?」
「そ、そんなところです。あははは……」
まさかJKと同居し始めて元気をもらっているともいえず、笑ってごまかす。
「課長も不在になったとこだ。今なら君に課長代理くらいなら任せられると思う」
「私なんか畏れ多いですよ。客先回りの方が向いてますし」
「こんな小さな会社の課長代理だ。そんなに畏まることもないだろう? それにこれまで通り顧客担当もしてもらう。事務的なところは古泉さんサポートしてもらう予定だ」
「よろしくお願いします、茅野さん」
それで古泉さんも一緒に呼ばれたのか。
驚いてないところを見ると、古泉さんには事前に話していたのだろう。
「引き受けてくれるか?」
「少し考えさせてください」
「もちろんだ。いい返事を待っているよ」
なんか大変なことになってしまった。
課長のことや社長が俺を見ていたこと、そしてもちろん昇進の話。
あれこれありすぎて頭がボーッとしてしまっていた。
「ええー!? 茅野さんが課長に!? すごーい! おめでとー!」
「課長代理だよ。それにまだ受けると決めたわけじゃないから」
「えー? なんでよ?」
玲愛は不服そうに唇を尖らせる。
相変わらず表情が豊かな奴だ。
「俺なんかに勤まるか自信ないし」
「心配ないって! 茅野さんならだいじょーぶ! それにそもそも社長が太鼓判押してくれてるんでしょ? 心配しすぎだって」
玲愛はニコニコしながら鍋を俺によそってくれる。
「それに出世したらお給料も上がるんでしょ?」
「なんだよ、いきなり。生々しいな」
「だって子どもが大きくなったらお金もかかるでしょ? お給料は多い方がいいし!」
「なんでまだ存在してない子どもの心配なんてしてるんだよ?」
最近玲愛の段飛ばし妄想も拍車がかかってきた。
今のは七段飛ばしくらいだ。
「出世するんだから素直に喜べばいいのに」
「いやもう一つ引っ掛かりがあってさ」
「なに?」
「営業部に渡辺さんっていう俺の二年先輩がいるんだよ。先輩がいるのに後輩の俺が代理とはいえ課長になるのは気が引ける」
「あー……それはちょっと気まずいかも」
意外にも玲愛もそれには同意した。
玲愛の性格だからそんなの関係ないとかいうと思っていたから意外だ。
「だろ? 渡辺さんはいい人だから気にしないとか言ってくれそうだけど、ちょっとやりづらいなーって」
「確かにやりづらいだろうけど、それも含めて社長さんは茅野さんなら出来るって言ってくれたんじゃない?」
それは玲愛のいう通りなのだろう。
俺のことをしっかり見てくれていた社長なら、俺が先輩の上司になるということも把握していたはずだ。
「大丈夫だよ、茅野さん」
玲愛は立ち上がり、俺の背後に回ってぎゅっと抱き締めてきた。
「ちょ、玲愛」
「茅野さんなら出来る。あたしは知ってるもん。誰よりも頑張って、人に気遣って、優しくて、損させられても怒らない。あたしは知ってるよ」
「ありがとうな、玲愛」
「ううん。あたしの方こそ、いつもありがとー」
「不安はあるけど引き受けてみるよ」
「ほんと? やった! じゃああたし課長夫人じゃん!」
「夫人じゃないし、そもそも課長じゃなくて課長代理だ。だからもし俺と結婚したとしても玲愛は『課長夫人』じゃなくて『代理夫人』だな」
「なにそれ!? 本当の奥さんじゃないみたいな響きじゃん! そんなの嫌!」
玲愛は俺の肩をポカポカと叩いてくる。
ちょっとからかうと乗ってきてくれる。
玲愛は本当に一緒にいて飽きない奴だ。
────────────────────
不安なときに背中を押してくれる人って大切ですね!
玲愛ちゃんの場合背中を押すのではなく抱きつくでしたが。
さてさて!
物語はついに最大のクライマックスを向かえようとしてます!
二人の未来を大きく左右する展開、そして恋の行方は!?
これからもよろしくお願い致します!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます