第36話 大晦日の来訪者

 大晦日は年に一度の大掃除の日だ。

 去年はほぼ一人でしなきゃいけなかった。

 窓拭きも換気扇も俺に任せ、元嫁は普段通りの掃除機程度だったからだ。


 しかし今年は玲愛がいる。

 玲愛は俺よりもてきぱきと動く。

 不要なものをまとめたり、寒空も厭わず外で窓拭きなどをしてくれていた。


「だいぶきれいになったな」


 昼休憩時、整頓された部屋を見て感心する。


「まだまだだよ。午後は水回りの掃除をするから」

「よく働くな」

「そりゃそうだよ。茅野さんにはお世話になりっぱなしだし」

「そういうのは言いっこなしだ。俺だって玲愛に助けられているんだから」


 色々あった一年だけど結果としてこんなに穏やかな年の瀬が送れている。

 人生というのは本当になにがあるか分からないものだ。


 ピンポーン……


 インターフォンがなり、俺たちはモニターを振り返った。


「げっ……兄貴っ!?」

「え、お兄ちゃん? 茅野さん、お兄ちゃんいたの?」

「ああ。東京に行って滅多に合わないけどな」


 さすがになんの説明もなしにJKが家にいるこの光景を見せるわけにはいかない。


「どうしよう?」

「取り敢えず和室の押し入れに隠れて」

「りょ!」


 再びピンポーンと鳴らされ、玲愛は慌てて押し入れへと隠れた。

 それを見届けてから玄関を開ける。


「や、やあ兄貴。久し振り」

「おう。元気そうだな」

「ま、まぁね」

「はい、これ。おみやげ」

「ありがとう」


 兄貴は通行料のように土産を渡してくると家に上がってくる。


「帰ってきてたんだね」

「ああ。昨日な。なんだ、元気そうだな。離婚したからもっと落ち込んでるかと思ったけど元気そうだな」

「まぁ、なんとか」

「別れてよかったと思うよ。俺、あの女はじめから好きじゃなかったし」


 兄貴は笑いながらリビングのソファーに腰かけた。

 そう。兄貴は俺の結婚に反対していた。

 あのときはなぜそんなことを言うのかと思ったが、少し接しただけで元嫁の性格を見抜いていたのかもしれない。


 ふとダイニングに二人分の茶碗が置いてあることに気付き、慌てて片付けた。


「兄貴が言う通り、結婚なんてしなきゃよかったよ」

「終わったことだし仕方ないだろ。まぁ、いい勉強になったと思えばいいんじゃないか?」


 昔から兄貴は俺と違い、優秀だった。

 勉強ができ、運動神経もよく、大学は東京の有名私立に入学した。

 そのまま東京で就職し、いまでは年に一度会うくらいだ。


 とても優秀な兄貴だが、性格は変わっていた。

 自由奔放で考え方も独特で、世間の常識など関係なく自分の価値観で物事を見極めていた。

 そして出来の悪い弟の俺にとても優しかった。

 そんな兄貴を俺はずっと尊敬している。


「兄貴は結婚しないの?」

「俺はもうたくさん勉強したから今さら新しい勉強をしなくてもいいいんだよ」

「なにそれ。勉強しなくて済む結婚もあるだろ」


 思わず笑ってしまうと兄貴も笑った。


「いつまでこっちにいるの?」

「しばらく。いや、ずーっとかも」

「え? どういうこと? 仕事は?」

「辞めたよ」

「えっ……ええーっ!?」


 兄貴は超大手の広告代理店に勤めていた。

 まさにエリートで年収も俺より遥かに多いはずだ。

 それをあっさり辞めるなんて……


「なーんか虚しくなってね。こっちに帰ってきたってわけ」

「そうなんだ……」


 兄貴のことだ。

 色々考えた上での決断だろうから余計なことは言わなかった。


「それでこの家に住まわせてもらおうかなって思って」

「へ? こ、ここに?」

「そう。バカ嫁もいなくなったし、一人で住むには広すぎるだろ? ローンも折半で払おうぜ」

「そ、それは……」


 玲愛がいるから一緒には住めない。

 しかし突然すぎてなかなかそう伝えられなかった。


「ん? もしかして既に新しい女と同居してるとか? 陸、案外モテるんだな」

「あ、いや……そうじゃなくて」

「来たときからおかしいとは思ってたんだよな。男の一人暮らしにしては片付きすぎてるって」

「それは、ほら、大掃除の日だから」

「なに焦ってるんだ。冗談だよ。さて、どの部屋にさせてもらおうかなー」


 兄貴は笑いながら立ち上がり、廊下へと出る。

 二階に行かれたら玲愛の部屋を見られてしまう。

 舞衣が既にいないのに女子全開の部屋を見られるのはまずい。


「居候させてもらう身分だから贅沢は言わないよ」

「うちより実家がいいんじゃない?」

「なんでだよ? この家の方が広々使えるだろ? 陸も金銭的にも余裕が出来るし、いいことづくめだ」


 兄貴は和室に入り、室内を見回す。


「ここでいいや。和室なんて普段使ってないんだろ?」

「そ、そうだけど」

「収納もありそうだしな」


 そう言いながら兄貴は押し入れを勢いよく開けた。


「あっ!? そこはっ!」

「へ?」


 押し入れに隠れていた玲愛と兄貴の目が合う。


「ど、どーも……はじめまして、お兄さま。ははは……」


 体育座りで丸くなった玲愛が引き攣った笑みを浮かべて小さく手を振っていた。




 ────────────────────



 本当に小説とはなんの関係もありませんがスケートボードを買いました。

 スケボーゲームをしていたら急にやりたくなって。


 早速トリックを決めようと思ったんですが、立ってキックするだけでも難しいものですね!



 それはそうと茅野さんのお兄さん登場!

 家族会議のピンチをどう乗りきるのでしょうか?

 頑張れ、茅野さん!




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