ツンデレ守護霊と神様と救済

うめもも さくら

私を救ってください

 私は自身の存在が何の為にあるのかわかりませんでした。

誰かと話すことも、誰かと笑いあうことも、誰かとみつめあうこともできない。

私の姿は見えない。

私の声は聞こえない。

私の想いは届かない。

誰にも。

私はただ見てるだけ。

生き物が産まれ、生きて、死んでゆく光景を。

私はただ此処ここにいるだけ。

時代が始まり、流れ、終わっていく時間を。

ただひとり、たったひとりで。

彼女と出逢であうその日まで。


「今日はげ物を作ります!」

 あいらしい彼女が声を聞かせてくれるだけで私は幸せなのです。

「やった!揚げ物きたぁ!!」

 彼女の後ろからやかましくさわぎたてるのは彼女の守護霊しゅごれいである霊魂れいこん、守護霊くん。

彼女に害をなさないので見逃みのがしていますが本来ほんらい守護霊といえど霊魂が好き勝手そこらを彷徨うろつくのはめられたことではありません。

その上彼は少々しょうしょう口汚くちぎたなく、時折ときおり彼女の心をひどく傷つけることがありますから私はあまり良い感情はいだいていません。

彼と過ごすことを彼女が望むので苦言くげんていす程度にとどめていますが。

私には彼女だけ。

彼女さえ元気で幸せでいられるならそれだけで良いのです。

「神様も揚げ物でいい?」

貴女あなたの食べたいものでかまいませんよ。楽しみですね」

「ってか俺はいいけどあんたダイエットやめたの?見た目そんなに変わって見えないけど」

 確かに彼女は太ったと悩んでは無理にせようとしていました。

そんな女性にそのようなぐさ態度たいどはいかがなものか。

なんとも無粋ぶすいなことを言う口です。

いっそのこといつけてやりましょうか。

「口さがなく言うものではありません。君自身、彼女は今までも今も変わらず愛らしい。そう思っているのでしょう?ならそう言いなさい」

「それはっ……無理だよ、ってか神様はさ、優しすぎるってか、あまったるすぎるっていうか……俺にはむずかしいっていうか……」

「そんなことはないと思いますけどね」

 口ごもるだけで否定ひていをしないのですから素直に彼女に優しくせっせればよいのに。

「いや、ダイエットはやめたくないんだけどね。なんか最近テレビとかで美味おいしそうなもの見たりするとなんかつらくて……精神衛生上せいしんえいせいじょうあまりよろしくないと思ってね」

 自分ご褒美ほうびだと笑う彼女はやはり愛らしい。

愛らしいものというものは強く抱きしめたくなるものですが、おどかれてしまいますかね。

ひとまずこの衝動しょうどうおさえて彼女のかみでることにいたしましょう。

「……いいこですね。自分で自身の健康や安全のことを考え、守り、判断することは決して悪いことではありません。とても良い事です」

 ふふふ、くすぐったそうですね。

それと少々 気恥きはずかしいようですね。

とても愛らしい。

目のはしに映っているなんともいえない面差おもざしでこちらをにらみつけている者の視線などは無視を決めこむことにしましょう。

「早く作ろうよ……」

 私が無視していることを知ってか知らずか、この空気にえきれなくなっただけなのか。

彼のはっした一言で彼女は私の手からするりと抜けて行ってしまう。

なんともなげかわしや。

本当もうこの霊魂……塵芥ちりあくたにしてしまいたくなりますね。

「今日はこの大量に買ったポテサラを揚げます!」

「あぁ、ダイエットにはサラダだよねとか言って大量に買ってすぐ飽きたポテサラね。揚げるってことはコロッケってこと?」

 もうこの霊魂一言も二言も多いんですよね。

彼女が傷つくような言い回し、本当にやめていただきたい。

「ふふふ、今日はハムカツです!ポテサラ入りのぜいたくハムカツ!!」

 少々心配しましたが彼の言葉は彼女の心にはひびいていないようで安心です。

ほんのわずかでも大切な彼女が傷つかないようにしなくては。

包丁などは使わないようですが、火や油で彼女がけどなどしないようしっかり見ていなくては。

「ポテサラをハムにはさんで……とけるチーズも一緒に挟んじゃおう!絶対美味しいでしょこれ!間違いないよね」

「もちろん。なにしろ貴女の作る料理は全て美味しいに決まっていますから」

「神様!こいつに巻き付いたりして料理の邪魔しないでよ!ごはんが遅くなるっ!!」

 巻き付くと言われるのは心外しんがいですね。

ただ彼女の肩に腕をまわして、頭を撫でているだけだというのに。

「あはは、神様はなんか……照れちゃうなぁ……」

いやですか?」

「嫌じゃないよっ!!全然!!ただちょっと照れちゃうだけなの!」

 彼女は優しくて愛らしいとてもいいこです。

やはり私が守ってさしあげなくては。

悪いやつにだまされては大変です。

「ポテサラを挟んだハムに小麦粉をまぶしてき卵にからめてパン粉をつけて……あと揚げるだけ!」

 野うさぎのように動く彼女は愛らしい。

ずっとみつめていたくなります。

……ん?誰か来ますね。


ピンポーン


 やはり来客らいきゃくですか。

油を熱する前なのはよかったのですが、なんでしょうかね……この不快感ふかいかん胸騒むなさわぎと。

この嫌悪感けんおかんは。

「誰だろ?ちょっと見てくるね」

「いや、俺たちもついていくけど……あんた女なんだから気をつけろよ。急な来客なんて変な人かもなんだから」

 こういう時はちゃんとしてるんですよね、彼も。

世の中の人間全てが彼女のように善人ぜんにんではありません。

悲しいことですが悪人あくにんも少なからずいます。

警戒けいかいするにこしたことはないでしょう。


「すいません、ガスの点検てんけんに来ました」

「ガスの点検……ですか?すみません、今ちょうど調理ちょうりしてて……」

「そうなんですね。ではお風呂ふろの方から先に点検させていただきます。こちらも国の決まりでやらないわけにもいかないので」

……なんでしょう不躾ぶしつけな人間ですね。

不用意ふよういけてはいけませ……


ガチャン


「……っ!!」

 横で息をのんだのは守護霊くんですね。

まったく人を信じすぎてしまう彼女の不用心ぶようじんさにも困ったものです。

まぁ、直観ちょっかんでは彼女もうたがっていたのでしょうが、業者ぎょうしゃっぽい見た目と言動げんどう、国の決まりなどの単語に人は弱いものですからね。

彼女は何も悪くありません。

悪いのは……。

「今日、点検だったんですね。知らなかったです」

「急に決まって。お風呂から失礼しますね」

 入ってくるな!とうなごえをあげ守護霊くんが侵入しんにゅうしてくる男を押し返してますが、男には風が強くふいてくる程度にしか感じられていないでしょう。

これで退いてくれますかね……。


「お邪魔しますねぇ」

 その声はなんとも下卑げび虫唾むしずが走る声で。

私たちに気づくはずもない男は風呂場に足を踏み入れると小型の機械を手に持った。

……カメラですか。

「……だめみたいですね……」

「神様……わかった、任せるよ」

 私は何も言ってないんですけどね。

そこそこ長いつきあいですから。

私の言わんとすることはわかりますよね。

「彼女をお台所にお連れください」

 守護霊くんが彼女の背を押しながら戸の向こうに消えるのを確認して私は男に目を向ける。

私はね、あまり優しくないのです。

今すぐ叩き出してあげますよ。

それくらいできますよ。

力がありますからね。

私、神様なので。

罪人ざいにんよ。

消えなさい……。


「え?点検って間違いだったの?」

「今、神様が追い返してくれてるけど直観でわかるでしょ?急に来るわけないし、たとえ本物だったとしても急に開けるのは不用心すぎ!ちゃんと業者に確認しないとだめ!」

「ごめんなさい」

「……あの男も直観力のないヤツだったね。わかるべきだった。さわらぬ神にたたりなし、神のいかりはおによりこわい……ほとけと違って神は祟るんだ」

「ん?何?」

「……なんでもないよ。あとは揚げるだけでしょ?早く作って食べよう、お腹すいたよ」


「いいにおいがしてますね」

「おかえり……事故のニュースでも流れてくるかな?」

「彼女の耳には入りませんよ」

 私がそんな下手へたつわけないでしょう。

「できたよー!食べよう!」

「はい、美味しく食べましょうね」

 私は彼女に向って微笑ほほえむ。


『For your love この手がもし

君からはなれてしまったなら

わからない

何処どこに行けばいいのかさえ

何ひとつ Save Me』


 テレビから聞き覚えのある歌が聞こえてくる。

なつかしいですねこの曲。結構好きですよ私。なんだか共感きょうかんしてしまいますね」

「神様の場合共感するならもっと違う曲だと思うけどね」

 どんな曲ですか?と聞く私を一瞥いちべつして守護霊くんは美味しそうな匂いを放つ料理の方に向かっていった。


 私はね、いとおしい彼女が笑ってくれるならそれだけでいいのです。

私が、私だけがその笑顔を守ってあげる。

彼女が、彼女だけが私をつかんでおける。

彼女は何もしてないと思うかもしれないけれど。

ただ出逢ってくれただけで。

ただ彼女がこの場所に存在してくれるだけで。

私がこの場所に存在している意味になる。

彼女だけが私を救うことができる。

それを忘れないで。

ただそばにいて。

ただ私を救ってください。













 

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