第28話 オネエ・アゲイン

 翌朝、《魔女の隠れ家》に行けばすでにフェリシアさんがいて。

 今日からフェリシアさんも一緒に働くのだと、アビーさんが教えてくれた。


 一緒に働いてみるとアビーさんとフェリシアさんは息がピッタリで、まるで本当の親子のようだ。

 おまけに喧嘩別れしていたのが嘘であるかのように仲が良い。


 二人の間に完成された関係性があって、そこに入り込むことはできないのだと思い知らされる。

 長年積み重ねてきた時間や想いは私がどう足掻いてもすぐには補えなくて。

 私たちの間に距離ができているように思えて物寂しさを覚えた。


 そんな気持ちに苛まれている内に、ついにフェリシアの祭日を迎えた。


     ◇


「ティ~ナ~?」


 まだ日が昇りきっていない早朝だと言うのに、扉を叩く音と共にサディアスが私を呼ぶ声が聞こえてくる。


「サディアス、外はまだ暗いよ? もう少し後から準備してもいいんじゃない?」

「んもう! 特別な日は念入りに支度するんだから暢気なこと言ってられないわよ!」

「え?! オネエに戻ってる?!」 


 口調が戻っているのに驚いて扉を開けると、化粧道具を腕いっぱいに抱えたサディアスが立っていて。


「つべこべ言わないで早く入れなさい。これから大忙しなんだから」


 言うよりも早く体を滑り込ませて部屋の中に入ってしまう。

 いつもながら強引なやり口だ。


 そうしてサディアスは化粧の準備を整え始めて、気づけば私は椅子に座らされていた。


「口元に力を入れないで。今から口紅を塗るんだから」

「だ、だって。くすぐったい」


 訴えかけてもサディアスは「我慢しなさい」の一点張り。

 悔しいから塗り終わったのを見計らって口紅とブラシを奪い、サディアスの顎に手を添える。


「っティナ!」

「はい、黙って。口を閉じて」


 わざとくすぐるようにして口紅を塗ってみてもサディアスは微動だにしなかった。

 仕返しはできなかったけれど他人に化粧をするのは案外楽しくて、夢中でブラシを動かす。


「できた!」


 ふふんと得意になって笑っていられたのはほんの一瞬で。

 改めてサディアスの顔を見ると、その顔の美しいこと。

 圧倒されて言葉を奪われてしまった。


 優美に微笑む顔には目が合うだけで赤面してしまうほどの破壊力がある。


「あら、お顔を真っ赤にしちゃって可愛い」

「サ、サディアスが美人過ぎるからっ!」

「当り前よ。アタシは美を追求してきたんだもの」


 そう言って、持ってきた布で口元を拭い口紅を落としてしまう。


「さて、お次は服よ。どれにしようかしら?」

「どれって言っても、そもそも今日着ていく服は一緒に買いに行って決めたよね?」

「ん~。そうなんだけど、ティナに着てほしい服が次から次へと見つかったから買っておいたのよ」

「ええっ?!」


 驚く私を置いて部屋を出ると、両手いっぱいにワンピースやらスカートやらブラウスを抱えて帰ってきた。

 いつの間にこんなに買い込んでいたのだろうか?


「どうしてこんなにたくさん買っちゃったの?!」

「いいの。ティナに色んな服を着せるのがアタシの趣味だもの」

「で、でも。こんなに買っていくらしたの?!」

「そんなの気にしない。気にし過ぎたらお肌に悪いわよ」


 戸惑う私の心なんてお構いなしに、一着一着を私に当ててみて、「ああん、どうしよう」なんて言い始めた。

 どうしようだなんて、こっちが言いたい台詞なんだけど。


「ティナは何を着ても似合うから迷うわぁ」

「はぁ……」


 それから何着もサディアスに着せ替えられて、気づけば日が昇りきって辺りは明るくなっている。

 

 サディアスはさんざん悩んだ末にブラウスと赤いワンピースで落ち着いた。

 ワンピースはコルセット部分は明るい茶色になっており、腰から下は切り替えで赤いスカートがふわりと落ちている。

 上品だけど可愛らしさもあるデザインだ。


「ふふ、可愛い」

「服がね」

「あら、目の前で頬を膨らませている誰かさんのことを言ってるのよ?」


 言い直されてしまうとなんだかこそばゆい。

 サディアスは機嫌がいいようで、鼻歌交じりに髪を結ってあっという間に仕上げてしまった。

 

 鏡の中を覗くと私の髪は編み込みを交えて結い上げられおり、編み込みには小さな生花が散りばめていて可愛らしい。


「ティナ、少しは元気になった?」


 見入っている私の耳元に落とされた声はとてつもなく優しくて心地よくて。

 冷え切っていた心にじんわりと沁みこんでいった。


「じゃあ、オネエはこれで終わり。デートの時までオネエでいたくないからな」


 サディアスは跪いて、恭しく私の手を掬う。

 それはまるで、お姫様のような高貴な方の手に触れるように優しく繊細な力加減で。


「それでは祭りへ出かけましょうか、お嬢さんレディー?」

「ひえっ」


 お嬢さんレディーだなんて、平民の私は一生かけられることのない呼び方だ。

 戸惑う私の表情を眺めるサディアスは、満足げに口元を歪めた。ように見えた。

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